第8話 怒り
「佐々木さんなんだけど昨日の夜、事故にあって病院にいるの」
次の日の朝、登校してからすぐ職員室に呼び出されてそう告げられた。
「清川さんは佐々木さんと仲がいいから…最初に伝えなきゃって思って」
うちの担任は気弱で個性の強い女子校の女子相手に、いつも怯えている人だ。
でもこういう時ばかりはやっぱり大人。冷静にまっすぐな目をして伝えてきた。
そして、そのことを告げられた私の方もやっぱり冷静。
バディを組んだ昨日今日でこんなことになるのはさすがに早い気もするけど、やっぱり心のどこかで思ってはいたんだと思う。今私達が調べようとしているのは危ないことだって。
担任がいうには、昨日の夜23時頃に帰宅途中の佐々木にバイクが追突したそうだ。幸い命に別状はなく意識もあるそうだが、しばらくは病院での生活になるらしい。担任は心配ならお見舞いに行ってもいいと、私を早退させてくれた。
「お。心配できてくれちゃった?」
病室に入るなり佐々木は私を見て、いつものへらへらした顔をこちらに向けた。
「…いや、先生がお見舞いに行けっていうから」
「うっそ。そんできてくれたの?前までの清川なら、友達とかじゃないんでって断ってそうだけど」
「うるさい。バディなんでしょ。今は」
「ふーん…。とりあえず座りなよ。…そしてその怖い顔をとりあえず緩めて」
そういわれて私は近くの鏡に映った自分をチラッと見る。
睨むような目つきときゅっと閉じた口。自分でさえみたことない表情。
担任に佐々木のことを告げられても変に気持ちは冷静だった。
でも珍しく顔にはでていたみたいだ。
大野斗亜に対する怒りが。
「犯人は、やっぱり大野斗亜?」
「わかんない。けど本人じゃないにしろ繋がりはありそう」
「なんで夜中まで出歩いてたの?私達夕方には別れたよね」
「…実はさ、元カレが大野斗亜と同じ中学だったから話を聞きに行ってたの」
「も!?」
さっきまで怒りという文字しかなかった私の頭に強い衝撃が走った。
元カレ…。佐々木に彼氏がいたなんて。中学からの腐れ縁なのに初耳だ。
「いや、元カレって言っても3ヶ月しか付き合ってないし、清川に話してもなぁって」
「…まぁ、いいや。で?その元カレからは何か情報を得たの?」
「うん。いろいろ話してくれた。大野、家が結構な金持ちだから金でなんでも思いどおりのお坊ちゃんだったみたい。一回桃宮の生徒と付き合ってたことがあってその女子をいいように使ってたらしいよ」
「…いいように?」
「まぁ、簡単にいっちゃえば桃宮はお嬢様が多いからその権力目当ての高校生に紹介したり。汚い大人に交流もたせたり」
「その被害を受けたのは私の中学の時の友達」
後ろから声が聞こえて振り返る。入り口には葉山静が腕を組んでドアに寄りかかっていた。
「静ちゃん…。いつから」
「清川さんが学校を出たときから」
「じゃあ、ずっと前から?」
「はい」
葉山は姿勢を私達の整えて改めて私達の方に向き直った。
「なんで勝手に大野斗亜と接触を図ったんですか」
そう尋ねる彼女の瞳は、旧校舎で会話した時よりも冷たく鋭いものだった。
「あんたの要望に応えただけだけど」
「要望…?私はメモ帳の持ち主を探してほしいとお願いしただけですよね?大野斗亜に会って美空の話をしてほしいなんて一言も言ってませんよね?」
「静ちゃん、もしかして私達の事…」
「もちろん。先輩たち2人が屋上で喧嘩してたのも、ファミレスで大野斗亜に会ったのも。後ろから見ていました。ずっとね」
「やっぱり。あんたの目的はメモ帳の持ち主じゃなくて、メモ帳の持ち主だった美空を殺した大野斗亜に会うこと。でも自分から大野に会って美空の話をすることが何かの理由でできなかったから、無関係でお人好しの清川を使ったんだ」
佐々木は相当怒っているのだろう。自分の考えをつらつらと並べさらに追い打ちをかけた。
「あんたやってること大野と変わんないよ。都合のいい手駒にしやがって」
「手駒なんかじゃない!ずっとつけてたのは、危なくなったらいつでも守れるようにしようと思ってたから!」
佐々木の煽りは葉山の怒りを誘った。
「そんでこのありさま?」
佐々木が身体の包帯を見てくれと言わんばかりに腕を広げてみせる。
やっぱり痛むのか、顔を少しゆがませた。
「怪我ですんだからよかったけど、もしあたしが…。いや。清川が美空みたいに殺されてたらどうする気だったの?」
「そんな事にならないように私は…!」
葉山は勢いのいい言葉に急ブレーキをかけた。
そして沈黙が病室に流れる。葉山は何か言いづらいことがあるようだ。
拳を握りしめて唇をかみしめている。
こんなに余裕がない葉山を見るのは初めてで、私は今どうするべきなんだろうと考えた。変に冷静な私が、余裕がない彼女にしてあげられること。
「ねぇ、静ちゃん。あなたのことを教えて」
第8話「怒り」終わり
アリスの手記と、チョコレゐト 芦舞 魅花 @allegro
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