第8話 いきなりポンッと重大な事件が起きたときの心構えを誰か教えてくれないか

 取調べ。ヘリガの街では軽犯罪――ひったくりや喧嘩なら『頭を冷やせ』で地下牢にしばらく入れて終わるが、重大な犯罪になってくると裁判所の判断が必要になってくる。


 そういう時に何が起こってどういった目的で事を起こしたのかを聞いて書類に残しておくための行為として取調べがあり、証拠として裁判所に提出しなければならない。


「で、なんでエルフなんて密輸しようとしたんだ?」

「黙秘だ」

「……答えないと自分の罪が重くなるだけだぞ」

「ふん……」


 だが、やはりこういった取調べは素直にしゃべらない人の方が多い。一応、素直にしゃべれば罪の意識ありとして刑が軽くなる可能性があることを最初に言ってるんだけどなぁ。


 ぽりぽりと頭を掻きながら、俺は真っ白な紙を見てため息を吐く。捕まえた以上、俺たちの部隊が捜査をある程度進めておきたいのだが……遅々として進まない事情聴取に頭が痛くなるのだった。


 そんなとき、取調べをしている俺たちの部屋の扉が開かれる。そちらを振り向くと、先輩が片手をあげながら入ってきた。


「どう? ヴェルナー」

「駄目ですね、黙秘を続けてます」

「強情だねぇ君も……そんなに貴族が怖いのかい?」

「……っ」


 先輩が一言そういうと、男の顔色が変わる。貴族?いきなり飛び出た単語に俺は先輩に質問することにした。


「貴族ですか?」

「エルフの奴隷の売買はどこの国でも禁止だよ。なのに危険をおかしてまで密輸しようとしたってことは、『金で釣られた』か『脅された』かの二択……香辛料を扱うような金の持ってる商人にこんな危険なことをさせられるなんて――」

「貴族の差し金である可能性が高い、ということですか」


 大量殺人や国家転覆を狙っていない以上、死刑や無期懲役はありえないから釈放後の私刑を恐れているから黙秘している可能性も十分考えられるしね、と先輩は買ってきたパンを俺に渡しながらそう言った。


 男は冷や汗をかきながらも、下を向いてじっと黙秘を続けている。もし先輩の言うことが当たっていたとすると、この町の貴族の誰かがエルフを持ち込もうとしていたってことになるのか……?


 先輩はバイザーを上げてパンにかじりつきながらうなった。


「うーん、もし当たってたら貴族街の衛兵と連携を取って捜査しないといけないなぁ」

「うえぇ……あそこの衛兵、俺たち市民街の衛兵を下に見てて馬鹿にしてくるからあんまり関わりたくないんですけど」

「ちっ、違う! 金欲しさに俺がやったんだ、香辛料だって借金して買った! これでいいだろ、なぁ!?」


 男が慌ててそう話を締めくくりにかかる。腹を探られること自体が怖いのか、先ほどの黙秘とは打って変わって自分が悪いの一点張りだ。

 俺は机に置きっぱなしだったペンを持ちながら、先輩に良いんですか?という目線を送る。


「まぁ明らかに嘘だろうけど調書として書くしかないよね。せっかく未遂で終わらせた事件のせいで、次は殺人事件とか起きたら自責の念で潰れそうだ」

「……分かりました」

「ただ、ハンス衛兵長とは事件の共有はしておくべきだろうね。貴族がバックにいたとしたら……この一回で諦めるわけがない」


 二度目三度目の密輸が来るかもしれない、と先輩が固い表情をしながらそういった。


 男を地下牢に戻した後、俺たちは一緒に衛兵長のいる執務室へと向かう。日が沈んだこの時間はいつも、ハンス衛兵長は一日ため込んでいた書類を泣きながら処理していっているはずだ。


――コンコン


「いるぞぉ……」

「カタリナ部隊です、失礼します」

「おぉ~カタリナにヴェルナー。話は聞いてるぞ。エルフの奴隷の密輸を事前に防いでくれたそうじゃねえか、お手柄だ」


 書類に埋もれながら情けない声を上げているハンス衛兵長から、そんなお褒めの言葉をいただく。

 先輩はそのことで相談なんだけど……といきなり本題を持ち出した。


「どうやら貴族が関わってるっぽいんだよね」

「……っ、本当か?」

「ボクの推理だから真実のほどは。だけど反応的にはほぼ確定かなぁ」

「くっそ、これからエルフの嬢ちゃんをどうにかしようって考えなきゃいけねえのに……!」


 先輩が貴族との関りを仄めかすと、先ほどまでの情けない表情をしていたハンス衛兵長の顔色が真剣そのものになる。

 この顔になった時のハンス衛兵長は……先輩と同じく、仕事のできる頼れる存在へと変わるのだ。


 あ、そういえば。俺はずっと疑問に思っていたことをハンス衛兵長と先輩に質問する。


「先輩、ハンス衛兵長。どうしてエルフって奴隷になって売買されることが国で禁止されてるんですか? 生まれたころからそういう法律があったので常識として知ってはいましたが、理由がわからなくて」

「あー……ボクも詳しくは分からないや。魔王が生まれる前に何かあったってことは知ってるけど」

「まぁ20年以上前の話になるから若いやつはしらねえか」


 良い機会だ、お前らも知っておけ。とハンス衛兵長は椅子から立ち上がり、俺たちの前に地図を広げた。

 そこには世界各国の大まかな位置が記されている、ハンス衛兵長はその地図の一点を指さしながら言った。


「ここが『エルフの森』だ、今から20年前……魔王が生まれる前の時代はエルフは『美麗びれいな種族』として貴族間で高値で取引されていた。奴隷としてな」

「あぁ……たしかにあの女の子、妖精かと間違うぐらい可愛かったもんね」

「あれがエルフの顔面偏差値の平均だと思ってくれていい。男も女も顔が良いから、この森から根こそぎ大量にエルフが奴隷狩りの被害に遭ったんだよ」


 話には聞いてるだろ、人とエルフで国交が断裂されてることと衛兵長は俺たちに聞いてくる。

 俺と先輩は素直にうなずいた。エルフは気難しい種族だってのと人間が嫌いってことは街のうわさで聞いたことがある。


「んで、そんな関係が変化したのが魔王の出現だ。人類だけでは到底かなわない魔王を倒すために他種族も協力しなければならないほどの強敵……エルフ側はこの時に今まで捕まった同胞の解放とエルフを奴隷にすることを禁止する法律を作ることを対価に協力することを人間側に要求したのさ」

「あ、この黒い部分ってもしかして魔王の被災地?」

「そうだ……この地図を見ると、人間の領域が一番被害が黒い面積がデカいだろ? 人間側も切羽詰まって猫の手も借りたかった状況だったから、その要求を受け入れたんだよ」


 んで、捕まったエルフは解放されて魔王が討伐された今。エルフは完全に人間との国交を断ち切ってこの森に引きこもっている、とハンス衛兵長は簡単に地理と歴史について教えてくれた。


 なるほど、そういう理由からエルフを奴隷として売買することは禁止されているのか……ん?


「ではつまり、今回こうしてエルフが奴隷として密輸されたってことは……」

「平和ボケしたお貴族様が、またエルフを奴隷にしようとしてる可能性があるってことだよちくしょう……国際問題だぞ? 俺たち一般衛兵がどうこうできる問題じゃねえ」

「それで、指示を仰ぎに来たんだよハンスさん。どう? 良い案思いついた?」


 先輩がそういうと、ハンス衛兵長は苦虫をかみつぶしたような顔で「気軽に言いやがるぜ……」とつぶやいた。


「だって前言ってたじゃん、『美人のお願い事ならどんな無茶でも答えちゃう』って」

「くっそ、言った覚えあるし美人が今言ってるからやるしかねえじゃねえか……カタリナ、お前にも協力してもらうぞ。お前、?」

だね、ハンスさんは?」

……だ。今回は秘密裏に事を動かしたいからそっちに任せる、ヴェルナーと一緒に行動しろ」


 伝手?俺が目的語のない先輩たちの会話に首をひねっていると、ヴェルナーと一緒に行動しろとハンス衛兵長から言われた先輩が渋い顔をする。


「うえぇ……ヴェルナーに行かせたくないんだけど

「仕方ないだろ、一番都合が良い場所だ。ついでにそいつに女味わわせて来い、俺だけ他の女性衛兵に嫌われているのは不公平だ」

「ボクの目が黒いうちは絶対にさせないもんね!」


 言い合っている先輩とハンス衛兵長の会話でなんとなく行き先が分かる。でもいきなりなんで……?と首をひねっていると、先輩に頬をみょんみょん引っ張られているハンス衛兵長が俺に気がついて説明してくれた。


「顔が良い奴隷ってのは、貴族の館の地下に繋げる他に良い隠し場所があったんだよ……風俗街だ」

「そこを取り締まっている貴族とボクは……まぁ、面識があってね。エルフの伝手となるとそこに行くしかないんだよ……はぁ、行かせたくないよおおおおおお」


 先輩はハンス衛兵長の頬をみょんみょん伸ばしながらそう嘆く。そういやいつも巡回で風俗街のところだけルートから除外されていたっけ……と、俺は思い出すのだった。

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