一衛兵が英雄譚~俺が守ってるこの街に、世界規模の荒事持ち込んでこないでくれますか!?~

夏歌 沙流

第1話 魔王が倒されても衛兵の仕事は減らない

 魔王が倒された。そんなニュースが世界を駆け巡ったのは、もう4年前のことになる。

 世界は平和になった……らしいのだが、生憎あいにくと街の一衛兵である俺がどこか遠い国の話のように思えてしまうのは平和ボケしているからか。


「はい、次の方ー」

「よっ、よろしくおねがいしますべ」

「お名前と身分の証明になるものの提示をお願いしますー」


 ぐるっと街を囲むように高い壁が建てられている城郭じょうかく都市、『ヘリガ』。

 《王のお膝元》なんて呼ばれることが多いこの城下町は、やはり国の中心を担っているのか人の出入りが活発だ――俺はそんな街の東門で、ヘリガに入ってくる人たちに対して門番をしている。


「証明ってぇと……こ、こいでいが?」

「ん、『冒険者ギルドカード』ですね……はい、本人確認が済みましたので大丈夫ですよー」

「あぁ! えがったえがった。初めて遠出するがきやぁ、これでいいのかど旅の間不安さ駆きやれていたでぇ、安心しますたぁ」


 なまりがきつい冒険者の男に曖昧な笑みを返しつつ提出された冒険者ギルドのカードを返す……すまん、何言ってるのか全然分からなかった。


「ようこそ、ヘリガへ」

「ありがどーごしござでゃ!」

「ははっ……」


 満面の笑みを浮かべながらヘリガへと入っていく冒険者の背中を見送りつつ、俺は次の人を呼ぶのだった――


 俺がこの地に生まれた時を同じくして魔王が現れた。厄災を招き世界を混乱と絶望に叩き落したその魔王という存在の力は実に強大だったらしく、それが討伐されるまでに15年という月日がかかった。


 ここヘリガも重要な防衛拠点として、魔王が現れた際の避難誘導や緊急配備の練習をしていたらしい――のだが、その練習の成果は発揮されることがなく勇者によって魔王は倒されたと、今の衛兵長に酒の席で愚痴られたのを覚えている。


――カーンッ……カーンッ……


 そんなことを頭の片隅で思い出しつつ検問に徹していると、遠くの方から鐘の音が聞こえてきた。

 そうか、もう昼の時間か。長時間ただ突っ立っているだけだから足の裏が少し痛い、交代の時間を気にしつつ片足をプラプラ揺らしていると門の外からガチャガチャと鎧が擦れる音が近づいてきた。


「おーいヴェルナー、交代の時間だよ~」

「はい先輩! この方の対応を終わらせたら休憩に向かいます……っと、問題ないですね。ようこそヘリガへ」


 手早く本人確認と犯罪歴を調べて、問題が無かったので目の前の商人を通す。丁度昼飯用のパンを片手にやって来た交代の衛兵に一礼した後、先輩の元へ俺は駆け寄った。


 槍を片手に持って、空いたもう一方の手を小さく振りながら先輩は俺を迎え入れてくれる。


「お疲れ様ヴェルナー、ご飯いかない?」

「そうですね。午後は見回りですから、軽めのもので」

「まぁ、お腹すいちゃったら露店で何か食べたらいいよね」


 そう言って笑う全身鎧の先輩。俺より少し身長が高く、フルフェイスのヘルメットも合わさってすごい威圧感があるが……先輩は衛兵にしては珍しい女性だ。

 『なにたべようね~』と言いながら衛兵の詰め所に向かう先輩の甲冑でくぐもった声は、ハスキーな低音でありながらも紛れもない女性のものだった。


 先輩と一緒に詰め所に戻った俺は、着ていた鎧を脱いで軽装になる。汗を一通り拭いて鎧を脱ぐのに邪魔になっていたショートソードを再び腰に提げた。そして俺が脱いだ自分の鎧を持ち上げ――たところで、先輩が鎧姿のままだったことに気が付いた。


「すみません先輩。俺がいたら鎧脱げないですよね、すぐ出ていきます」

「いや、ボクは午後も鎧のままで見回りするから大丈夫だよ。ガチャガチャうるさくなっちゃうから詰め所の食堂以外はあんまり入れないんだけどね……」

「『街は入り組んでいるから動きやすい格好で巡回すること』って先輩に言われたの覚えてますよ俺」


「ボクこの状態でもヴェルナーより動ける自信あるよ?」

「くっ、言い返せない……」


 それに、と先輩がヘルメットを脱ぐ。パッと広がるように長い先輩の金髪が流れ落ちる、少し汗ばんでいるのか前髪をおでこにひっつけたまま困ったように彼女の緑の目が笑った。


「冒険者とか粗暴なやつに絡まれて余計な問題を抱えたくないんだよ。ほらボク、美人だし?」

「自分で言うんですかそれ……?」

「ヴェルナーはボクのこと美人だと思ってないの?」

「……否定はしません」


 いたずらな笑みを浮かべながらこっちを見てくる先輩の顔を照れて見ていられず、照れ隠しに思わずふいっと横を向いたのがいけなかったのか、にんまりと笑みを深めて調子に乗り始める先輩。


「いやぁ、ヴェルナーも果報者だねぇ。こんな美人とツーマンセルの部隊に配属されたんだから……嬉しいだろう? んん~?」

「先輩が去年、俺たちの入隊時に『ボクと戦闘して1分立ってたやつは部隊に入れてあげる』って言いながら全員なぎ倒していったのを今でも思い出しますよ……新人の衛兵の8割が次の日『身体が動かないので出勤できないです』って連絡きてたの知ってます?」

「あっ、あれは……そのぉ~、ヴェルナーが思ったより耐えてて興が乗っちゃったと言いますか……」


 調子に乗っている先輩に水を差すと、そう言って先輩はツンツンと人差し指同士をくっつけながら口をとがらせた。

 ちなみに今年は合格者0名だった……俺に後輩が出来る日は来るのだろうか?と衛兵2年目にして思う。

 

「ほっ、ほら! 無駄口は飯を食べながら! 時間を無駄にしてはいかんぞぉヴェルナー君」

「焦りすぎて口調変になってますよ……そうですね、お腹も空きましたし食堂行って何か食べますか」

「むぅ……最近主導権をヴェルナーに握られている気がする」


 そう言いながら甲冑の頭を抱えて先輩は立ち上がった。やれやれと首を振りながら、俺も脱いだ鎧を日当たりの良い場所に置いて先輩の背中を追う。


 魔王は勇者によって倒された――その結果にある今の平穏が俺にとっての『日常』。さっき魔王や勇者のことを考えていたからか、俺はそんなことを思い顔も名前も分からない『勇者』にふと感謝をしてみるのであった。


 ――魔王も勇者も、日常で忘れて生活できるぐらいに平和になったのは勇者様のお陰ですってな。



――――――――――――

【後書き】

 新作です。勢いとノリと勢いだけで書き始めたのでストック全然ありません!


 忙しいので不定期ですが、暇を見つけて更新していきますので続きが気になった方は良ければフォローしてお待ちいただけると幸いです……

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