第19話 物語のように悪はこちらの準備を待ってはくれない
先輩とイチャイチャ(?)服選びをしたあと、髪を切ったら時刻はすっかり夕方になっていた。
先輩は「汚れたら明日着れないしね」と服の入った紙袋を片手にすっかりご機嫌だ。
「この後はどうしますか、先輩?」
「んー、もう業務時間も終わるし解散かな。ボクはこの領収書を持ってハンスさんを脅――説得してくるよ」
「脅さないでくださいね?」
何か不穏なことを言いそうになっていた先輩を見送り、俺も買った服が入っている紙袋を片手に飯屋を探す。
このまま置いて帰っても二度手間だしな、と大通りを歩いていると――
「ん?」
花の匂い……?おかしい。こんな大通りで、『衛兵の詰め所から離れたこの場所で』香るはずがないあのエルフの子のにおい。
ぞわっと背筋が凍り付く感覚がする、まさか――
「くっ……!」
俺は急いでにおいの元へと駆ける!まさかまさかまさかまさか……っ!?
「脱走したのか……?」
においは西の方、貧民街の方へ向かう方向ほど強くなっていく。たしかに、人目を避けるために人がいない方へと逃げれば自然と貧民街の方へ流れていくのは分かる……くっ!
頭の中に想像するのは最悪の未来、昼頃に言われたハンス衛兵長の予想が脳内を駆け巡る。
「いや――なにかおかしい」
走っているうちに少しだけ冷静になったのか、違和感に気が付く。花のにおいだけでなく、仄かな甘い……酒のにおい。
いつも酒場の人が飲んでいるようなエールの麦のにおいではなく、もっと上品な……そう、ワインだ。
ワインのにおいが花のにおいに混じってかすかににおってきた。衛兵にワインなんて高級なものを嗜む人はいない、人より稼いでいるハンス衛兵長ですらエールが大好きで飲まないぐらいだ。
なんで貧民街から上質なワインのにおいがする? しかも方向はエルフの子と同じ――っ!
――ヒュンッ!
「おや、避けられましたか」
「あなたが……誘拐したんですか」
「えぇ。こんなにも早く見つかるとは思いませんでしたが」
においを辿って狭い小道に入ろうとした瞬間、猛烈な殺気のにおいがして慌ててしゃがめば、小道の奥からナイフが鋭く飛んできた。
ショートソードに手をかけつつ、暗いその小道を見ると貧民街には似つかわしくない執事服を着た初老の男性が出てくる。
「いったい、何が目的なんですか」
「あれは主様が用意した献上品でございますので、取り返しにきた次第でございます」
「やはり貴族の手の者ですか……!」
「なるほど? 衛兵はそこまでしか掴んでいないということですね」
思わずぐっと俺は閉口する。みすみす情報を漏らしたような気がして罪悪感を覚える……
先輩は……だめだ、詰め所がエルフの子を誘拐されたなんて大々的に騒げない以上、事態の把握は遅れるだろう。
この場に急行するには時間が――いや違う、この場にあのエルフの子がいないということは。
「狙いは俺ですか……」
「ほう? 平民にしてはずいぶん良い頭をお持ちのようだ。参考までにお聞きしても?」
「……答えると思いますか?」
「答えた方がそちらの益になると思いますが。このまま逃げ切られれば、困るのはそちらでしょう?」
余裕そうに肩をすくめる初老の執事。たしかに……冷静に考えれば向こうはエルフの所在が割れていて、こちらは貴族以外の情報が何もない状況だ。
応援が来ると仮定して、ここでは時間を稼ぐのが吉――俺はそう判断して推理を話し始める。
「エルフが運び込まれたとき、人目を隠すように運ばれていました。つまりは先方もあなたの主も、あからさまに国に仇なすつもりはないということ――」
「たしかに、主様はこの国を混乱に陥れることを良しとしておりません」
「どの口が……っ!」
「おや? 首を突っ込んで暴いたのはそちらの方ではありませんか? ほら、続きを」
頭が怒りで煮えたぎりながらも、時間を稼ぐのが最優先だと自分に言い聞かせ執事の言葉に乗る。
「ふー……つまり、あなた方も大人数で動けない。詰め所側がこの誘拐を発覚するまで時間がかかっているということはあなた1人――多くても扇動用に2人が限界のはずです」
「なるほど道理ですね。で、なぜ私の目的があなただと?」
「……エルフが目的なら、あなたは人目のつかない貧民街ではなく貴族街に逃げるはずだ。なぜなら誘拐が発覚した時、衛兵はまず貧民街をしらべるから」
そうだ、ただの誘拐なら貴族街ではなく貧民街に犯人は逃げ込む。貴族街には内壁と呼ばれる高い壁があり、検問所として貴族街専門の衛兵が勤めているのだから。
だから俺たちも誘拐事件があったときはまず貧民街を疑う、それを知っててここに逃げ込んでいるのだ彼は。
俺は黙って聞いている執事に、話を続ける。
「さっきからエルフの子のにおいが動いていない。エルフの子事態を囮にして誰かを呼び寄せようとしている……そんなところです」
「ほう! あなた、物理的に鼻が効くようですね。なるほど、『やはり消しておくべきだ』」
「――っ!」
いつの間にか手に握られていたナイフを突き出しながら、無感情にそう言い切った執事。
俺はギリギリのところで回避する……あぶない、攻撃する意思をにおいで感じ取って無かったら脇腹を刺されてた!
ショートソードを素早く抜いて、彼に向ける。執事は少し驚いた様子で俺に話しかけた。
「まさかその鼻、悪意や殺意にも反応するので?」
「……答える必要はないですね」
「なるほど、ヘリガには厄介な番犬がいるようだ」
執事はそう言うと、タッと壁を蹴り急加速しながら距離を詰めてくる!
速い……が、先輩ほどじゃない! 俺は冷静にナイフを弾いて返す刀で持ち手を狙う……が、執事は反対の手でドンっと俺の胸を押して軸をぶらしてきた。
「くっ……!」
「対人戦の戦闘経験は、さすがに少ないですね」
「がはぁ……!」
態勢を崩した自身の脇腹に、回し蹴りを入れられ思いっきり民家の壁にたたきつけられる!
んだよこれ……怪力すぎるだろ……
飛びそうになる意識をなんとか歯を食いしばって耐え、ショートソードを執事に向ける。まだだ、まだ倒れるなヴェルナー……時間を稼げ。
「おや? 一発で
「がはっ、ごほっ……鍛え、てるからな……」
「敬語が取れてますよ。案外余裕は無さそうですね?」
「ほざいてろ……」
呼吸をするたび脇腹が痛い。骨を2、3本折られたか……だがまだ動ける。ナイフを片手に近づいてくる執事を前に、俺は気合を入れなおすのだった。
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