第6話 酒の席では酒乱騒ぎがよくあるというが、その中心が身内だと申し訳ない気持ちになる。

 結局断り切れずに先輩とともに酒場へ。これがいわゆるパワハラ……?


「大丈夫大丈夫、寝ちゃったらボクが優しくベッドに運んであげるから」

「いや、俺は飲まないっすよ。酒弱いんですし……そもそもそんな未来にならないのだけは知ってますよ」

「ん~?お姉さんの注いだ酒、飲めないの?」


 あの小さな女の子に言われた『お姉さん』呼びがそこまでクリティカルヒットしたのか、無限に擦り続けてくる先輩。

 それ典型的なパワハラワードですよ、と俺が言ったら先輩はうっ……とひるみながらも言葉を返した。


「だって折角の非番なんだからヴェルナーと飲みたいんだもん……今まで一人で飲んでたし」

「だもんじゃないですよ。別にこうして付き合っていますし、お酒は飲みませんがお酒でないものなら同席するんですからそれで我慢してください」

「やったー! ヴェルナー大好きー!」


 むぎゅーっと先輩が横から強めに抱きしめてくる。大きな胸が左腕に当たって幸せな感覚――なのもつかの間、先輩の怪力のせいで俺の身体がミシミシ鳴った。


「いだだだだだだだ! 先輩ステイ! めっ!」

「やだ」

「先輩の大好きな後輩が折れそうなんですけど!?」


 しっかりホールドしている先輩を何とか引きはがそうと奮闘するが全く微動だにしない……っ!

 周りの男が嫉妬と殺意の目を俺に向けてくるが、そんなに羨ましいならの代わってくれ。今俺は死ぬかどうかの瀬戸際にいるんだ!!


 これだけは使いたくなかったが……俺は先輩に向かってきわめて事務的な声で話しかける。


「先輩、今すぐ離さないと……部隊の再編希望を出してきます」

「――っ」

「はぁ、はぁ……離れた……」


 ぱっと俺を抱きしめる力を緩めた先輩。俺はその隙にするりと抜け出して荒い息をつく。

 先輩は捨てられた子犬みたいな顔をして俺の裾を遠慮がちにつかんだ。


「離したよ? ボク離したよ? だからやめないで、ね?」

「やめませんよ。先輩は力加減が馬鹿なんですから、もう少し加減を覚えてください……ハンス衛兵長あたりで」

「あれは触りたくない……お願い、一人にしないで」


 あの変態に触りたいひとはまれじゃないか?と俺は思いつつ、いつもの明るい表情を隠して弱気な顔をしている先輩を元気づける。

 俺も男だ、美人には沈んだ顔よりも笑ってくれていた方がいい……こんな手を使わなくても良くなるように、俺が強くなればいいだけだ。


「しませんよ、先輩は一人にするとすぐ奇行に走りますから」

「うん、見てて。ずっとそばで見てて……」

「うっ……」


 弱弱しく笑った先輩は、はかなげな雰囲気があって庇護欲をそそられる……あと罪悪感。俺は先輩の手を引きながら酒場へ向かう。


「ほら、行きましょ先輩。非番なんですから今日は飲むんでしょう?」

「うんいく」





「ぷっはああああああ! 疲れた体に酒が染みるねぇヴェルナー!」

「はは……ゆっくり飲んでくださいね」


 さっきの弱弱しさはどこへやら。酒場について料理と酒を注文したら先輩はすっかり元通りになった。

 ジョッキに入ったエールを一気飲みして、先輩は元気に笑う。


「おう嬢ちゃん、いい飲みっぷりだねぇ!」

「あっはっはー! 明日非番だから今日は飲んじゃう!」

「酔いつぶれんなよ~? 嬢ちゃん美人だから悪い狼が狙ってるかもしれないぜぇ?」

「大丈夫、ヴェルナーいるし!」


 一人で解決する気がない時点で大丈夫ではないと思うんですけど?という俺のツッコミは酒飲みたちの耳には届かないのか、先輩がエールのお代わりを注ぐのを見ながら俺はため息をつきつつ料理を持ってきたウェイトレスに軽く礼を返した。


「むぅ~、ヴェルナー。ボクという美人を前にして他の女に目移りするとはいい度胸だね!」

「目移りっていうか……もしかして、もう酔ってます?」

「酔ってないもん!」


 一気飲みしたからなのか、先輩の酔いが回るペースが速い。理不尽なことでぷりぷり怒っている先輩は、「もう、まったくもう!」と言いながらエールをがぶ飲みしていた。


 そんなとき、同じく酔っているのか若めのおちゃらけた青年が俺たちのテーブルにやってくる。


「ようにーちゃん、美人なねーちゃん連れてんじゃねぇか。ちょっと貸してくんね?」

「……お断りいたします」

「おいおい! 美人を独占とか犯罪だぜはーんーざーいー、一晩でいいから貸してくれよ~……な?」


 エールを片手になれなれしく俺の方に腕を乗せながらそう言ってくる青年、周りの客は『あいつ死んだな』とか『常連じゃねぇな』とか同情的な視線を彼に送っている。

 そういう絡まれている俺も、青年に対して同じ目をしていた。予想外の反応をする俺と周囲に、青年は少し驚く。


「な、なんだよ?」

「いえ……まぁ、ケガしないうちに手を引くことをお勧めしますよ」

「あぁ? 俺に勝てると思ってんのかぁ?」


「そういうわけじゃないんですが……」

「んだよ腰抜けが、喧嘩する度胸もねえ奴がしゃしゃり出てくんなよ。なぁねーちゃん、俺と――」

「ぼくにふれるなぁ!」


 ――バコォンッ!


 青年が先輩に手をかけようとした瞬間、先輩は瞬時に振り返って持っていたジョッキを青年の額にぶち当てる!あぁ……痛そうな音がしたなぁ。


 酒場で響いた異音に、周りが騒がしくなる。


「なんだなんだ?」

「カタリナの奴に手を出そうとした奴がいたんだよ」

「おいおい自殺願望者か? 誰か止めなかったのかよ」


 止めたんだけど止まらなかったんだよ、と周りがやれやれと各々テーブルに戻っていくなか青年が激高しながら立ち上がる。


「こっのアマ……っ!」

「まあまあ、ここは奢りますから納めていただけませんか? いやマジで、これ以上問題を大きくしたくないんですよ」

「あぁ!? 女に舐められて引き下がれる分けねえだろうが!」


 暴れる青年を羽交い絞めにしながら説得をするが全く聞かない、まずい……このままだとこの青年の方が死ぬ。

 そんなとき、酒場の厨房の方から怒鳴り声とともにエプロンをけたふくよかな女性が出てきた。


「酒場は酒を飲む場所さ! 暴れたいなら外でやりな!」

「女将さん……」

「ヴェルナー……なんだいまたカタリナ関連かい? おいそこのガキ、どうせ周りの静止を無視してカタリナに近づいたんだろう? 好きな酒と料理サービスしてやるから自分のテーブルに戻りな」


 女将さんがやれやれとため息を吐きながらしっしっ、と手を振る。青年は「……んでみんなこいつらの味方なんだよ」と呆然として暴れるのをやめた。

 俺は青年を離して厨房に帰ろうとしていた女将さんに声をかける。


「あの……この方の料金、俺たちの方につけておいてくれませんか?」

「あぁ? そんなことしたらただ飯目的でカタリナに絡む奴らが増えるだろ。あんたらはしっかり街の治安維持で恩を返しな」

「女将さん……ありがとうございます」


 礼をするぐらいならなんか注文していきな、と言いながら厨房に戻っていった女将さんに俺は心から感謝をする。

 心の広い方だ、と俺は近くのウェイトレスに追加の注文をしながら自分の席に戻った。


 そこにはすでに出来上がっている先輩の姿が。顔が赤くなってボーっとしている……俺が席に着くと、うぇるなぁ~と舌ったらずな声でにへらぁと笑う。

 そして自分の椅子を俺の横に持ってきて、むぎゅう~!と抱きしめ始めた。この間0コンマ3秒、無駄に身体能力が高い……っ!


「ぼくをまもってくれたんだねぇ~、ありがとぉ」

「いやどちらかというとあの人を先輩から守ったという方が正しいんですけど」

「ぶうぅ~! うぇるなぁのうわきものぉ~!」


 ぼくからはなれられないように、つかまえとくもんね!と先輩は俺を抱きしめながら酒を飲む。

 先輩の良い匂いと酒の臭い、それに加えて全身柔らかい感触に包まれてどうにかなりそうだ……先輩と飲むと、毎回こうなるから俺の精神力が試される。


「ヴェルナーいいよなぁ、羨ましいぜ」

「男が触れることすら許さない美人が自分からくっついてくるもんなぁ、くっそエールおかわり!」

「俺もいつかは仲良くなって……っ!」


 こうして夜は更けていく……

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