第4話 冒険者はいつも仕事が雑なんだ……そのせいで俺たちの仕事が増える

 周りを警戒しながら俺たちはスラム街の中を歩く。訓練されている衛兵を襲うような馬鹿はいないが……道の端にぼろぼろのゴザを敷いて一見無気力に見える浮浪者たちからは、敵対心と『悪意の臭い』がする。


 油断をすればやられる――そっと腰に差したショートソードに手をかけそうになった俺を、先輩がこっそりと止めた。

 周りに聞こえないように先輩は小声で俺に注意する。


「武器に手をかけない。ボクたちに敵意を持っていたとしても、ここの人たちは守るべき市民であって犯罪者じゃない」

「……はい」

「さっさと目的を果たそう、この方向のままでいいんだね?」


 俺が右手をそっと下すと、ピリッと張り詰めた空気が少しだけ弛緩しかんする。悪意の臭いは消えない……が、少しは嫌なにおいが減った。


 俺たち衛兵は国からお金をもらって運営をしているので、ここの人からすれば衛兵は『国の犬』として見られているのだろう。

 巡回の回数も多く、犯罪を犯せばすぐに捕まるので楽に金を稼ぐ盗むこともできない彼らは俺たちに対して不満を募らせている――その結果がこの敵意だ。


 嫌なところに来てしまった……と気分が落ち込んでいるなか、俺は猫の臭いを辿たどる。

 すると、開けた空き地の方から何やらイライラした声が聞こえてきた。


「おい、早く降りて来いよクソ猫……っ!」

「フシャアアアアァッ!!」

「木から降りれねえくせに威嚇しても怖くねえんだよオラ!」


 猫の鳴き声と、複数の男の声……それと、激しく気を揺らすような葉が擦れる音が聞こえてくる。

 俺と先輩は駆け寄ってみると、貧相な装備を付けた冒険者らしい男たちが木を必死に揺らしているのが見えた。


 それと同時に木の上に白い猫がいるのを発見する。臭いの元があの猫のあたりあれがマロなのだろう――俺たちは慌てて男たちに駆け寄った。


「ストップストップ! 危ないでしょ~!」

「あぁ? っち、衛兵かよ」

「どっかに行きな。これは俺たちが受けた依頼だ」


 冒険者たちは俺たちが衛兵であることを知ると、苦虫をかみつぶしたような顔をする。どっか行きな、と言われてもな……俺は気の上から必死に威嚇しているマロを見ながら冒険者たちに言い返した。


「俺たちもその猫を探していたんだ、高いところから落ちて家族が傷ついたとあれば飼い主が悲しむ」

「あ? 知らねえよんなもん、依頼は『猫を探せ』って話だ。傷ついてようが死んでようが、見つけりゃ依頼達成なんだよ」

「はぁ……これだから冒険者は」


 俺は肩を落としてため息をつく。冒険者ってのは金のために街のトラブルを依頼として受けることもあるのだが、こうして粗雑なやり方をするために揉めることが多い。


 武器を持っているからか簡単に依頼主への暴力事件に発展しやすく、俺たち衛兵が駆り出されることもしばしばある。

 俺が冒険者たちに対応しているなか、先輩は猫を見あげながら心配そうにつぶやく。


「高いところから降りれなくなって、お腹がすいちゃったんだろうねぇ……誰かジャーキーとかある?」

「さすがに無いですね」

「携帯食とか遠征にしかもっていかねえよ、んなことも知らねえのか衛兵は」


 平和な街から出たこともない温室育ちの箱入り娘だもんなぁ?と馬鹿にしたような笑いが冒険者たちの間で上がる。

 俺がイラっとして言い返そうとしたとき、先輩がひょいっと俺を担ぎ上げた。


「あの、先輩?」

「じゃあこれしかないよね、行くよヴェルナー!」

「嫌な予感しかしないんです――けどぉ!?」


 思い切り先輩にぶん投げられる俺の身体。高い木にいるマロに向かって一直線に飛んでくる人間にさすがに驚いたのか、足を滑らせて木の幹から落ちる。

 瞬時に俺は空中で体勢を変えて足から幹に着地、そのまま蹴りつけた反動で落ちていく猫に追いついた。


 マロを抱きかかえながら地面に頭からダイブ――する前に先輩に優しく抱き留められる。

 なんでお姫様抱っこなんですか、しかも男がされる側……


「よし、猫もヴェルナーも無事!」

「……後輩への扱いもう少し優しくならないですか?」

「だって肩車しても届かないんだもん」


 梯子はしごとかとってきてたら彼らにマロが落とされちゃうかもしれなかったしね、と笑いながら先輩は俺を優しく地面に降ろす。

 マロはさっきの光景に驚きすぎて借りてきた猫みたいに大人しくなってしまった、まぁそちらの方が動きやすい。


「じゃあ、返しにいきましょ「おい待てよ!」……なんですか?」

「その猫は俺たちが最初に見つけたんだ、寄越せ!」

「そうだ! 依頼の横取りだ!」


 冒険者たちがそう騒ぐ。これだから冒険者は……近所迷惑になるからやめてほしいと俺がめんどくさそうな顔をしていると、先輩が『渡してあげて』と俺に言ってきた。


「良いんですか?」

「いいよ。渡してあげなさい」

「………………分かりました」


 先輩の有無を言わさぬ物言いに俺はしぶしぶ冒険者たちにマロを渡す。

 この猫を少しでも傷つけたら牢屋にぶちこむ、と脅しをかければ冒険者たちがビビりながら逃げて行ったので、少なくともマロは安全だろう。

 さっきの侮辱ぶじょくの仕返しは、ビビらせたことで溜飲をさげることにする。


 それにしても……


「先輩、どうして冒険者なんかに猫を?」


 俺がそう聞くと、先輩は困ったような顔をしながら微笑む。


「ヴェルナーは冒険者ギルドに行ったことはあるかい?」

「……いえ、普段関わらない場所なので」

「別に責めてるわけじゃないんだ。ただ……非番の日にでも行ってみると良い、最低ランクの依頼の報酬がどれぐらいかってのを知ったら優しい君はボクと同じことをするさ」


 そう言って俺の手を引きながら先輩はスラムから大通りの方へと戻る。その道すがら、俺は先輩に冒険者について教わっていた。


「迷い猫探しってのは最低ランクであるHランクの冒険者がするような依頼なんだ、おそらく依頼料は10シル……よくても30シルぐらいかな」

「10シルって……安いパン二つぐらいの値段ですよ?」

「うん、初心者の冒険者たちはこんな依頼をいくつも受注して生活費を稼いでいるんだ」


 冒険者ってのは一攫千金!とか魔物退治!とかのイメージが強いと思うんだけどね、と先輩は続ける。


「冒険者ギルドには『依頼失敗時のペナルティ』ってのがあってね……まあ有体ありていに言ってしまえば罰金だよ。いくつもの依頼を受注している初心者の冒険者たちはそのペナルティを受けやすいんだ」

「……だからあんなに必死だったんですね」

「装備も安物の中古品っぽかったし、年齢も若かったしね。あんなにボクたちに噛みついてたのは、駆け出しの冒険者だったから先輩冒険者の『衛兵の悪いところ』とか聞いて鵜呑うのみにしてたからじゃないかな?」


 冗談っぽく言いながら笑う先輩の話に、俺は歩きながら納得する。迷い猫を探すために街中を走り回って10シル……しかも見つからなければ罰金。

 借金奴隷になるかもしれない、そんな追い詰められている状況でやっと見つけた猫を前に、俺たち衛兵がさらっていったら……気が気じゃないだろう。


「冒険者たちの仕事ぶりが雑なのも、依頼を何件も受けているから手早く終わらせたいんだろうね……まぁ、自業自得だとも思うけど」

「でも、何件も受けないと日々の生活もままならない……んですね」

「そ。ボクたちの仕事はあくまで『困っている人を助ける』こと、冒険者たちはお金がもらえるしボクたちは困っている人の悩み事を一つ解決できた。それでいいじゃないか」


 大通りを出ると同時に俺に振り向いてそういう先輩。まったく……そう言われると冒険者にイラっとしていた自分の心が小さく思える。


 俺が不満だったのも察してこの話をしてくれたんだろうな、と俺は思いながら先輩に対して微笑む。まだまだこの先輩には敵いそうにない。

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