第8話 適正テスト ①

 俺はシレイ社長の指示で、まおりぬと共にある場所に向かった。


 都内某所にある質素な外観の建物。

 うちの会社とパートナー契約を結んでいるここは、俺たちクリーナーの装備の製作や、ダンジョン因子の研究などをしている特別施設。通称ラボだ。


「やぁやぁ諸君! よく来たね! 待ちくたびれたよ!」


 エントランスに入るなり早速の歓迎。

 満面の笑みで俺たちを出迎えたのは、この施設の責任者であるセイサ・玖明くみん博士だった。


 淡いグレーのふわっとした髪に、猫目が特徴の小柄な女性。研究者らしい白衣とその大きな丸眼鏡は、いつ見ても様になっている。


「久しぶりです、セイサ博士」


「ゴミヤくんこそ久しぶり! 相変わらず君は色素が薄いね!」


 そういうあなたは、相変わらずお元気なようで。


「そちらが今日の被検体かな?」


「ひ、被検体……?」


 まおりぬの表情が露骨に曇った。


「おっと間違えた。そちらが今日の生贄かな?」


「新人をビビらせるのはやめてください……」


「じゃあ玩具! ん、遊び相手? 人形? 奴隷?」


 ボソボソと物騒なことを呟くセイサ博士。

 出会って早々にエンジンが全開である。


「ね、ねえゴミヤ。この人ホントに大丈夫なの……?」


「一応凄い技術者ではある。ただネジが飛んでるだけで」


「ネジ飛んでるじゃん……」


 セイサ博士は、ダンジョン因子を加工できる数少ない研究者だ。

 彼女が作る装備は超一流で、うちが業界トップに上り詰める為に、無くてはならない存在だ。


 でもその代わり、癖が凄い。

 特に新しい物への執着が半端なく、製作に懸ける熱は常軌を逸している。


 そのため彼女が創り上げた装備は、超一流ながら度が過ぎているモノばかり。並みのクリーナーでは扱えないため、今はうち専属の技術者として働いてもらっている。


「セイサ博士、早速彼女の適性テストをお願いしたいのですが」


「ああ、そうだった。シレイ社長から話は聞いてるよ」


 するとまおりぬは、耳元に顔を寄せてくる。


「適性テストって?」


「ダンジョンクリーナーになるための必須項目だ」


「それって、社長の言ってた人間やめる云々のアレ?」


「大げさに言えばそうなる。詳しいことは、セイサ博士から説明があるから」


「そ、そう」


 おそらく不安なのだろう。

 かく言う俺も、適性テストを受ける前は不安でしょうがなかったっけ。


「大丈夫。あの人は変わってるが、信頼に足る技術者だ」


「う、うん」


 それから俺たちは博士の案内で、ラボの内部へと進んだ。

 学校の教室ほどの空間に、研究に使うであろう様々な機械が置かれている。


「さて、ストリ君。君には今日限りで、人間をやめてもらうことになる」


 開口一番にそう言った博士は、とある機械に手を置いた。


「今からこの装置を使って、君のクリーナー適正を測らせてもらう。それと同時に君の体内には、この液体を流し込む」


「それは……?」


「ダンジョン因子だ。一度は耳にしたことがあるだろう?」


 紫色の液体が入った試験管を手に、博士は続ける。


「ダンジョン化の原因とされるこれには、生物の細胞を変化させる力があってね。ボクの研究によれば、それは一種の強化酵素であり、正しく扱えば人間を強化することも可能という結論に辿り着いた」


「つまり、あたしの身体も強化されるってこと?」


「ああ。ただしそれをするにあたって、気をつけなければならないことがある」


 博士はその丸眼鏡をクイと押した。


「一番は適正量だ」


「適正量?」


「君の身体に合った量を超えた場合、最悪死に至る可能性もある」


「死……」


「もう一つは寿命だ。ダンジョンクリーナー自体、まだ歴史の浅い職業だからね。ダンジョン因子を体内に取り入れた人間が、将来どうなるのかは誰も知らない。もしかしたら普通よりも長生きかもしれないし、ある日突然死ぬかもしれない」


「それだけ危険ってことね……」


 そういうこと、と頷いた博士は破顔する。


「これを使えば、君は人を超えた存在になる。それこそ摂取量が多ければ多いほど、君はより人間離れした力を得るだろう。そこに居るゴミヤくんの様に」


 不意に博士の視線が俺に向いた。


「ダンジョンクリーナーにはランクがあってね。それはこのダンジョン因子の摂取量に依存してるんだ。ちなみにゴミヤくんは、これを丸々一本摂取したからSランク。現状では最高位とされるランクだね」


「ゴミヤが最高位ランク……」


 何やらまおりぬは、俺に意外そうな目を向ける。

 まあ、俺が最高位とか信じられないよな。

 だって自分でも実感ないもん。


「それで言うと、君たちの会社には、凄く優秀なクリーナーが揃ってるんだよね。シレイ社長とスメラギさんもSランクだし。あとは広報の……そうだ、コウホくんだ。あの子はほとんど現場に出ないのに、Aランクのクリーナーだしね」


 確かにうちの会社には、優秀なクリーナーが揃っている。

 現場処理能力だけで言えば、おそらく業界トップレベルだろう。


 ではなぜ、倒産寸前の弱小なのか。

 その答えは一つ。

 クリーナーとしては一流でも、それ以外の要素が著しく欠けているからだ。


「何が言いたいのかというとね、結局クリーナーの世界も才能ありきということだよ」


「……っ」


「ダンジョン因子に適正がない者が、業界で活躍することは難しい。こればっかりは、後から伸ばそうにもやりようがないからね」


 博士は、珍しく神妙な面持ちを浮かべた。


「摂取量に関しては、ボクが見極めるから安心して。でもその代わり、これから君にやってもらうことは、君のクリーナーとしての才能を測るのと同意だ。今この瞬間に、君の将来が決まると言っても過言じゃない」


 これはきっと、博士なりの優しさなのだろう。

 能力の有無に悩み、やめていくクリーナーはたくさんいる。

 それを知っているからこそ、博士はあえて現実を突きつけているのだ。


「それでも君は、ダンジョンクリーナーになるかい?」

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