第3話 巡回するたびに思うんだが、先輩が超人なところとポンコツなところを交互に見せてくるのは何故だろう?

 ヘルムをかぶって完全体となった先輩と一緒に午後から巡回へ。部隊ごとに仕事が割り振られているのだが、二人しかいない俺たちの部隊は「一個小隊として稼働するには人数が少ない」という理由で自由に巡回ルートを決めていいことになっている。


 先輩曰く「みんなに迷惑になっちゃうから人は増やしたいんだけど、最低限ボクについてこれる人じゃないと部隊を組む意味が無くなっちゃうんだよね」とのこと。


 実際俺が入隊してから一年間、先輩の背中を追っかけてきたが……こなしている仕事量が明らかに普通の人の三倍はある。しかもまだ余裕があるあたり、未熟な俺に合わせてくれているのだろう。


「んー?ボクがそれだけ動けるのは巡回ルートが自由だからだよ?」

「ぜぇ……ぜぇ……重い鎧で、俺より素早く、動ける方法を知りたいです……」

「くそっ、なんで『逃げた先に衛兵がいるんだよ』……っ!」


 スリの犯人を取り押さえて荒い息を吐いている俺を見ながら、先輩は楽しそうに笑う。犯人が入り込んだ路地裏の出口に先輩が先回りして塞いでくれたのは助かった――が、真っすぐ犯人を追っかけた俺より逃走経路の先にいるのは何故?


「はぁ、はぁ……ふう。詰め所まで来てもらおうか、牢屋の中で反省しろ」

「ボクは財布を持ち主に返してくるよ」

「分かりました」


 合流場所は大通りの噴水前ね、と言って颯爽とガチャガチャ鎧を鳴らしながら先輩はどこかへと行ってしまった。

 俺は捕まえた犯人を縛りあげ、詰め所に戻って地下牢を警備している衛兵に渡しながら端的に犯人のことを説明する。


「カタリナ部隊のヴェルナーです。こいつの罪状は3件の窃盗、静止を振り切り逃走しました。後はよろしくお願いします」

「了解した……ほら行くぞ! しばらく牢屋の中で反省しとけ!」

「くそぉ……」


 腰に巻き付けられた縄を引きずられながら犯人が肩を落としながら地下牢に入れられるのを見届けた後、俺は合流場所へ小走りで向かった。


 大通りの中心にある噴水広場――ヘリガの街ではよく集合場所として指定される場所だ。色々な人がいる中、見覚えのある甲冑が噴水前に所在なさげに立っているのが見える。

 俺は噴水にいる人たちの隙間を縫うように抜けて先輩の元へと近づく。先輩も俺に気が付いたのか、こっちだよーと槍を軽く上に上げながら声をかけてきた。


「すみません、お待たせしました」

「いや、ボクも財布を全部返却して今来たところだから。大丈夫だよ」

「そう言っていただけるとありがたいです。では巡回に戻りましょう」


 俺がそう言って歩き出そうと一歩踏み出したとき、先輩からガシィッ!と肩を掴まれる。なにかあったかと先輩の方を振り向くと、先輩は俺の方ではなくどこかに視線を送っていた。


 俺も先輩の視線を追ってそちらを向くと、小さな女の子が不安げにきょろきょろと何かを探している姿が。

 こんな人がいっぱいいる中で見つけたのか……先輩の観察眼に俺が驚いていると、先輩は「出番だよ」と俺の背中を押した。


「先輩は来ないんですか?」

「いやその……ボク身長高いし全身鎧だから、子供を怖がらせてしまうんだよね」

「子供に声かけるときぐらいヘルムのバイザー上げたら良いじゃないですか……」


 あ、そうじゃん。とポンッと拳を自身の手のひらに当てながら先輩が納得する。この人、変なところで抜けてるんだよなぁ……と俺は思いつつ先輩と一緒に小さな女の子の元へ。


 俺たちが近づくと怖がって子供が数歩下がる……が、先輩がバイザーを上げて声を掛けると女の声がしたからか彼女の緊張が少し溶けた様子を見せた。


「こんにちはお嬢さん、何か困っているのかい?」

「あ、おねぇ……さん?」

「うん、おねーさんだよ~。お姉さんたちは困っている人を助けるのがお仕事でね、お嬢さんが困ってそうだったから声をかけたんだ」


 先輩は小さな女の子と目線を合わせるようにしゃがみながらそう言う。安心したのか、女の子はおねぇさんあのね――と言葉を続けた。


「マロがね、いなくなっちゃったの」

「マロ?」

「うぅ……うえぇええええマロどこぉ~!」

「あぁ泣かないでっ……」


 わたわたと先輩が少女をなだめつつ詳しく聞くと、『マロ』とは少女が飼っている猫の名前らしい。

 2日前に行方不明になって未だに家に帰ってこないから冒険者ギルドに依頼を出したのだが、それでも心配で探していたという。


「迷い猫探しかぁ……よしっ、お姉さんたちに任せなさい! ほらヴェルナー、出番だよ!」

「まさかの丸投げですか!?」

「だってボク、どちらかというと荒事専門だし……」


 ヴェルナーがいる前はこういう失せもの探し系、街中駆け回って探してたから……とすごい脳筋な方法を先輩は口をとがらせながら言った。

 さすがに街中走り回るほどの体力はない俺は、「やる? やっちゃうよ?」とその場で軽く足踏みを始めた先輩を押しとどめ、目を閉じる。


 少女のお腹の方から、少女以外の獣臭いにおいがする。このにおいが『マロ』か……?臭いが強い方向は――こっちか。

 俺は目を開けて先輩の方に対して頷いた。先輩も俺のその顔を見て強く頷き返す――と同時に上に上げていたバイザーがカシャンッ!という音ともに落ちて目元を隠した。


「あぁ、視界がいきなり狭くなった!?」

「何やってるんですか先輩……ほら、探しに行きますよ」

「ヴェルナー、最近ボクの扱いが雑くなってないかい? あ、お嬢さん。『マロはもう見つかったみたいだから』安心していいよ」


 先輩が少女の頭をなでながらそんなことを言う。何ですかその絶大な俺に対しての信頼……責任重大じゃないですか。

 明らかにほっとして表情が明るくなった少女を見て、先輩は立ち上がる。


「じゃ、いこっか。どっち?」

「……こっちです」

「たまに思うんだけど、どうやって見つけてるの?」


 そんな先輩の言葉に秘密です、と返しながら先輩と一緒に俺は西の方へと向かっていく。ずいぶん遠いところまで行って――っ!

 俺は思わず少しだけ姿勢を落とし、気を引き締めた。先輩がそれを察して、まさか……と俺の方を見る。


「――先輩、本当に俺たちが女の子を見つけてて良かったですね」

「あー……スラムにいるんだね、マロ」

「あのまま探していたら最悪拉致らちられてましたよ、あの子」


 臭いの方向は西――しかもさらに奥の方にその臭いが続いており、そっちの方向は……貧民スラム街がある。俺たち衛兵が重点的に見回りしている、ヘリガ1の治安の悪い場所だ。


「気を引き締めていこう」

「はい」


 のんびりとした先輩の声は鳴りを潜め、別人になったかのように厳格な声を発した。

 俺も先輩の言葉に賛同しながら注意して進んでいく……本人には言わないが、こういう時の先輩は――死ぬほど頼りになるのだ。

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