人喰いの姫

夢咲蕾花

本編

 奇妙な黒装束の連中が一つの台座の前に立ち、それを拝跪した。文字通りあがおがたてまつり、ひざまずく。

 台座には白銀の髪をした女が一人。長齢のハイエルフの、美しいかんばせの女だ。彼女はしっとりと重そうなまつ毛を伏せ、豊かな胸元をはだける黒装束の裾を手繰り寄せ露出していた太ももを隠す。


 屍衾しきん。死者と交わり、その魂を卵子に宿し秘技。そのためには、素体となる若い血肉がいる。


 一人、奥の扉から若者が連れられてくる。

 歳は十かそこら。一糸纏わぬ姿で、香か何かで催眠状態にあるのか虚ろな顔で青ざめている。

 黒装束の連中が――おそらくは信者が「おぉ」と声を漏らして恐れるように手を震わせ拝んだ。これから偉大なる魂があの少年に宿る。その時を、心待ちにしているのだ。

 司祭が装飾が施された、鈴と小さな鐘が取り付けられた杖を振った。ガシャン、と一つ大きな音を立てる。


「神聖なる交わりである。偉大なる冒険王の魂が、今ここに蘇る。屍衾の姫と、純粋なる器と、冒険王の肋骨を以て――」


 その時である。少年が連れられてきた扉が乱暴に開かれた。

 まろび出てきたのは息を切らす若い信者。女だろう。口から血をこぼし、脇腹を押さえている。


「たっ、大変です……! 黎明騎士です!」


 信者がどよめく。司祭が杖を鳴らし、命令した。


「屍衾を邪魔してはならん! 排除せよ!」


 信者が「おぉ……ぉおおおお!」と奇妙な雄叫びをあげた。部屋に充満する香が、彼らから理性を奪っていた。唯一正気なのは司祭だけ。彼は魔術で香を中和していた。

 屍衾の姫もまた虚ろな顔で、連れられてきた少年を抱きしめた。その青白い唇に己の唇を重ね、ねっとりと接吻せっぷんを交わす。舌を這わせ、絡め、吸い上げ、貪るように少年を味わう。


 黎明騎士と呼ばれる連中が、若草色のマントを翻しながら突入した。一人一人が精鋭中の精鋭の騎士。それが、一個小隊規模――二十名だ。

 けれども信者の圧倒的な物量が、それを圧殺した。

 斬り殺され血飛沫をあげる信者の死体の向こうから短剣を構えた信者が群がり、騎士が苦戦を強いられる。

 剣戟とやけに鈍い悲鳴。ねばっこい怒号。水中でゆったりと戦っているような、そんな戦闘。


 屍衾の姫が肋骨を咥えた。冒険王と呼ばれた英雄の一人。そう言われている者の骨を噛み砕き、咀嚼し、それを口移しで少年に飲み込ませた。無抵抗の少年は喉を震わせて、濁って泡だった唾液を口の端から垂らしながら嚥下していく。

 姫が、少年の小さなそれにそっと触れた。無表情で己の秘部に導き、交わる。

 愛も快楽もない。ただの儀式でしかあり得ない性交。恍惚な顔をしているのは、香のせいだ。

 ややあって、少年の体がひくっと跳ねた。精通してまもない少年の快楽の水準などたかが知れている。肉体はそうある反応として呆気なく射精し、姫はもう一度少年を抱きしめた。


 司祭はにたり、と笑う。

 


 姫が大口を開け、少年の首筋に食らいついた。ミシミシと音を立てて肉を噛み裂き、食いちぎる。少年は悲鳴も上げない。ただガクン、と項垂れて失血による痙攣をし始めるだけだ。

 糞尿をショックで漏らし、悪臭が立ち込める。屍衾の姫は構わず少年の肉を食らった。獣がそうするように内臓を引き摺り出し、心臓を齧って、腸を啜って、胃袋の中身に詰まっているシチューも飲み込んで、骨を齧る。

 永久歯とわずかな乳歯も容赦なく噛み砕いた。それから澄んだ瞳も丸呑みにして、いやにぷるっと艶めく脳を手で掴み、かぶりつく。


 年若い子供との性交など特段珍しくない。そんなものは、精通さえしていれば誰も文句を言わない。子供の中でも特別早く精通した子供をさらってきたことは問題だが、この際どうでも良い。

 人喰い。これは大罪だ。

 同族を喰らう罪。そして、生物学的な、生理的なデメリット。人喰いをしたものは弱り、立てなくなり、死ぬ。

 血まみれ汚物まみれの屍衾の姫が、ニンマリと笑った。


「パパ、じょうずに、できたでしょう?」

「ああ、素晴らしいよ」


 司祭がそう言った直後、腹に短剣が突き刺さっていた黎明騎士が振るったロングソードがその頭部を叩き割った。目玉が飛び出し、耳と鼻の穴から脳みそが溢れる。

 信者は全員死亡。残った黎明騎士はわずか一名。

 女の黎明騎士は腹の短剣を見た。内臓は外している。引き抜けば失血死。

 目の前には、忌まわしき屍衾の姫。


「君は……子供、か?」

「パパ……? ねえ、なんでパパをこわしたの?」

「転生術……どこまで狂った連中なんだ……!」


 この女の魂は、その肉体が本来宿すものではない。どう考えても、他者の――童女の魂が移し入れられている。

 さっきからする悪臭は、糞尿の匂いだけではない。

 女騎士は屍衾のローブをはだけた。


「……っ!」


 足が、腐っている。相容れぬものを受容させられ拒絶しているのだろう。肉体が腐敗し、それがひどい臭いを放っていたのだ。


「おまえも、くってやる」


 底なしの、ドス黒い目で。

 屍衾の姫が手を伸ばした。もはや握力さえままならない女騎士は呆気なく捕まり、もがいたが無意味だった。


「よせ、やめろ! この――ぁぐ……ぎゃぅぁあああああああああ!」


 姫が騎士を喰らう。柔らかい肉を噛み砕き、血と臓物を啜り、陸に打ち上げられた人魚のような動きで人を二人、綺麗に食べ切ってしまった。

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