「あ、貴方は伝説の勇者様……!?」


 訛りというか、変なイントネーションではあったが、その老人は確かに俺に向かって「伝説の勇者」と呼び掛けていた。


「俺の事を知っているのか」


「もちろんですとも! 貴方様はこの祠に眠る伝説の勇者、ファーリス様であられましょう!」


「……ファリスだ」


 彼の口ぶりには怪しい部分もあるが、千年間外界と拒絶されていた俺はこの老人を情報を得るための頼みの綱にする他なかった。

 何より、俺はこの千年間ずっと確かめたかったことがあった。


「俺を知っているということは、千年前にいた勇者を知っているか。名前はレイモンドという」


「もちろんですとも! 伝説の勇者御一行の話は現代にも伝わっておりますとも!」


「そうか。では彼らは魔王を打ち倒したのだな」


「いえ、彼らは魔王と死闘を繰り広げた末、討伐には至らず刺し違える形で魔王を封印しました……」


「……そうか」


 倒せなかったのか。そして、当たり前だがやっぱり彼らは死んでしまったのか。

 ぽっかりと胸に大きな穴が空いたような感じがした。


「ファーリス様! どうぞ我らをお救いください!」


「…………? 魔王は封印されたのだろう。他の魔王が生まれたのか?」


「いえ! 伝説によると、伝説の勇者ファーリス様の封印が解ける時、魔王の封印も解かれるだろうと伝説の大神官リーン様の大預言があるのです!」


「……ふむ」


 千年の間に話が盛られすぎて分かりずらいが、つまり魔王の封印とはリンが俺に掛けた加護魔法という訳か。

 まさか拷問に使われていた『時止めの加護』が魔王を封印し世界を救うことになるとは、世界中の拷問官たちも微塵も考えていなかっただろう。


「そしてこの柩の中にはリーン様の聖遺物とされる第二の預言書がございます! こちらは伝説の勇者ファーリス様にしか開けられない封印魔法が施されており──」


「どけ!」


 俺は古めかしい石の柩を開け、預言書とされる一冊の本を取り出した。

 本は俺に施した『時止めの加護』と同じ強固な加護魔法が施されており、綺麗な当時の状態を保っている。


「女神の加護よ、次の者へ……」


 俺は加護をすぐさま解除し、震える手でページを捲った。


「…………? ファーリス様、どうされました!?」


「……これは……間違いなくリンの字だ……」


 気が付いたら涙がボロボロと零れていた。忘れていたはずのあの日々の思い出が鮮明に頭の中を駆け巡っていた。


 俺は泣き腫れる目を擦り、リンが俺に遺したという本の内容を読み進める。





『世界一の大魔導師、ファリスさんへ


 この本は魔王城、玉座の間を前にして書いています。ダンさんには止められましたが、レイモンドさんとアイリスさんからのお許しを貰って書いています。下手な文章ですし、汚い字ですがお許しください。


 まず、ファリスさんに謝らなければなりません。ファリスさんに掛けた一万年もの『時止めの加護』。想像を絶する永遠にも等しい時を孤独に過ごすファリスさんへ、どんな謝罪の言葉をもってしても許されることではないでしょう。本当にごめんなさい。


 ですがこれには理由があるので聞いてください。この加護魔法をファリスさんに使おうと言い出したのはレイモンドさんでした。

 前線で戦うレイモンドさんとダンさんは、これまでの戦いで常人なら死んでしまうような怪我を負っていました。僧侶として彼らを治療していた私が言うのだから、きっと信じて頂けるでしょう。

 魔族相手でこれでは魔王に勝つことは出来ない。しかし人類の希望である私たちが逃げ出すことも出来ない。

 そこでレイモンドさんが加護魔法をファリスさんに使うことを提案しました。


 レイモンドさんは、ファリスさんなら『神託の書』を全て解読し、いつの日か魔王を討伐出来ると信じていました。

 今の私たちでは不可能でも、ファリスさん一人を未来に連れていくことが出来れば人類は魔王に勝てると、本気で信じていました。


 私もアイリスさんも、そしてダンさんも止めました。魔王に負けるなんて、戦ってみないと分からない、と。ですがそれは現実逃避に過ぎません。実際はただの集団自殺にしかならないでしょう。──なんて、これから魔王と戦うのに弱気でいてはダメだとダンさんに怒られてしまいますね。

 ……レイモンドさんはパーティの中でただ一人残酷な現実を見据え、絶対に魔王を倒すためにこの作戦を実行に移したのです。


 決断を下した一番辛いはずのレイモンドさんが見せた笑顔、忘れないであげてください。あえて突き放すために強い言葉を使ったダンさんを許してください。最後まで楽しい思い出を残したいと明るく振舞っていたアイリスさんを笑ってあげてください。そして、何も出来なかった私を憎んでください。





 ……これをファリスさんが読んでいるということは、やはり私たちは魔王に殺されファリスさんを迎えに行くことが出来なかったということです。

 ファリスさん、魔王を倒してください。一万年後の未来を生きる貴方なら、きっと魔王も倒せます。


 人類を救えるのは他でもないファリスさんだけです。

 どうか、よろしくお願いします。


 死にゆく者より、愛を込めて──リン』





「クソッ……!」


 滝のように流れる涙は、それ以上本を読み進めることを許さなかった。

 俺は彼らが遺したこの本を抱くように、その場で泣き崩れることしか出来なかった。


「ファーリス様……」


「……分かっている」


 俺は彼らを信じることが出来なかった。彼らは俺を信じて未来を託してくれたというのに、俺は彼らが俺を無能だと見限ってこんな仕打ちをしたのだと恨むことしか出来なかった。


 せめて、彼らの遺志を継ぎ、彼らの遺したこの世界を、今度こそ救わなければならない。


「案内してくれ……。魔王城へ……!」







 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆







 魔王城はもはやかつての様相を呈しておらず、廃墟を金属の網で囲い謎の筒を持った男たちがそれを守っていた。


 俺は奇異の目で見られていたが、老人が顔を見せただけで簡単に魔王城跡へ通して貰えた。


「申し訳ございません勇者様……。私はこれ以上先へは行けません……」


「ああもう大丈夫だ。案内感謝する。……封印されているというのに、溢れる魔王の瘴気は並の人間は近づくことすら許さないとはな……」


 俺は後世に作られたと思われる重たい金属の扉を開ける。


 玉座の間には、至る所に鉄くずが転がっていた。これらはこの千年間に魔王に挑んだ者たちの残骸だろう。


「…………!」


 ゴミの山に見覚えのあるものがあった。

 錆びて使い物にならないような剣が一振。この刻印は間違いなく勇者の剣、レオナルドのものだ。

 そのすぐ横にある砕けた金属片はダンの鎧、割れたリングはアイリスの髪留め、くすんだ水晶はリンの杖に使われていたものだ。


「……俺が、全て終わらせるから、そこで見ていてくれ」


 俺は彼らの遺品をかき集め袋にしまい、朽ちた玉座に近づいた。


 一部瓦礫に埋もれているが、巨大な玉座に鎮座するこの黒い塊は伝え聞く魔王の姿そのものだった。


「決着をつけよう。……女神の加護よ、次の者へ!」


「…………。誰だ、我の眠りを妨げる者は……?」


「千年前、お前に挑んだ勇者パーティの生き残りだ」


「千年? 一万年の休息を得たと思っていたんだがな……」


 魔王はその巨体を起こす。全身から漏れ出す濃密な魔力の空気は、千年前の俺だったら意識を保つことすら難しかっただろう。


「そうか。お前にとってはただの休息だったんだな。良かったよ、お前がただ休んでいるだけで。おかげで今なら楽に勝てそうだ」


「お前はさっきから何を言っておる? 人間の寿命は高々五十年程度のはず……。それに我ですら解けなかったこの封印と解くことが出来る人間などこの世に存在するはずが……」


「悪いな。別れ際に長話はウチのリーダーの趣味じゃないんだ。大人しく死んでくれ。──『天地開闢を司る神の怒りよ、汝が子らに今一度その力を与え給え……』」


「待て、何故お前が神話時代の魔法を使える!?」


「『罪多き子羊に、寛大な御心を持って永遠の安らぎを授け給え……』」


「待て人間! お前のその魔法と我の力があればこの世の全てを手にすることすら容易に……!」


「『全てを焼き払え。──レーヴァテイン』!」


「待ッ──」


 魔王の心臓を貫いた熱線は魔王城の天井を穿ち、空すら朱に染めた。

 地上に太陽が現れたかのような眩い光が消えた時には、魔王の姿は塵一つ残さず消え去っていた。


「これで全て終わったよ。レイモンド、ダン、アイリス、リン。千年越しの復讐を、今果たした」






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






「ありがとうございましたファーリス様! 貴方様は紛うことなき伝説の勇者であられました!」


「俺はただの魔導師だ。俺にとって勇者はレイモンドただ一人。……レイモンド、ダン、アイリス、リン、この四人の名前を石碑に刻んでくれ」


「もちろんですとも! ファーリス様のお名前も同じく刻ませて頂きます!」


「……ファリスで頼む」


 騒ぎを見に来た男たちから老人は「ダイトウリョウ」と呼ばれている。どうやら人間の命名方法すら変わってしまったらしい。


「ファリス様はこれからどうされますか? もし可能でしたら伝説時代の生き字引として我が国で……」


「悪いがそれは断らせてもらおう」


「では、どうされるので?」


「そうだな……。人も街も変わってしまった。だが、空も、海も、大地も、俺が彼らと旅した時から変わっていない。情けないと思うかもしれないが、俺は彼らの形見と共に、思い出を辿る旅に出ようと思う」


「そうですか……。ですが、思い出を大切にすることは情けないことではありませんよ」


「……そうだな。彼らが遺したこの世界を、この未来を、俺は生きていくのだ。じゃあな、ダイトウリョウさん」






 俺は彼らの形見を入れた袋を腰から提げ、リンの本の続きにこれからの旅路を記す。

 俺たち勇者パーティの旅はまだ終わっていない。俺が死ぬ時、この手記を誰かに託し、永遠に語り継いでもらおう。

 そうすれば、俺たちが救った世界が続く限り、俺たちの冒険は終わらないのだから。





  ──── fin ────




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


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また次の作品でお会いしましょう。

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勇者パーティを追放された大魔導師、千年の時を経て復讐す 駄作ハル @dasakuharu

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