第16話

           一章


       マリちゃんとドライブ


           その⑨


 「乱入だとぉ!上等だァこの命知らずめ!この先湾岸エリアじゃ本気で行かせて貰うからな。生きて帰れると思うなよ?マリちゃん先生お願いします!」


 卑屈にイキリながら弐狼がマリに乱入して来たよそ者の討伐を丸投げする。


 「あっ、お客さんですね!これはこれはようこそようこです。ご馳走はありませんがしっかりおもてなし致しますね。」


 丁寧に威嚇しながらマリも戦闘態勢に入った。


 乱入者はフルボッコというお約束があるのだが、それでもこのゲームでは盛り上がるので乱入も多い。乱入してトップになればヒーロー気分が味わえるからだ。

ただ、一部の血気盛んなヤンキー同士が時々プレイ後に睨み合い外に出て行き場外乱闘になるらしい。

 

     湾岸線横浜方面スタート!


やはりマリが凄まじい加速で一気に前に出る。

一見脳筋っぽく見えるがマシンの特性を考えると正攻法だろう。曲がらない車じゃあ後から追うのは苦しくなる。でも曲がらないと言うことは…


 俺はマシンのハンドリングを再度確認し、左右に車体を振りああこのゲームにはまだお台場の観覧車が在るんだなあと、独り言ちる。絡んで来るR35をあしらいながらお台場の景色を眺め、そのうちマイカーでドライブに来たいもんだと空想し湾岸線をセレブ気分で後を追う。


 変な球体がビルトインされたビルを過ぎると前方がやけに明るい。俺はすかさずアクセルを少し緩め予想出来た状況に対処する。


 「へッ、なんだよもうビビってんのか?GT-Rのトラクションならどんなシチュエーションでも踏んで行けるんだぜ!単純なパワーだけが速さじゃねーってトコ見せてやるぜヒヨッ子共!」


 猿顔のGT-Rが追い越し、更に弐狼のウラカンがピタリとくっついてスリップストリームで喰い下がる。弐狼もこのゲームは結構やり込んでいる中堅だ。


 「太助!コイツは俺に任せろ!マトモにプレイすりゃそうそう負けねーんだよ!さあ、狩りの時間だぜ ヒャッハー!覚悟しろや猿野郎!」


 「アツくなってるトコ悪いけどそろそろブレーキかけた方が良いぜ。ってもう遅かったか?」


 「「もっと早く言えよバカヤロォー!」」


 目の前の東京港トンネルが火の海と化している。タンクローリーが横転して車線を塞いでいた。ブレーキングが間に合わなかった猿顔と弐狼が仲良く突っ込みクラッシュした。


 思った通り、と言うか思った以上にマリ先生がやらかしていた。左に僅かに空いた隙間に滑り込み大惨事の現場を後にしてマリを追う。案の定緩いカーブを曲がり切れず火花を散らしてガリガリとスローダウンしていた。


 「せっかくのプレイスタイルに釘を刺す様で悪いが、早めにアクセル緩めてドリフトすればキレイに抜けられるぞ。グリップ走行の車より遅くなるけどな。そいつは典型的な直線番長だ。上手く使えば湾岸は無敵なんだがな」


 とマリに塩を送り、コーナーを難なくこなしスロットルを開けて再びトップを奪い羽田を目指す。


 「太助さん太助さん、ドリフトってどうやれば良いんですか?」


 「簡単なのはアクセル離してハンドル切ってまたアクセル踏めばドリフトモードになるぞ。」


 「えーっと、アクセル離してー、ハンドル切ってまたアクセルですね。アレ?上手く行かないです。ってキャー!2人共なんで突っ込んで来るんですかー!」


 ドリフトに失敗して横向きでもたつくマリのデヴェルに、復活して追撃して来た猿顔と弐狼が多重衝突事故を起こし3人揃って吹っ飛んだ。


 道幅が狭くカーブがキツいC1はスピードもソコソコなのでダメージも少ないが、湾岸の怖さはあっという間に近づくモブカーに重くなるハンドリング、最高速度でクラッシュすれば大ダメージになるトコだ。更に湾岸には

〝とれいら〟なる異次元の長さを持つモブまで召喚され、事故ると積荷が散乱したり炎上したりと快適なドライブを許さない。


 順調に飛ばす俺の上空を着陸態勢の旅客機が低空飛行で横切って行きジェット音が響き渡る。ゲームならではのサプライズにアクセル全開の疾走感がミックスされてかなりアガるポイントだ。イイ気分で独走する俺にウラカンを従えたGT-Rが襲い掛かってきた。600馬力のNISMO仕様とは言え本気の弐狼を抑えて全く前に出さないのは正直凄い。だがこっちには800馬力を超えるエンジンとハンドリングの軽さがある。F1で磨かれたフェラーリの技術は伊達じゃ無い。昔はハッタリが多かったけども。F40は良いよなぁ俺もいつかはなんて夢想していると、猿顔の怒鳴り声が割り込んで来る。


 「オラァー!やっと捉えたぜ!随分小賢しい真似してくれんじゃねーか新顔がよぉ…今から引導渡してやるぜ覚悟しろや!リミッター仏恥義理だぜ!」


 おお、何やら激怒しておられる。一向に実力を発揮出来ない猿顔が真っ赤な顔で益々猿っぽく拳を上げて抗議する。やったのは俺じゃ無い。オバケの仕業なんだから狼に噛まれたと思ってトイレに流して欲しい。


 「分かったよ。かかって来なさいお猿さん。白黒付けたいんだろ?全く縄張り意識が強いケモノは…またフレンズが増えるな。」


 「ワイは猿や、じゃねぇ!正真正銘人間だよ!そっちの自称狼野郎と一緒にすんな!利美太りみただ!アウトがら空きだぜイタダキィ!!」


 「あ〜っ!!ちょっとどいてくださ〜い!!急に出て来ないでぇ〜!!!」


 トラクションに任せてアウトから抜こうとした利美太が猛スピードでドリフトして来たマリのデヴェルに跳ね飛ばされ対向車線のトラックに正面衝突して天高く舞い空中で爆発した。


 「ぎゃあああー!ああ…あああ~お、俺の無敵のR35ニスモが…馬鹿な!こんな事が許されるはずが…」


 俺もびっくりだよ。シビアなゲームだがこんなにも酷い目に合う奴は初めてだ。バトル要素強めのゲームだが今日は特にマシマシな気がする。そのうち修正されると信じたい。


 やがてライトアップされたベイブリッジが見えて来た。港湾地域の夜景につい見とれてしまうがゴールの大黒埠頭PAはすぐそこだ。弐狼がピタリとケツに付き獲物を狩る狼を気取って


 「ホレホレ草食男子の太助君ヨォ、狩られる用意は出来たか?親友のよしみだ、一思いにやってやんよ。悪く思うなよ俺の養分ポイントに成りやがれぇー!」


 スリップストリームから前に出ようと並んで来る。チィッ!コイツずっと狙ってたな!ここまでか、とその時

  

 「させるかぁー!俺のR35は誰にも負けねーんだ!何人たりともぉー!」


 しつこく利美太がニトロで這い上がり絡んで来る。三つ巴だが僅かに俺にアドバンテージが有る。GOALと書かれたラインが見え、3台ひと塊で突っ込みゴール!と思った瞬間、俺達は宙に舞っていた。フルスロットル+ニトロの魔獣の餌食になったのだった。忘れていたぜ、この爆発力を!う〜ん完全にやられた。


 コレ、ク◯ゲーじゃね?バランスメチャクチャじゃねーか。ま、まあ実装されたばかりだからこれから様子見ながら調整されるんだろう。そうに違いない。

今まで何千円もつぎ込んだゲームなんだ、俺は信じるさ。これ以上考えるのは野暮だな。独り納得して完結しようとする俺の横でマリは歓喜の雄叫びを上げて


 「ヤッター!ヤッター!ヤッターマンですよー!

わたし勝ちましたよデメニギスちゃん!本気でやった甲斐がありました。もうどんくさい子とは言わせませんよ!」


 ぬいぐるみにチューを繰り返している。


 「チクショー!マリちゃんのチューが貰えるならどんな手使っても勝ちに行ったのにヨォ〜!!このウルフファングで太助の一人や二人…」


 顔中から色んな液体を垂れ流してみっともなく悔しがる弐狼に


 「とりあえず涙拭けよ汚ねーな。ホレ」


 と手近に有ったテーブル拭き用の雑巾を渡す。

するとマリが慌てておしぼりと取り替え


 「こっちです!危うくテーブル拭きがダメになっちゃうトコですよ!」


 とスパイシーなフォローを入れる。


 「テメー等!汚ねーぞ!ちゃんと勝負しろやぁー!こんなもん俺は認めねぇ!マシン変えてC1で勝負しろ

ドラテクじゃ負けねーってトコ見せてやるぜ!」


 何やらドンケツのオサルがキーキーと喚き散らしているが


 「なんか疲れたんだがまあ一戦だけなら良いぜ。マリと弐狼もやるよな?」


 当然、とばかりにコクコクと頷き再びシートに座り再びマシンセレクトに入ってC1外回りをスタートした。利美太は変わらずGT-R、俺はシビックタイプR、MY23、弐狼はダッジバイパーacr、マリはC8コルベットZ06と言う面子。結果は小回りが効く俺のシビックタイプRがギリギリGT-Rを抑え吠え面をかく弐狼がそれに続き、かなり遅れてビギナーのマリが何とか完走した。余りに集団に遅れるとゲームオーバーになるこのゲームでちゃんと完走出来たのは褒めて良い。

 涙目で落ち込むマリの頭をひたすら撫でなんとか機嫌を直して貰い、ブロックの仕方が汚いだのギャンギャンと揉める利美太と弐狼を仲裁に入った。仲悪いなコイツラ。まあ猿と狼だし。


 他のお客さんの視線が痛くなって来たので二匹と一体を連れて店を出る。


 「やっぱオマエだったか。走り屋っぽいのにチンタラ真ん中走っててウゼェと思ったら良い反応しやがったからどんな奴かと思ったらよぉ。コイツノーマルっぽいけど中々手が入ってんな。普通のMR2はあんなシャキッと動かねーからな。」


 繁々と俺のMR2を観察し、ほうほうと一人で納得している。


 「オマエのGT-Rだってすげーじゃん。マフラーワンオフだろ?相当やってるだろ。」


 「まあな。やっぱ分かっちまうかぁ〜。走り屋ならワンオフだよな〜。しょーがねーなぁ特別にエンジン見せてやるよ。本当に特別だからな?言いふらすなよ?」


 頼んでも無いのに自慢気にボンネットを開けてどうよ?と腕を組む利美太。ガッツリ見て自慢のGT-Rを広めて欲しいと顔に書いてある。このかまってちゃんが。


 「わー、凄いですね~なんかあちこちキラキラしてます。エンジン丸見えで迫力ありますね。」


 興味深そうにエンジンを覗き込むマリのパンツがまた丸見えに成りそうになって、はっ、とベストポジションに構える弐狼をキッと睨んでスカートの後ろを抑える。弐狼の奴ドンドン素早くなってやがる。R32の頃はまだエンジンカバーは無く走り屋達はカスタムしたマシンの自慢のエンジンを見せびらかすのも文化だったんだよな。真っ赤なヘッドの名機RB26にステンレスのエキマニ、アルミの大型ラジエーターにインタークーラー、タービンもパワー重視の大型だ。


 「処で大将、トイレは間に合ったのかよ?まさか漏らしてねーだろーな?キレイに拭いても俺の鼻は誤魔化せねーぜ!」


 弐狼がスンスンと鼻を鳴らす。野郎の尻の匂い嗅いで楽しいのか?


 「この俺様がそんなヘマする訳ねーだろ!霊長類舐めんな!結構ギリギリだったけど俺はちゃんと我慢が出来るからな!」


 ヤバかったのか、我慢出来て偉いな。我慢出来なくて大惨事になる大人も居るからな。


 「オマエのはイイトコ300馬力チョイだろ?俺のは軽く500は超えてるぜ。コレより馬力があるカスタムカーは今日日いくらでもあるけどよ、俺はバトルで負けた事は無ぇんだ。パワーが有りゃ勝てると思って使い切れず振り回されてばかりの見栄っ張り野郎が殆んどだぜ。俺はまだまだコイツをレベルアップさせて先に行かせて貰う。オマエさんはせいぜい300馬力を使いこなせる様頑張るんだな。俺様は早久戸そくど 利美太りみただ。この街最速のチーム〝アクセルジャンキー〟のリーダーで街道四天王の一人だ。」


 「四天王だと?そんなのいるのか…」


 「各ジャンルのトップドライバーがいつからか勝手にそう呼ばれてんだよ。ま、俺が走り屋のトップってこった。恐れ入ったかヒヨッコ?」


 「ジャーキーでもサラミでも良いけど折角だから連絡先交換しようぜ?ココに来る時はメール送るからまたバトル頼むぜ!コイツも一緒だけどな。」


 弐狼を親指で指す。


 「そーゆーこった。尻洗って待ってろよモンキー!

気高き一匹狼の俺の本気はあんなもんじゃねーぞ。

ウルフファングで真っ赤に染め上げてやんよ!」


 弐狼がニヤニヤしながら挑発すると利美太が


 「上等だよ。夢見がちなテメー等にちょっとだけ現実を見せてやるよ。こっから下の最初の信号まで500メートルってトコだ。付いて来れたらチーム入り考えてやるぜ!」


 意地悪くニヤッと笑い利美太はGT-Rに乗り込みエンジンをかける。ワンオフマフラーの図太く直6エンジン特有の揃った音が響き渡り、辺りのドライバーの衆目を集める。


 「だってよ。頑張れよ太助!俺はいつでもオマエを応援してるぞ。フレーフレーた、す、け、!さあ、マリちゃんも一緒に!足を高く上げて!」


 「ふ、フレー、フレー太助さん。ごめんなさい足は勘弁して下さい…弐狼さんは棒で突付いて血の池に沈める事にします。ああっ、やめて下さい!無理矢理覆い被さらないで下さい!」


 デメニギスちゃんをリアトランクにしまって強制合体させられた弐狼マリを助手席に乗せ、俺もシートに座りエンジンをかける。利美太のGT-R程では無いが快音が響き2台分のサラウンドを奏でる。街ではただの騒音扱いだがココではドライバー達が感嘆のエールを送る。GT-Rに続き俺のMR2も駐車場を後にして産業道路に出る。ガラガラの深夜の3車線に2台のマシンが並びお約束の3回のハザード点滅でフルスロットル!


 スキール音と共にリアタイヤからのグリップが体に伝わって来る。よし、上手くいったと思った筈だった。4WDのトラクションとS《セミレーシング》タイヤが500馬力を確実に路面に伝えGT-Rが難なく前に出る。凄まじい爆音で加速しフルスロットルの俺のMR2をあっと言う間に引き離して行く。俺のマシンだってかなり加速している筈なのにまるで歯が立たない。


 「おい!太助!完全に置いてかれちまってるじゃねーか!やべーよ、GT-Rってこんなに速えーのかよ。野郎どうせハッタリだと思ってたのに…く、悔しいっ!

太助さん!何とかなさいったら何とかなさい!テメーこの猿!次会ったらゲームでケチョンケチョンにしてやっからな!覚えてろよー!!」


 狭い車内でジタバタしながら弐狼が聞こえない捨てゼリフをGT-Rの後ろ姿にぶつける。丘の下の信号機が見え、赤になる。利美太のGT-RはとっくにクリアしMR2など敵では無いと丸テールを見せつけ消えて行く。まるで相手にならなかった。奴の言う通りコレが現実なのだろう。しかし俺は何故か悔しさより妙な高揚感を感じていた。遥かにレベルが高いライバルの登場、燃えるシチュエーションだ。決めた、このMR2で奴を墜とす。まだまだポテンシャルは有る筈だ。

 う〜んでもカスタムってめっちゃお金掛かるんだよなあ、ルーパーフーヅのバイトも結構稼げるけどもっと効率良く稼げる仕事探さないと。マリが弐狼の体を乗っ取り、


 「アレが本物のカスタムカーなんですね…憧れちゃいます。利美太さん本物の走り屋なんですね。次が有ればまた湾岸でおもてなししないと。ワクワクします。」


 この娘も結構怖い物知らずなトコ有るな。

面白そうな事に目が無いと言うか、危なっかしくて側に居てやりたくなるというか。ヤバイなあ、成仏させてやらなきゃいけないのにドンドン楽しみを教えてしまっている。俺も楽しい友人をずっと手元に置いておきたい気持ちが膨れ上がるのを感じていた。


 そんなキラキラ目で期待に胸を膨らませるなよ。別れが辛くなっちゃうだろ。


 


 


 



 


 



 


 

 

 

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