第7話 木を隠すなら森の中、その木を見つけるには隠される前に捕まえるのが一番早い

 先輩と酒場に行った日から数日たったある日、俺は馬車用の検問所にいた。身分証明をしなければいけない関係上、徒歩で来た人と馬車で来た人で入り口を分けないと長い渋滞が出来てしまう。


 そういうわけでヘリガの街には馬車用の広めの入り口があり、今日の俺と先輩の担当は西門。全体的な交通量は少ないが、スラムが近くにあるので犯罪者や違法物品を隠しやすいという理由から犯罪率が東西南北の門で一番高い。

 俺たち衛兵も西門の担当の時は他よりも念入りに荷物をチェックをする、先輩もいつものほんわかした雰囲気を消して真面目に物品検査をしていた。


「次ッ!」

「へい、よろしくお願いします。こちらが商業許可証と目録です」

「確認します」


 目録を先輩に渡しつつ、同時に出された身分証明書と商業許可証を確認していく。

 許可証の期限は切れてない、証明書も本物。『悪意の臭い』も……この人からは感じない、ちゃんとした行商人だ。


「こっちもオッケーだよヴェルナー、過不足なしだ」

「了解です。ようこそヘリガへ」

「ありがとうございます」

 

 商人の馬車を見送った後、次の馬車を呼ぶ――っ、すごい臭いだ……っ!


「次……っ」

「っち、依頼人を待たせてるんだから早くしろよ全く……」


 ぶっきらぼうに渡された商人の書類を俺は確認していく。なるほど、香辛料を取り扱っているのか……道理でさっきから鼻がひん曲がるぐらい辛い臭いが商人からも馬車からもにおってくる。


 香辛料は一部の地域でしか栽培されていないために高価で取引されている、商売相手は貴族か……ん?

 俺は書類に不備がないことを確認して目の前の男に返そうとしたとき、香辛料の臭いに隠れた『悪意の臭い』を感じ取る。


 突然ににおってきたそれに固まっていると、ひったくるようにして俺の手から男は書類を奪い取った。


「あ……」

「問題ないんだろ? ならさっさと通らせろ!」

「……うん、目録通りだよ。過不足なし」


 先輩も目録をひらひらさせながら言う。本当に大丈夫なのか……?と一瞬だけ感じ取った『悪意の臭い』に俺はひっかかりを覚える。

 難しい顔をしていたのか、先輩が心配そうに駆け寄ってきた。


「どうしたの?」

「いえ、その……何と言いますか」

「ふむ。この商人が怪しいの?」


 先輩が鋭く商人をにらむと、商人はあまりの威圧に数歩下がる。だが、商人はあくまで不遜な態度を崩さない。


「な、なんだお前ら? 高価なものを乗せてるからどうにか摘発しようと画策しているかもしれんがそうはいかんぞ! これだから貧乏人は……」

「まぁ、確かな証拠がないので――」

「……一応目録と荷馬車を見ておく?」


 そう、ですねと俺は先輩から目録を受け取って荷馬車の後ろに回ろうとする。すると慌てて商人が俺を止めながら怒鳴り散らかしてきた。


「いい加減にしろ! 確認はしたんだろ? だったらさっさと通らせろ!」

「うーん、ボクの目には何もなかったんだけどね……」


 ――ヴェルナーが『怪しい』って言って、無実だった人は一人もいないんだよね。


 先輩はそう言いながら商人と俺を引き離す。俺は一礼して目録を片手に荷馬車へと乗り込んだ。

 うっ……すごい辛い臭いだ、木箱いっぱいに香辛料を詰めているのか?と俺は涙目になりながら香辛料が入った箱を開けていく。


 荷馬車の外では商人の怒鳴り声と先輩のなだめる声が聞こえる、時間はかけていられない。俺は目録と木箱の中身を確認していく……すると。


「ん? 樹木と、甘い花の匂い……?」

「おーいヴェルナー、そろそろ留めるのも限界だよ~!」

「先輩。これ、外に出してくれますか?」


 荷馬車をのぞき込んできた先輩に、一つの大きな箱を俺は指さす。辛い香辛料が入っている箱の中には『ありえないはず』の臭い、違和感を感じた俺は先輩が木箱を荷馬車から降ろすのを見ながら商人の悪意の臭いが濃くなったのを感じた。


「よっ、と……これが怪しいの?」

「えぇ。香辛料の中に樹木と甘い花の匂いがしたんです」

「……今、この場で中を改めてもよろしいですか?」


 先輩が聞くと、商人はその申し出を拒否する。


「そっ……んなことさせれるわけないだろ! 香辛料だぞ!? 風が吹いて少しでも飛んでみろ、弁償はできるんだろうな!」

「…………いえ」

「いいよヴェルナー、香辛料一箱ぐらいボクが払ってやるから開けて」


 え?と俺と商人が先輩の方を見る。先輩は真剣な顔をして頷くので、商人は慌てて先輩を脅しにかかった。


「に、200万シルだぞ!? いや、私を疑った慰謝料も合わせて500万シル、500万シルを請求してやる! 貧乏人には払えんだろ!?」

「500でも1000でもいくらでも請求すればいいさ。ヴェルナー、やって」

「……ありがとうございます先輩!」


 俺は木箱のふたを開け、地面に零れ落ちるのも構わず香辛料を掻き出す!

 あぁ!と商人が悲鳴を上げる中、俺はこつんと指が固い感触に当たるのを感じた。底が思ったより浅い……香辛料は表面だけ乗せて、二重底になっている! 花の匂いの出どころはここか!?


――ベキベキベキィッ!


 二重底のふたを乱暴に破壊する。そこには……ボロボロの布切れを着た緑髪の女の子が眠っていた。

 奴隷がする首輪をはめた彼女は目鼻立ちがきれいな顔をしている……しかし、それ以上に俺が目を引いたのは長く尖った両の耳。

 これはまさか――


森人族エルフ……?」

「くそっ!!」

「逃がさないよ!」


 不正がバレた途端に全力で逃げようとする商人……だが、先輩が一瞬で鎮圧された。地面に引き倒されてくそ、くそぉ!と吠えている商人に俺は冷徹に告げる。


「逃げたってことは、エルフで確定か……しかも奴隷。法律でエルフを奴隷にすることは禁止されている、目録不備も合わせて話を聞かせてもらうからな」

「エルフとの争いの火種をヘリガに持ち込むとはね……ここは任せたよ」

「はい!」


 先輩は他の部隊の衛兵にその場を任せ、商人を牢屋へと連れて行った。俺も持ち主のいなくなった馬車とエルフの女の子を一時保管として衛兵の詰め所に運んでいく。


 うえぇ……なんつー高級なものとめんどくさいものを押収してしまったんだ、とあまりの事態に俺は馬車を引きながら項垂うなだれた。


 とりあえずハンス衛兵長に指示を仰いで、国と対応を決める感じかなぁ……荷馬車で寝ているエルフの女の子の方を振り返り、俺は突然降ってわいてきた大きな事件を前に深いため息を吐くのだった。

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