中
最初の数日は怒りに燃えていた。何故俺がこんな目に遭わないといけないのか。
確かに俺はこのパーティの中では実力の劣る方かもしれない。
彼らは世界各国が選抜し魔王に対抗するため人類の希望を託した勇者パーティだ。母数の少ない小国出身の俺は相対的に彼らより低い評価が下されるのも致し方ない。
しかし俺なりに精一杯パーティのために働いていたつもりだ。
後衛職は活躍が分かりにくい。アイリスやリンのようにパーティに華を持たせることも出来ない。
だがこれまでパーティの一員として出来ることはなんだってやってきたし、少しでも魔王討伐に役立てばと『神託の書』の解読研究を続けていた。
一週間を過ぎた頃、正気を保てていたのはレイモンドたちへの止めどない怒りであったことは確かだ。
だが次第にぶつけようもない怒りの矛先は自分自身に向くようになった。
ダンの言うようにこれだけ環境に恵まれても『神託の書』を全文解読するに至らない自分の未熟さは認めなくてはならない。
膨大な魔力を持ちつつもその使い方がまだまだだと師匠にもよく言われた。ダンにも援護が遅いとドヤされた。
一ヶ月分を過ぎた頃、情けなくも俺は勇者パーティでの冒険を振り返っていた。過去の栄光に縋るようだが、あの日々はあまりに尊かった。
無数の魔族を屠り、抑圧されていた市民を救い出した時のあの感覚は何事にも替え難いものだ。
俺たちは多くの人々を救い、そしてこれからもそうするはずだったのに……。
あの時この魔法が使えればレイモンドと肩を並べて前線に立てた。あの時もう少し早く判断を下せればダンが俺を庇って怪我をすることもなかった──。
俺の思考は結局そんな自己嫌悪に着地する。
一年を過ぎた頃、俺は『神託の書』の解読を進めることにした。文章自体はたかが二十万文字、全て頭の中に入っている。
解読出来ていないのは残りたった十万文字なのだ。
こんなこと無意味だと分かっていた。
だが万が一彼らが俺を迎えに来てくれた時、今度は足でまといにならないように、彼らを見返すために、『神託の書』を少しでも解読しようと思いついたのだ。
……そうだ、結局俺は優しかった頃の彼らの思い出に縋っているだけだ。いつか優しい笑顔で俺を出迎えてくれるのではないかという幻想が、俺の唯一の希望になっていたのだ。
きっと俺たち勇者パーティの到着を待つ人々もこんな気持ちだったのだろう。
十年を過ぎた頃、『神託の書』の未解読部分について一万文字の解読に成功した。
資料も無く解読を進めるのは困難を極めるが、時間だけはたっぷりある。
五十年を過ぎた頃、『神託の書』の未解読部分についてさらに二万文字の解読に成功した。
残りは七万文字だが、逆説的に未だに解読出来ない残りの部分はどんどん難しくなっていく。
それでも俺は諦めない。
百年を過ぎた頃、『神託の書』の未解読部分についてさらに五千文字の解読に成功した。
解読のスピードが遥かに遅くなったのは、単に難易度が上がったからではない。
きっとレイモンドたちはもう死んだだろう。復讐の炎を燃やす相手も、俺に救いの手を差し伸べてくれる相手も、もうこの世にはいないのだ。
それでも俺は解読を続けるしかない。例え嘘の言葉だったとしても、俺は勇者パーティとして一度は認められた魔導師なのだから。
五百年を過ぎた頃、『神託の書』の未解読部分について、さらに三万文字の解読に成功した。
残りは四万五千文字。
半分を超えたことで解読のコツを掴んできた。リンの遺した加護魔法が解けたら実際に試してみたい魔法が沢山ある。
……そう思うことで未来への微かな希望を自分で生み出しているだけかもしれないが。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして千年を過ぎた頃、遂に俺は『神託の書』の全文解読に成功した! 人類が成し得なかった神にも及ぶ偉業を成し遂げたのだ!
この世界に存在し得る全ての魔法が扱える俺にとって、掛けられた呪いとも言うべき加護魔法はいつでも解くことができる。
……本当は七百年を過ぎた頃には解法が頭に浮かんでいた。
しかしそれを実行出来なかったのは、いや、しなかったのは、俺にとって残された勇者パーティとの繋がりはもはやこれにしかなかったからだ。
だがもう俺は行かなければならない。
これ以上やることもない。縋るものもない。千年も昔のことなんて、レイモンドたちの声も顔も、思い出せなくなっていた。
(「女神の加護よ、次の者へ」)
頭の中でそう唱えると、石のように固まっていた俺の身体は氷が溶けたかのようにベチョリとその場に崩れ落ちた。
「……身体の動かし方なんて忘れてしまったよ」
その声を発するまでに一時間はかかった。
一方でリンの魔法の腕は確かだったらしく、筋肉の衰えも肉体の劣化も一切なく、文字通り止まっていた時間が動き出したかのように俺の肉体という歯車が音を立てて回転を始めた。
千年ぶりに食事でもしてみようかと朽ち果てた居酒屋跡──というより遺跡──を漁っていたその時、突如誰かが入ってきた。
「──ま、まさか!」
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