第29話 前を向いて

 ブロワーの後ろをついて行ってから、大体一時間くらいが経った。彼女が案内してくれるという『悪魔の国』ってのは、一体どんな場所なんだろう……。


「ねえ、悪魔の国まであとどれくらいかかんの? ウチもイルガもいなくなったとなると、さすがに教会が運営できないと思うんだけど~……」


 ――そう言い切ったところで、意外とそうでもないかも、なんて思ったりする。

 もともとゼラヴィア教会はマキが一人でやってきてたんだし、今ではシルフィナとニドという仲間もいる。ボロっちかった建物も改装したし、信者のみんなも足繁く来てくれている。人数不足も『分身』の魔導書で補える。


 あの教会にとって、もうウチの助けなんてのはいらないのかもしんないなぁ……。


「そろそろ着くヨ! この世界の最果て、人間たちが住む所とは真裏にある……ボクたち悪魔だけが暮らす『悪魔の国スウ』にネ!」


 先んじてブロワーが降り立ったのは、人気のない山奥だった。ウチも続けて降りると、周囲には悪魔たちが大勢おり、物陰からウチのことを怖がっているようだった。まあ、触られると消滅するわけだしなぁ……しゃーない。


「こっちこっち、師匠サンはひとまず取調室に行くヨ~!」


「えっ、また取調室!? 悪魔にもそれあんだね~……」


「そかそか、ランドさんのせいでなのかァ~。あの人、嘘つくの上手いもんネェ~」


 一応ウチは悪魔の国に指名手配されてるらしいから、取り調べを受けなきゃいけないらしい。まあ、コイツらにとってウチは人殺しみたいなもんだしなぁ。

 ランドはもちろん、城下町の一件で大量に消滅させている。人間的には完全にアウトだけど、悪魔的にはどう判断するんだろう……?


「さあさあ師匠サン、あそこで取り調べを受けてきてヨ。多分すぐ終わるし無罪だから、楽にしてていいからネ~!」


「うん、なんかよく分かんないけど、分かった……」


 なんで無罪だって言い切れんだろう。ウチは困惑しつつ、ブロワーが指差した先にある小屋のような建物へ行く。中に入ると、これまた透明な壁で前が見える仕組みとなっていた。さっき見た光景まんまだなぁ……。


「――ようこそ神様、悪魔の国はお気に召しましたか?」


 しばらく椅子に座って待っていると、どこかで聞いた声がする。直後、ウチの目の前には、昨日消滅させたはずの『虚飾』のランド・ベットランドが、まるで何事もなかったかのように現れたのだった。


「あんたっ、なんでここに……!?」


 確かにあの時、コイツは黒い光になって消滅したはず……倒し損ねたのか? いや、悪魔は神様に触れただけで消滅するはず。まさか、あの時倒したのは!?


「ベットランドにいたヤツは、……!」


「大正解! ベットランドの王である吾輩は分身だったわけです。まあ、あんな魔導書を使わなくたって、死くらいは乗り越えられるんですがね」


 じゃあウチらは、本体であるコイツにまんまと騙されたってわけかぁ。いや~、ムカつくなぁ! こんな壁ぶっ壊して、頭でもわしづかみにして消滅させちゃろうかぁ~!?


「ひゃあっはっは! その歪んだ顔、やはりあなたは最高のオモチャですねぇ。ではもう一つ、城下町であなたが消した悪魔たちが、……あなたはどんな顔を見せてくれますか?」


 ランドが指を鳴らすと、城下町にいたアイツらが一斉に彼のもとへと現れる。顔も背丈も全員が同じものだ。まるで分身であるかのように……。


 ――おいおい。ウチはあの時確かに、アイツら一人ひとりの温もりをしっかりと感じて、安らかに逝かせてやったんだぞ? アイツらやメイディさんを悪魔化させたのはブロワーだし、そのきっかけもつい最近、イルガの発した言葉に彼女が惚れたからだ。それでも『分身』の魔導書によるものとしか考えられない……。


「ウチが消滅させたヤツらの分身を並べて『実は生きていた』なんて言うつもりか?」


「今度は不正解です。吾輩が他人の色恋のために、そんな面倒なことするわけないんで。答えは『消滅したことを嘘にしたから』……です。吾輩にしかできない業ですね」


 じゃあコイツらは、本当にあの時城下町でウチがハグして消滅させたヤツらだってのか? 言ってるヤツがヤツだから、全然信じらんないけど。仮に嘘だったとしても、こうしてまた『人』として動いているのを見られるのは嬉しいよ……。


「仮に今やったことが本当だとして。悪魔ってのは、あんたがいる限り不死身ってことか」


 いくら消滅しても、ランドがその事実を真っ赤な嘘にして『死ななかった』というを新たに作り上げる。さすが虚飾の悪魔ってヤツだなぁ……。


「まあ、吾輩より『格』が上の悪魔には使えませんがね。逆に吾輩より格下の悪魔と、ならいくらでも嘘にできますよ。『ベットランドは滅亡しなかった』や『あなたが存在しなかった』などなど。まあ、そんなものでは吾輩の好きな歪みは起きないので、やる価値はないんですがねぇ」


 おっかない力を持ってはいるけど、それを使うのにもヤツなりのこだわりがあるみたいだ。

 自身が不死身だから、どんな無茶なマネをしても人間オモチャで遊べるって感じなんだろうか。やっぱ悪魔ってのは趣味が悪いなぁ。


「……というか。人間と悪魔、二つの指名手配までしてウチに何の用? どうせあんたが出したもんなんでしょ?」


 こんなまわりくどいマネして、コイツは結局何がしたいってんだよ。ウチの歪む顔が見たいんなら、もう堪能しただろうに。

 だからさぁ、さっさと帰してくんないかなぁ? 悪魔の国ってなんかじめじめしてて、妙に居心地悪いんだよね~……。


「――あなたに感謝したかったんですよ。あなたに負けた後、吾輩はすぐさま何もかもを嘘にしてやろうと思っていました。ですがあなたやニドがが、吾輩の心を満たしたのですよ。吾輩が人間を絶望の淵に立たせていたのは、その後に前を向く瞬間が見たかったから……。特に夜空へと飛び立つ時のあなたは、今までで一番でしたよ!」


「とことん趣味が悪いんだな、あんた……」


「そりゃあ、悪魔ですからね。ですが『前を向く』のに、何も絶望に打ちひしがれる必要はないのですよね。そのことはあなたのお弟子さんが教えてくれました。まっすぐに勇者を目指すその姿勢に、今さら惹かれるとは思いませんでしたよ……ありがとうございました」


 最後に感謝の言葉を添えて、先にランドは取調室を後にする。

 アイツが惹かれていた人間の表情ってのは、嘘まみれのアイツにはない『現実を突きつけられてからの再起』ってヤツなんだろう。『絶望』という起きてしまった現実から目を背けるんじゃなく、それでも希望に向かって進んでいく、その一瞬の表情が……。


 そしてイルガに教えてもらったのは、きっと『夢』に向かっている時の表情なのかな。嘘と夢は一見すると似ていて、だけど本質は全然違うものだからなぁ。

 アイツにとっての嘘は『なかったことにする』もので、逆に夢は『本当にする』もの。やっぱり自分に欠けていたものに惹かれてたんだ。だから最後は本心で感謝してくれた……多分ね。


 ――趣味は悪いけど、思ってたより悪いヤツらじゃないかもね。今は悪く見えるだけで……。


「きたきた。師匠サン、取り調べお疲れ様だヨォ~。意外なヤツだったでショ?」


「そりゃあ、アイツのせいでウチらはひどい目に遭ってんだからさ。でももうしないっしょ?」


「うんうん! 人間に危害を加えなくても、いい顔が見れるって知ったカラ! だからもう大丈夫ダヨ!」


 ランドと違って、ブロワーにはまだ発言に信憑性がある。そういやコイツはイルガを独り占めしたいんだったな……本人が許してるからいいけどさ、教会としては割と痛手なんだよね~。イルガが勇者の適正デュナミスを持ってるから来る、って信者も結構な数いるし。


「――ねえブロワー、あんたも人間と同じ状態になれんだよね? だったらさ……」

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