第5話 強い人ってみんな変人なの何?セットなの?

 迷子猫の一件以降、迷子になったおばあさんを道案内したり露店の前で揉めている客を仲裁したりと細々とした問題はあったものの。今日も一日平和に業務が終わった。

 日が完全に沈み切り、夜の鐘が鳴る。衛兵の詰め所に戻りながら、俺は軽く伸びをして隣を歩く先輩に声をかけた。


「今日もお疲れ様です先輩」

「うん、おつかれさまヴェルナー。この後どうする? お姉さんと一緒にむ?」

「あの女の子に『お姉さん』と言われたの、そんなに嬉しかったんですね……吞みませんし吞ませませんよ。俺酒弱いですし、先輩に酒入れたら――死ぬほどめんどくさくなるんでしから」


 俺がそういうと、先輩はブーブー文句を言いながら槍をコンコンと地面に打ち付ける。


「ねー飲もうよヴェルナー! 明日ボクたち非番なんだから飲みたいんだよぉ~」

「一人で飲みに行ってください!」

「うぅ~……だめ?」

「上目遣いで可愛く頼んでるっぽいですけど、甲冑のせいで何もその可愛さが伝わってないですよ」


 しまった、と大げさに驚く先輩に詰め所の扉を開けながらため息を吐く俺。抜けてるというかポンコツというか……おごるから飲もうよぉと情けなくすがってくる先輩を更衣室にぶち込んで、俺はショートソードを腰から抜いて一息ついた。


 そんな時、ガチャガチャと鎧が擦れる音が横から近づいてくる。俺がそちらの方を振り向くと、大柄な無精ひげを生やした男がそこに立っていた。

 俺はその姿を見るなり姿勢を正し、失礼のないように一礼をしながら声をかける。


「お疲れ様ですハンス衛兵長!」

「うぃ~、お疲れヴェルナー。いつも言ってんだが態度がかてえ、もっとカタリナに接するように喋れ」

「……はい、衛兵長」


 そう言われて俺は頭を上げてあいまいな笑みを浮かべながら、無精ひげを撫でながらガッハッハ!と豪快に笑うハンス衛兵長を見上げた。

 ハンス衛兵長――36というよわいにして、このヘリガの街で衛兵のトップとして俺たちを指揮している男。


 「机にかじりついて書類仕事をするのは性に合わん!」と率先して見回りをし、成果を上げているので俺たちも負けてられないとモチベーションになっている。


「ヴェルナーがここにいるってこったぁ、更衣室にはカタリナがいやがんのか。んじゃ失礼し……」


 ――ダァンッ!


「――ハンス衛兵長?」

「……冗談だって、そんな更衣室の扉を足で押さえつけながらごみを見るような目でこっちを見るな」

「ハンス衛兵長が言ったじゃないですか、『先輩と同じ扱いでいい』と」

「あいつ後輩にこんな扱いされてんの……?」


 鼻の下を伸ばしながら更衣室の扉を開けようとするハンス衛兵長を阻止し、冷たい目で衛兵長を見る。

 衛兵長はごまかすように口笛を吹きながら、「男子更衣室と女子更衣室を分けんといかんなぁ~」とそっぽを向いた。


「衛兵長はこの後なにを? 地下牢ですか、それとも裁判所ですか?」

「その二択、俺捕まってない? 怒るなって、後輩とのコミュニケーションを取るためのただの冗談じゃねえか」

「……ワンチャン見れないかなぁっていう悪意の臭いしてましたよ」


 ぐっ、と言葉に詰まる衛兵長。「でもよぉヴェルナー?」と俺の肩を組んで更衣室にいる先輩に聞こえないように小さな声で衛兵長が語り掛けてくる。


「お前だって美人でおっぱい大きい先輩が脱いでる姿、見たくないってぇいえば嘘になるだろ?」

「……そんなに女に飢えてるなら風俗街に行けばいいじゃないですか」

「バッカお前、カタリナレベルの美人とか一晩で破産になるわ!」


 見るだけ、先っちょだけ!と言ってくるハンス衛兵長に対して絶対零度のような視線を送る。

 この男――治安を守る衛兵のトップのくせして率先して治安を乱してきやがる。


「衛兵長。あなた女性の衛兵からなんて言われているか知ってますか?」

「あぁ? そら『頼れる上司』とか『尊敬するおさ』とか……そんなだろ」

「『胸ばっか見てきてキモイおっさん』です」


 ふぐおぉ!と膝から崩れ落ちる衛兵長。俺は衛兵長が犯罪を犯さないように、念入りに追撃しておく。


「『女の犯罪者だけ捕まえるとき優しい』、『暑くて胸元ぱたぱたしてたら視線を感じて、そっちを見たら衛兵長変態だった』、『だから独身なんですよ』……これが衛兵長の評価です」

「うぅ……だってよぉ、カタリナのお陰で女性の衛兵が増えたのってここ数年の話だぜ? 若いし可愛い子が男むさい詰め所に来たとあれば――見ちゃうだろ!?」

「見ちゃわないです。女性の衛兵がよく食堂でみんなに聞こえるように話しているので、俺たち衛兵は察して衛兵長を反面教師にしてますよ」


 そうだよハンスさん~、と更衣室からラフな格好になった先輩が出てくる。「ボク耳がいいから、全部聞こえてたからね?」と先輩が言えば、衛兵長は絶望した顔をしながら地面にへたり込んでいた。


「ボクはもう慣れたけど、女の子ってのはそういう視線に敏感びんかんなんだからね~?」

「うぅ……美人が『敏感』とかいうとちょっとエロい……」

「「キモイ」」


 心の底から出てきてしまった言葉が先輩とシンクロする。まぁ、こんな変態なハンス衛兵長であるが、仕事は死ぬほど出来る人だ。

 今まで独身なのも、衛兵という仕事に対して真摯に打ち込んでいたからという弁護のしようがある理由が存在する……それでも評価は変態だけど。


 あとこの変態、無駄に強い。そう無駄に……先輩が『差が分からないぐらい』の強さだとすると、ハンス衛兵長は『絶望的な差があると分からされるぐらい』の強さ。


 実力的には先輩の方が上だとしても、それでもハンス衛兵長は――強い。それがあるからどうしても俺はこの人にかしこまってしまうのだ。


 全く、と困ったように腕を組む先輩。大きな胸が服の上から強調されるように盛り上がり、ハンス衛兵長の絶望した目に光が戻る。

 というかキラキラしている。鼻の下も伸ばしているあたり、改善の見込みは無いようだ……


「ほら、また見てるよハンスさん」

「これは男として仕方がないんだ!」

「ヴェルナーも男だけど、紳士だからこっちに視線向けてないじゃん」


 まぁ……そういう目で見るのは失礼にあたるってのはハンス衛兵長を見ていて痛いほどわかるのと、先輩とツーマンセルの部隊なのに関係性をギクシャクしたくないというのもある。

 俺が先輩の方を見てないでいると、ハンス衛兵長がぐぬぬ……と言って俺に命令してきた。


「ヴェルナー、衛兵長の命令だ! カタリナを見ろ、できるだけエロい目で!」

「こんなしょーもないことで上司命令使わないのハンスさん……聞かなくていいからねヴェルナー」

「いや聞きませんよ……ほら、書類仕事が残ってるんじゃないですか衛兵長」


 いや!残ってない!と現実逃避している衛兵長を置いて、俺たちは詰め所を出る。疲れた――


「じゃあ、飲みにいこっかヴェルナー!」

「忘れてた……」

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