第18話 男よ、心して聞け。デートをする際は服がびよんびよんになる覚悟をしておくんだ

「おまたせヴェルナー! 待った?」

「いえ、女性が身だしなみに時間を使うのは知っていますので」

「む~……そこは『今来たとこー』とか『全然待ってないよー』とか言うもんだよヴェルナー」


 そうなんですか、以後気を付けます――とだけ俺は返して、ふくれっ面の先輩と一緒に商業区の服飾店に入る。


 先輩が歩いて近付いてきている時から凄まじい注目が先輩に集まっていたのだ、俺に話しかけた瞬間に『悪そうな臭い』が四方八方からして一目散に噴水広場から逃げたかった。


「ぶー、もう少しゆっくりしたっていいじゃないか」

「あのまま大通りを散策していたら俺が死にますよ……ほら、機嫌直してください。ハンス衛兵長から『経費にすると監査から突っつかれるから、俺のポケットマネーで好きな服一式揃えて来い』と貰ったお金がありますから」

「え? 好きな服タダで買えるの!? やったー!」

「先輩っ、店内では静かに……っ」


 しーっと俺が指を立てて注意すると、『おっと』と慌てて両手で口元を押さえる先輩。だが口の端は緩みっぱなしだ、どうやら機嫌はすっかり直ったらしい。

 さて、好感を持つような――とは言われたが。いまいち俺は服のセンスというのが分からない。


 服なんて着られて、派手な色で浮いてなければ良し!な俺には『好感を持たれる』という服の選び方は中々に難しい任務だった。


「んふふふふふふふ……ヴェルナーを全身コーディネートできる日が来るなんてね」

「先輩の私服、おしゃれですよね。先輩のセンスに任せますよ」

「おお~、良いこと言ってくれるじゃないか後輩君~。よっし、イケメンに仕立て上げてあげるからね!」

「イケメンかどうかは顔次第じゃないですか……?」


 ふんすふんすと鼻息荒く男服が並んでいる場所へと消えていった先輩。勇み足というかあわてんぼうというか……その場に取り残された俺に、おずおずと服飾店の店員らしい女性が話しかけてくる。


「可愛い彼女さんですね~」

「……ただの仕事仲間ですよ」

「あら、すみませんでした~。でもあの人、すごい美人ですしスタイル良いですよねぇ~……職場でも人気なんじゃないですか?」

「えぇまぁ。先輩も自分のことを美人だと自覚してますから、たまに同じ職場の人に可愛くおねだりしてますよ」


 主にシータに対してだが。『カタリナお姉さまっ!』と目をハートにして男でもきつそうな量の料理を大盛りに盛り付けるものだから、減らしてほしいなぁ~?と上目遣いにお願いして減らしてもらっているのをよく横で見ている。


「あらあら~、狙っている人も多いんじゃないですか?」

「どうでしょう? あまり気にしたことが無かったので」

「お客さんもこの店でイメチェンしてみたら――」

「――ヴェルナー? ボクから離れて女の子とこそこそ内緒話なんて、いい度胸だね?」


 すっかり話に夢中になっていたのか、先輩がすぐ後ろに立っていたことに気が付かなかった。俺が視線を先輩に移すと、先輩は両手に男物の服を抱えながら黒いオーラを纏って笑顔でそこに立っていた。


「先輩がきれいだって話をしていたんですよ、ねぇ店員さ……いない!?」

「ふーん、ほーん、へー……ほんとかどうか知らないけどっ!」


 あぁ、さっきまで上機嫌だったのに先輩の機嫌がまた悪くなっている……逃げていった店員さんにも釈明をしてもらおうと俺が店員さんを探しに歩き始めた瞬間、ぐいっと手を先輩に引かれる。


「……逃げようとしてる」

「してませんよ……あ、その服が俺のやつですか?」

「ん、そう。ちょっと着てみて」


 そう言って先輩が店内にある試着室の方へと俺を導く。狭い試着室のところで俺と先輩が入り、しゃーっとカーテンを先輩が閉めて――いやいやいや。


「先輩、出てってください」

「……ボクがいたら嫌?」

「嫌とか以前に着替え見られたくないです」


 今日の先輩は独占欲がいつもより高い。ハイライトのない目で俺の服を脱がそうとしてくる。


「ふふふふふふふ……ヴェルナーはボクだけのものなんだ……」

「服脱がさないでくださーい」

「服も食べるものも全部ボクが決めてあげるんだ……」

「ダメだ聞く耳持たない」


 何かぶつぶつ言いながら凄まじい力で脱がしにかかってくる先輩。俺も必死に抵抗しているが、先輩の剛力には敵わずズリズリと捲れあがる俺の服。

 目を……っ、覚ませ先輩!服を掴んだまま肘で先輩の脳天を思いっきりぶん殴る!


「はっ! ……ヴェルナー?」

「気が付きましたか先輩? 試着室に乗り込んできて男の服を無理やり脱がせようとしてくる悪い先輩になってましたよ」

「だって……ヴェルナーが……」

「だっても何もありません。見てくださいよ、裾がびろんびろんになっちゃったじゃないですか」


 俺が着てきた深緑の服が、伸びに伸ばされへなへなになっていた。裾をぴらぴらしながら怒ると、先輩は狭い試着室の中でうっと言葉に詰まってしょげる。


「ごめんなさい……で、でもヴェルナーさっきボクに内緒で何話してたのさ?」

「本当に先輩がスタイル良くて美人だから、狙う男多そうですねってだけですよ。デリケートなお話を大声で話すわけないじゃないですか、ハンス衛兵長じゃあるまいし」

「そっか……ほんとにそれだけ?」

「それだけですよ……逆になに疑ってるんですか」


 俺がそんなに必死になっていた先輩にそう質問すると、口をもごもごさせて『なんでもない』とだけ小声でつぶやいた。


「いやいや、何でもないは許しませんよ」

「だってイザベルさんが……っ、あ、あぁ……なんでもない……」

「いやすっごい気になるんですけど?」


 イザベルさんと何を話したら俺の服が一枚犠牲になる結果になるんだ?

 逆に俺が詰め寄ると、先輩は一歩さがる。詰め寄る、さがる。詰め寄る、先輩が試着室の壁に追い詰められる。


「さあ、吐いてください。先輩?」

「うっ、うううぅ……近いよヴェルナー……」

「圧をかけてるんですから当たり前です。さぁ、早く――」

「あのぉ~イチャイチャしてるところ申し訳ないんですけどぉ~……店内の試着室は『そういう』場所ではございませんので~」


 シャーっと勢いよくカーテンがあけられ、さっきの店員さんが申し訳なさそうに注意する。

 いや確かにそうなんですけど、事の発端はあなたが逃げたことですよね!?と俺は流石にツッコまざるを得ないのであった……

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