第2話 腹が減っては戦が出来ないが、腹を満たしすぎると脇腹が痛くなって戦が出来なくなる

 先輩と一緒に食堂へ向かうと、ちょうど昼飯時だからか他の衛兵たちでにぎわっている。キッチンはまるで戦場のように大声が飛び交い、食材が焼ける音や鍋が煮立つ音がする。


 あぁ、良い匂いだ……男どものくっさい汗のにおいさえなければな!えぇい窓を開けろ!窓を!

 俺は食堂の窓を開けて換気する、『誰かがやるだろう』でみんなやらないから臭いが籠るのなんの。キッチンのおばさま方を見習え!


「あはは……ありがとうヴェルナー。まったく、男ってどうして自分のにおいに気を遣わないんだろうね?」

「いやまぁ、汗かいて拭く時間をとるより飯を食いたいっていう気持ちは分からんでも無いですよ……」

「んー! ふぁひはほふぇふはー!」


 近くの席で飯をかっ食らっていた同期の衛兵が、口にパンパンに飯を詰めながら感謝をする。お前も臭いって思ってたんなら俺に感謝する前に近くの窓ぐらい開けなさいよまったく!


 そんなことを思っていると、キッチンの方から若い女の子が怒りの声を上げているのが聞こえてきた。


「あーもうっ! もう少し距離を開けなさいっ、ガチャガチャ鎧同士が当たって音が不快なの! そんなにがっついてもご飯が出来る速度が上がるわけないでしょ!?」

「あ、シータの怒鳴り声だ」

「こんな女っ気のない職場で、毎日会えるかわいい子ですからね……ほら、みんなだらしのない顔してますよ」


 お玉を片手にぷりぷり怒っている小柄な女の子を前に、カウンター越しで鎧の人だかりが出来ているのを見ながら俺は乾いた笑いをする。怒られているというのにみんな頬が緩みっぱなしだ……


 そんな光景を先輩は笑いながら見つつ、少し不満げに頬を膨らませた。


「詰所のアイドルだねシータは……んー、一応ボクも女なんだけどなぁ?」

「『毎日間近で会える』ってのが人気の差だと思いますよ? あとは自分のために料理を作ってくれるってポイントが独身の野郎どもに刺さっているかと」

「そうなのかぁー」


 納得したかのようにぷひゅっと頬の空気を抜いた先輩はシータの方を見る。


「ほら、料理持った人からさっさと席に着く! 後がつかえてるんだから!」

「あ、あのシータちゃん……もう少し量を多くして――」

「はぁ? だったらそれ食べてからおかわりに来なさい! 今忙しいの~!」


 肩を落としながらおかわりを要求していた衛兵がとぼとぼと空いている席につく。ありゃおかわりを口実に、シータと少しでも話す時間を確保しようとしてたな……おかわりの窓口は別の人が担当するし。


「ん? 詰所のご飯ってあんなに落ち込むほど少なかったっけ?」

「あはは……彼が落ち込んでいるのはきっと違う理由ですよ。さっ、俺たちも並びましょう」

「そうだね」


 空いている席に兜を置いて、俺たちは最後尾に並ぶ。先輩と今日の巡回路の確認をしながら時間を潰していると、俺たちの番になった。


「はい次っ! って、カタリナお姉さまっ!」

「こんにちはシータ。もう……お姉さまはやめてって言ったでしょ?」

「いえ! 私が入隊した時にお姉さまが見せた苛烈でありながらも美しい、舞踏とも思えるような戦い――そしてあの笑顔っ! 私の心は一瞬で奪われてしまったんです、だからやめませんっ! あ、ヴェルナーいたの? ほら、これ持ってさっさとどっか行きなさい」


 態度の差よ……俺一応同期なのに。先輩が気を利かせてくれて「こらシータ、そんなぞんざいな扱いしないの」と怒ると、シータはすぐさま態度を変えた。


「はぁ……なんであんたがカタリナお姉さまの部隊なのよ。同期がお姉さまと同じとか羨ましいわ妬ましいわで、どうにかなっちゃいそうだわ」

「お前の言った入隊時の試験で先輩が出した条件をクリアしたからだ。というか先輩も言ってるじゃないか、『入隊試験はいつでも受ける』って」

「うっ……私も訓練頑張ってるけど、死ぬほど甘く見積もって20秒が限界だと思うわ。よく1分耐えれたわねあんた」


 苦虫をかみつぶしたような顔をしながらシータが先輩の飯を用意する。三角頭巾の後ろから彼女の亜麻あま色のポニテが不満げに揺れているのを見ながら、俺は曖昧な笑みを浮かべた。


 シータからご飯の乗ったトレイを貰いながら、先輩は笑う。


「ボクもあの時は驚いたよ。正直、30秒でも厳しかったかなーなんて思ってたら、本当に1分耐え抜いたんだもん」

「そのせいで次の目標が『先輩に一撃入れる』になりましたけどね……」

「んふー、期待してるよヴェルナー?」


 挑戦的な目を先輩から受けつつ、俺たちはシータに一礼して予約していた席に座った。

 豆のスープに白パン、俺はそこに蒸かし芋を追加していて先輩はサラダ。肉を食いたい――とも若干思うが、午後の巡回のことを考えると夜の楽しみに取っておこうと俺はパンを千切りながら思う。


 注文をしていなくてもシータが勝手に用意してくれたのは、俺たち(特に先輩)が毎日注文しているのを覚えていたからだろう。

 あんな悪態をつきながらもこうして何も言わずとも芋をちゃんと用意してくれるあたり、面倒見は良いやつなんだよな……


 サラダにフォークを刺した先輩が、周りの衛兵が肉を食らっているのを見てじゅるりと涎を垂らす。


「ボクも肉貰ってこようかな……?」

「食べた直後に激しく動いて、脇腹痛くなっても知りませんよ」

「……そういったものは全部ヴェルナーに指示するだけで、ボクは迷子探しと喧嘩の仲裁だけするとか」

「堂々とサボり宣言しないでください」


 夜に食べればいいでしょと俺がスープにパンを浸しながら言うと、先輩は明らかに元気をなくしたような顔でもしょもしょとサラダを口に運んでいた。


「うぅ、周りの肉のにおいが恨めしい……」

「窓開けて換気してますのでまだマシな方ですよ」

「くっそぉ~、こんなところにいられるかっ! ボクはさっさと食べて巡回に行く!」


 そう言って急いで飯を詰め込んだ先輩は、案の定喉を詰まらせる。苦しそうに胸をどんどん叩いているが鎧越しだから全然意味が無い先輩の姿を見てため息をつきながら、俺は入れてきていた水を先輩に差し出した。


「んくっ、んくっ……ぷはぁ、助かったよヴェルナー」

「『ヘリガの街最強の衛兵』だなんて噂されてる先輩が、飯をのどに詰まらせて死にましたとか言いたくないです俺」

「飯に負けた女カタリナ――うん、ダサいね」


 そう思うならもっとゆっくり飯食べてくださいよ……

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