第9話 適正テスト ②

「当たり前でしょ」


 まったく躊躇することなく、まおりぬは言った。


「そんなこと、言われなくてもわかってる」


 その顔には、これっぽっちの迷いもない。

 これには流石の博士も、笑顔を見せる他なかった。


「これは失敬! つまらない話をしてしまったようだ!」


 博士は早速、装置を立ち上げる。


 真ん中に穴が空いたこの装置。

 これに腕を入れた瞬間から、身体は人間のそれを超える。


「いいかい、ここに腕を入れるんだ」


「こうでいい?」


「ばっちりだ。あとはボクの方で、君の適正量を見極める。最初だけチクッとするけど、絶対に腕を動かさないで。血管が裂けて大変なことになるからね」


「血管が裂ける……」


 土壇場で不安にさせてどうする……。


「目を瞑って深呼吸してて。そしたらすぐに終わるから」


「いてっ……」


 こうして、まおりぬの適正テストが始まった。

 装置に付いたメーターで、摂取量が見えるようになっている。


 初期の数字は0%。

 これが10を超えればFランク、25を超えればEランク、40以上でD、55以上でC、70以上でB、85以上でA……そして100に至ればSランクの資格を得る。


「今、25%を超えたよ。これで君はEランク以上確定だ」


 メーターはどんどんその数字を増していく。

 やがてそれは50を越え、Bランクの基準である70をも超えた。


「これは……ふふっ。どうやらシレイ社長は、またいい人材を見つけたようだ」


 博士は何かを悟ったように言った。

 メーターの増加はとどまることを知らない。


 博士が装置を止めないということはつまり、彼女にはそれだけの才能があるということ——。





「もう、腕を抜いてもいいよ」


 まおりぬの適正テストは終わった。

 ふぅ、と安堵の息を漏らした彼女に、目立った異常はない。


「それで、あたしのランクは?」


 焦るように聞いたまおりぬ。

 博士は「ふふっ」と満足そうに笑う。


「おめでとう。どうやら君には、ダンジョンクリーナーの才能があるみたいだ」


「それって——!」


「Aランク。君は今、その資格を得た」


「A、ランク……」


 少なからず期待があったのだろう。

 結果を聞いた瞬間、まおりぬの顔に悔しさが混ざった。


「流石はシレイ社長が見込んだ人材なだけある」


「そっか、あたし、Aランクかぁ……」


「ちなみに言うと、君は限りなくSランクに近いAランクだ」


「限りなくSランクに近い? それってどういうこと?」


「ダンジョン因子の摂取量が95%だからね。あと5%でSランクだった」


 でも、博士は残り5%で装置を止めた。

 つまりは、そういうことだ。


「ならどうして止めたの⁉ あたしの身体ならまだ——!」


「残念ながら無理だ。その証拠にほら。君の腕に白斑ができてる」


「ホ、ホントだ……」


「もし接種を続けていれば、君の腕は原型を留めてなかっただろうね」


 100%を目前にした突然の停止。

 まおりぬの腕に出来たという白斑も、ほくろ程度の小さいものだった。


 それすらもセイサ博士は見逃さない。

 彼女が一流である所以だ。


「ランクアップは難しいが、不可能じゃない。経験を積んで、もう一度これを受ける覚悟ができたら、その時はまたここに来るといいよ」



 * * *



 適正テストを終えた俺たちは、ラボを後にした。

 これでまおりぬは、正真正銘ダンジョンクリーナーだ。


 ちなみにまおりぬの装備は、セイサ博士が完璧に仕上げてくれるらしい。

「凄いの創るから楽しみにしてて!」と、ウキウキの博士に見送られ街に出る。


「Aランクかぁ」


 隣を歩くまおりぬは、ボソッと呟いた。


「期待してたわけじゃないけど、これはこれで悔しいかも」


「ランクアップは不可能じゃないって博士も言ってたし、のんびり頑張ればいいさ」


「そうだね、のんびり頑張るかー」


 ぐぐーっと上に伸びをしたまおりぬ。

 その胸部は、見事に断崖絶壁だった。


「何よ。さてはランクと同じアルファベットだね、とでも言いたいわけ?」


「違う……ただ、胸パット付けるのやめたんだなって」


「そりゃあ今のあたしは、昔のあたしとは違うから。新生まおりぬに胸パットなんて必要ないの」


 愛する巨乳が失われたのは悲しい。

 でも今となっては、これで良かったんじゃないかと思っている。ファンとして、同僚として、彼女には正直に生きていてほしいからな。


「ありがとね」


「えっ」


「ゴミヤがいなかったら、きっとあたしは最低な人間のまま終わってた」


 まおりぬは、神妙な面持ちで続ける。


「もう一度前を向けたのは、あんたのおかげ。だから、ありがと」


「お、おう」


 面と向かって言われると、何だかはずい。

 こういう一面を見ると、やはりまおりぬは悪い人間じゃないんだなと思う。


 この間の失言だって、コメント欄の悪ノリが発端みたいなところもあったし。胸を偽装していた件だって、何が何でも一番を取りに行こうとした故のことだ。


 もちろんそれら全てを肯定する気はない。

 でもちょっとくらいは、盲目になってもいいかもなと思う。

 それくらいまおりぬには、自信をもって推せる良いところがたくさんあるのだ。


 と、俺のスマホが鳴った。


「シレイ社長からだ」


 俺は立ち止まり、コールボタンを押した。


「お疲れ様です。ゴミヤです」


『我だ』


 相変わらず一言目の癖が強い。


『適正テストの方はどうだった?』


「ちょうど今終わりました。まおりぬはAランクでしたよ」


『やはりそうか』


 やはり、ということつまり。

 社長はまおりぬの素質を見抜いていた、ということなのだろうか。


『実は今日、新人歓迎会をしようと思ってな』


「歓迎会ですか」


『スメラギやコウホにも声を掛けた。18時にいつもの店に集合するように』

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