第10話 新人歓迎会

「おねぇちゃん! 生おかわり!」


 空いたグラスを宙高く掲げたシレイ社長は、声高らかに言った。

 まだ始まったばかりなのに、もうすでに顔が赤い。


「めでたい日に飲む酒は美味いッ! なあゴミヤ!」


「その感じ、来る前にストゼロきめたでしょ」


「うむ! ロング缶2本きめてきたぞっ!」


 どうりで声が大になってるわけだ。


「いい加減その貧乏大学生みたいなのやめましょうよ……あなた一応社長なんですから……」


「仕方ないだろ、金がないんだから。奢られる身で文句言うな」


 すると社長は、おもむろに立ち上がった。


「あー、お前らぁー、300円以上の物は頼むなよぉー。酒が飲みたい奴は生中かハイボールだけなぁー。ソフトドリンクは無駄に高いから禁止だぁー。酒が飲めない奴は、チェイサーでも飲んでろぉー」


 ため息が出るほど気前が悪い。

 そんなケチな社長の話は、みんなには届いていないようで。タダ飯に目をくらませた同僚たちは、各々好きな物を好きなだけ注文していた。


「てかコウホ。皮串独り占めすんなよ。俺も食いたいんだけど」


「話しかけるな愚民。これはわっちの食料アル。貴様にだけはぜーったいにあげないでアル」


「このクソガキが……てめぇに皮串の何がわかるってんだ」


「とてつもなく美味いでアル」


 それは間違いない。

 ここの鶏皮串はとてつもなく美味い。


「だからこれは、わっちがぜーんぶ一人で食べるアル」


 俺を睨んだコウホは、タワーの様に積まれた大量の皮串を両手で囲った。

 相変わらず癪に障るやつだ。


 彼女はコウホ・海子うみこ

 うちの広報兼クソガキ担当である。


 淡い桃色の短い髪に黒いリボン、人形のように整った目鼻立ちが特徴的な少女。その外見からして中学生にしか見えないが、一応これでも20歳を過ぎている。


 愛嬌のある見た目と反して、絶望的に口が悪く、俺と目が合った際には必ずと言っていいほど毒を吐く。今俺がぶん殴りたい人間ランキング堂々の第1位である。


「まあまあ、コウホちゃん。一本くらいゴミヤくんに分けてあげてもいいんじゃない?」


「ス、スメラギ様……! で、でもわっちは、こいつの事が嫌いで……」


「同じ会社の仲間でしょ? なら、仲良くしなきゃ」


「うぅぅ……」


 そんなクソガキなコウホも、スメラギさんにだけは尻尾を振る。

 ギギギッと歯ぎしりをしたコウホは、


「仕方ないから一本やる……」


「お、おう……」


 俺に皮串をくれた。


「って、食べかけじゃねぇか……」


「貰えるだけ感謝するアル」


 このクソガキ……。


「ゴミヤくんも、仲良くしないとダメだよ?」


「え、あ、はい。仲良くします。超仲良くします」


 俺に優しく微笑みかけるスメラギさん。

 ちなみに俺も、スメラギさんには喜んで尻尾を振る側の人間である。それくらい彼女・スメラギ・市華いちかさんには、無限の魅力が備わっているのだ。


 黒髪清楚色白美人。

 コウホとは違いスーツがよく似合う彼女の胸元には、その包容力を象徴するかのような巨大な双丘が。推定Gカップはあるその膨らみに、俺は人生の全てを捧げると誓っている。


「ところでゴミヤくん。一つお願いがあるんだけど」


 そう言って身体を寄せてくるスメラギさん。

 ふわりと甘い香りが届いた……気がしたが、したのは煙草の香りだった。そんな素敵なギャップまで兼ね備えた彼女の巨乳が、すぐ目の前に——。


 あ、今、シャツの隙間からブラが……! 今日のデザインは……黒のレース! 黒のレースだ! みんな! 黒のレースだぞ!


「実は今日、この後一発打ちに行こうかと思っててね。よかったらそのぉ」


「フンガッフンガッ」


「お金貸してくれるとありがたいなぁ」


「貸します。喜んで貸します」


 俺はすぐさま財布を引っ張りだし、中身を見た。

 現在の所持金は1万4千円。ついさっき下ろしたばかりなので、スメラギさんに貢ぐには十分な金だ。


「足りなくなったら言ってください!」


「ホントいつもありがとう。やっぱりゴミヤくんは優しいね」


 つんっ、と鼻の先を突っつかれた。

 たったの1万4千円で、スメラギさんに鼻ツンしてもらえるとか……なんて幸せ者なんだ俺はッ!


「お礼に、私が吸った煙草の残りカスあげる」


「ありがたき幸せ!」


 続いて俺は、スメラギさんから超短い煙草を貰った。

 鼻ツンに加えて、間接キスまで出来るとか最高かよ!


 と、思っていたのだが。

 右斜め前方から勢いよく竹串が飛んできた。


「あっぶねっ……てめぇ何しやがる……!」


「それ以上の愚行はわっちが許さないでアル」


 鋭く俺を睨んだコウホは、立て続けにゴミとなった竹串を飛ばしてきた。

 俺は両手の指で巧みにそれをキャッチし、逆にそれらをコウホにぶん投げる。


「反撃なんて卑怯アルよ……!」


「てめぇが言うなクソガキッ!」


 スメラギさんと関節キスするためにも、ここは引くわけにはいかない。

 日頃の恨みも兼ねて、その憎たらしい面を穴だらけにしてくれるわ!


「むっ、なんだその技はッ! 我も混ぜろぉぉ!」


「ちょっとシレイちゃん。もういい歳なんだからはしゃがないっ」


奇跡ノ超拡散竹串ミラクルスプレットランスッッ——‼」




 と、これがうちの飲み会の普通である。


「何なのよ……この人たち……」


 竹串戦争が落ち着いた頃。

 一人静かに飲んでいたまおりぬは、呆れたように呟いた。


「あたし、入る会社間違えたかも……」


「ん、どうしたストリ。あまり酒が進んでいないようだが」


「そりゃ進まないわよ……」


「今日はお前の歓迎会だ。遠慮せず飲め飲め!」


 かんぱーい、と無理やりまおりぬのグラスに自分のグラスをぶつける社長。

 その温度差は見てわかるレベル。

 彼女が引いてる理由もわからんことはない。


 実際俺も、最初の頃はこのイカれたノリにドン引いてた。朱に交われば赤くなるとはよく言ったもんで、今ではこれっぽっちも気にならないから不思議だ。

 

「お店への迷惑とか少しは考えてよ……」


「意外と常識人なんだな」


「あんたこそ……ここまでおかしい人だとは思わなかったわよ……」


 やはり俺は、赤くなってしまったらしい。

 推しに呆れられるのは、少しばかり傷つくものだ。

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