第17話

           一章


       マリちゃんとドライブ


           その⑩


 更にその翌日、俺達は終電間近の地元の空海そらみ東駅に居た。いつもの自販機広場にマリを迎えに行き弐狼とは駅前で待ち合わせし、自宅に車を置いてついでに両親にマリを紹介した。夜更けに女の子を連れて来た事で危うく母さんに通報されかけたが

幽霊である事に気付いた父さんが止めてくれ、なぜか小遣いまでくれて「お前もやっと…」と涙ぐんで送り出された。臨時収入を得た事でどうせ今日も財布がすっからかんの狼男と育ちが良さそうな文無し幽霊少女に安心してご馳走出来る。


 中央地区に住んでいたと言うマリは庶民的な東地区に来るのは初めてらしく、既に多くが営業時間を過ぎたお店を興味津々に眺めていた。全国的には閉店が目立つ地元商店街も、この街はやたらと力が強い稲荷神のおかげで不自然な程活気が有る。


 楽しくダベリながら駅前に着くとジャージ姿でボサボサヘアーの弐狼が手を振り近寄って来た。さっきまで寝てたなコイツ。


 「なあなあ、今日は何食うんだ?もう腹減っちまってよぉ、早く食えるやつ頼むわ。」


 「オマエさあ…もう良いや。今日はもう決めてるからな。マリもお任せで良いって言ってるし。」


 お手、からのせっせっせーで楽しく遊ぶマリと弐狼に移動を即し駅に向かう。


 「今日はココだな。ん?なんだよ弐狼、微妙な顔して。早く食えるったらコレだろーが」


 駅の壁にめり込む様に店を構える24時間営業の「駅そば」。店名もそのまんまだ。歴史は長く50年以上続く老舗だ。先代が高齢で引退後フレンチで修行した息子さんが継いでからそばつゆの味が変わったと嘆くファンも多いのだが、今の上品な味も俺は好きだ。マリちゃんのお口にも合うと思うのだが、果たして。自動では無い引き戸をガラリと開けると店内は空いていた。と言うか俺達以外に客が居ない。いつもなら深夜でもソコソコ人が居て天ぷらをツマミに一杯やってるオジサン達も居るのに。


 中に入ると厨房には夜間バイトのお兄さんではなく、なんと先代の爺さんだった。ジロリと俺達を見やると


 「なんだお前らか。ワルガキども腹空かして来やがったな、さっさと座んな。」


 久しぶりなのにご挨拶だな。別に悪さはして無いがこの年代の人は夜遊びしてるのはワルガキらしい。薮睨みで口が悪いこの爺さんが俺は苦手だった。


 「とりあえず天玉そば大盛り3つと天ぷら盛り合わせ三人前で。」 


 手早く注文を済ませテーブル席に陣取る。


 「何だよ爺さん元気そうじゃねーか。悪い病気が見つかったって聞いて心配してたんだぜー?最近の外国人のバイトの兄ちゃんはサービスしてくんねーからよぉ。味もなんか変わって俺の好みじゃねーって感じで足が遠のいてたんだよなぁ。んな訳で爺さんヨロシクぅ〜!」


 駅前のマンションに住む弐狼は爺さんとは子供の頃からの顔なじみだ。俺も初めてこの店に入ったのは高校入学初日弐狼に誘われ付き合いで来たのだが、天ぷらが美味くて感動したのを覚えている。遠慮が無い弐狼にしょうが無い奴め、と揚げてから時間が経った天ぷらを一個乗せてやっていたのだ。厚かましい弐狼は味をしめ足繁く通っていたのだが、息子さんに代替わりしてからは「この味じゃ無い」としょんぼりして通わなくなってしまっていた。


 「弐狼さんの思い出の味なんですね。アレ?でも天ぷらのケースに天ぷらが無いです。」 


 マリがいつもならズラリと天ぷらが並んでいる筈のガラスケースを見てちょっとがっかりする。本当だ。例え深夜でもチラホラ来るお客の為にいくつか並んでいる天ぷらが無い。すると爺さんが


 「今揚げてるよ、今日は揚げたてだ。久しぶりだから天ぷら一個サービスしてやるから大人しく待ってな。」


 「わー、有難う御座います!てんぷらてんぷら〜♪おいもれんこんとりてんかきあげ〜どーんと海老天お父さん〜♬」


 マリが上機嫌で天ぷらの歌?らしき歌を歌い、ワクワクと爺さんが天ぷらを揚げる後ろ姿を眺める。数分後、爺さんが


 「ほらよ、取りに来な」


 と、カウンターに天玉そばと天ぷらの盛り合わせを置いて行く。セルフサービスなのでお金と引き換えに商品をテーブルに持って行く。3人分で2000円ちょいだが2000円に負けてくれた。天ぷらもサービスしてくれて何だか申し訳ない気もする。弐狼がウヒョー!とヨダレを垂らして


 「ヘヘッやっぱり爺さんだぜ。サンキュー愛してるぜ〜!」


 自分が払ってもいないくせに調子良く軽口を叩きながら席にそばと天ぷらを並べ、七味をコレでもかと振っている。三人揃ったところで「いただきます!」と手を合わせてそばつゆをすする。そこであれっ?と気が付いた。爺さんの味だった。真っ黒でカツオの香りが濃厚でほんの少し甘みが有る出汁が効いたパンチが有る味。昆布の味が主張する息子さんの味じゃ無かった。


 「このかきあげ、そのまま食べても美味しいですけど濃いめのお汁に浸してお蕎麦と一緒に食べると絶品ですね。新鮮な油でカラッと揚がっててクドくないからパクパク行けちゃいます!お蕎麦はニハチなんですね。

天ぷらと相性バツグンでかきあげの野菜と卵に絡めてお口に入れるとパラダイスです!銀河が見えます!」


 マリが天を仰ぎフルフルと余韻に浸る。上に有るのは蛍光灯だがマリのシックスセンスは銀河を駆け回っているのかも。お気に召した様で何よりだ。


 大盛りそばもあっと言う間に平らげ天つゆとおろし大根を貰う。盛り合わせは海老天を筆頭にキス天とり天茄子天れんこん天イモ天俺のイチオシ大葉天。大葉なんて普段刺し身の彩りくらいしか見ないし、わざわざ食べようと思わないのに天ぷらにすると大化けする。腹には全く溜まらないのに爽やかな香りが衣の油っこさを上手く中和して、更に次の品へと箸を進めてくれる。コレで400円なのだから恐れ入る。爺さんはなんと海老天をサービスしてくれた。いくら顔見知りの弐狼が居るからってこの爺さんこんなに親切だったっけ?なんか妙だな、と思いつつまあ美味いからいいやと久しぶりの味を堪能した。俺の海老天を狙いつつ、海老天を頬張るマリを艷やかな視線でニチャッと見つめてマリにジト目で牽制される弐狼を海老天のシッポであしらう。


 「爺さんごっそさん!相変わらず美味かったぜ〜。

また来るからサービスしてくれよな〜。俺は爺さんの味じゃねーとやっぱ駄目だわ、駅そばはこうじゃねーとな。」


 俺とマリの分の海老天のしっぽをスナック感覚でボリボリ嚙じりながら弐狼が爺さんにウインクする。


 アツアツのそばと天ぷらでちょっと温まり過ぎた体に初夏の夜風が気持ち良い。このところすっかり夜遊び癖が付いて夜なのにやたら腹が減る。もう少し何か、と思案していると弐狼が


 「アレッ?爺さん店閉めたのか?早えーなオイ」


 と素っ頓狂な事を言う。


 いや24時間営業だろ、と思い俺とマリが振り向くとさっきまで俺達がいた店の灯りは消えていた。

潜った筈の暖簾も無い。再び店の前に行くと


 「社員旅行の為暫く休業致します❤。メンゴm(_ _)m」


 と貼り紙があり、煌々と明るかった店内も真っ暗だった。息子さんフリーダムだな。ってそうじゃ無い!


 「コレってまさか…あのよく有るアレか?」


俺はゴクリとツバを飲む。いやしかし確かに腹は膨れたし、アレは幻覚なんかじゃ無い。


 「アワワ…コレって怪異ってヤツですか?でもあの海老天の味はプリプリして新鮮で本物でした…ヒイィこ、怖いです!お爺さん何者ですかぁ〜」


 怪異が上目遣いに涙目で俺にしがみ付きガクガク震えている。あざといなコイツ、同業なのに怖いのか。


 「オイ爺さん!どーゆーコトだよ!どーなってんだ!説明しろコラァ!何なんだよ訳わかんねーぞ出て来いやぁ!!」


 パニクった弐狼が近所迷惑を省り見ず真っ暗な引き戸をドンドンと叩きまくる。少しの間を置きパッと明かりが点いたかと思うとガラッと戸が開き


 「コリャァー!何時だと思っとるんじゃクソガキがぁ!今日はもう閉店じゃ貼り紙が読めんのかボンクラめが!」


 とパジャマ姿の爺さんが激怒して出て来た。


 なんだ爺さんいるじゃんか、と思ったら弐狼が爺さんの足元を眺めて


 「爺さん、足が無いな。」


 と呟いた。爺さんはそれがどうした、と言った風に


 「あんな物は飾りじゃ。エロい奴にはわからんか?」


 と弐狼をフフンと鼻で笑う。俺は爺さんに


 「爺さんいつの間に…それより何で店やってんだ?成仏しないのかよ?」


 と素直な疑問をぶつける。爺さんはジロリとマリを見て


 「幽霊に足があったらおかしいじゃろうが。全く最近の若い幽霊ときたら…あのバカ息子め何が後は任せろじゃ、フレンチだかハレンチだか知らんが高級店の真似なんぞして気取って勝手に味を変えおって!おちおち成仏も出来んわ」


 すると弐狼がマリの横に立ち


 「爺さんマリちゃんのクオリティー舐めんなよ?足の先までどころかパンツまで再現されてるんだぜ。まだ確認して無いけどキャストオフすれば生マリちゃんに変身するぜ!最近のプライズのフィギュアときたらガードが固くて夢が無えんだよなぁ。」


 「そんなのしませんよ!お着替えは出来ますけど乙女として超えちゃイケナイラインがあります!弐狼さんがえっちな目で見るからフィギュアさん達も恥ずかしがってますよ!ハレンチトーストです!」


 顔を真っ赤にしてマリが弐狼に抗議する。爺さんは溜息をつき


 「お前さんは成長しても全く変わらんなぁ。幽霊の嬢ちゃんよ、こんな奴じゃが愛想を尽かさんでやってくれ。食い物か女で釣っときゃ大体言う事聞くからの。

ホレ弐狼、スマホ出せ。ワシが店に出る時はメール送ってやるわ。ヤレヤレ久しぶりに店に立つと腰にくるのう。」


 爺さんが自分のスマホを取り出し弐狼と連絡先の交換をする。


 「あ、ソレ新しいやつですね。良いなあ、わたし死んでるから変なボールしか持ち物無くて羨ましいです。」


 マリが草むらで拾ったと言う黄色い玉を取り出すと爺さんが


 「ソレ拾ったのか?フ〜ム何処かで見た様な気がするんじゃが…まあええわい。大事にするんじゃ、きっとええ事あるじゃろ。凄いパワーを感じるのう、ありがたやありがたや。」


 とピカピカ光る玉に拝み手を合わせる。う〜ん俺的にはなんか引っかかるんだよなコレ。さっさとゴミ箱に捨てたくなるって言うか碌でも無い感じがする。


 起こしてしまった爺さんに頭を下げ駅前公園に移動しながらあとひと品何にしようかな、と地元コンビニのソラミーマートの前に差し掛かると公園の方から怒鳴り声が聞こえてきた。この街ではまだまだ元気なヤンキーがまたケンカしているのか、と方向転換しようとしたら


 「おっ、久々にやってんなどんな奴だ?女の子の声だったな。へっへっへお顔拝見〜❤」


 と高みの見物が大好きなやじ狼がノコノコ公園に走って行く。


 「ああっ!ダメですよ他人のケンカを見物なんて!巻き添えで流れパンチくらってもココにはメディックはいませんよ!」


 慌ててマリが弐狼を追う。嫌な予感を感じつつ二人に続いた。公園ではムラサキのポニーテールのヤンキーガールが、たこ焼きの屋台から飛び出してたこ焼きのピックを振り回しながら若者を追い回していた。


 これは事案発生だろうか。いや一風変わった営業と言う名のパフォーマンスかも。放って置くわけにもいかず渋々近付く。う〜んやだなあ俺弱いのに。


 


 


 



 


 


 

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