第28話 好きナノ

 結局、ウチらへの指名手配はうやむやになった。なんでも、取り調べを終えたラウバ会長がかららしい。そりゃあ、フツーの人間からしたら神様なんているわけないもんね。


 いや~、とにかくこれで一安心だ! イルガを起こして、城下町をドヤ顔で見回しちゃろうかなぁ? 別に悪いことなんかしてないしぃ~……って感じで。


「ただいま~」


「おかえりなさい……って、そもそもどこに行ってたんですか。起きたらいないんでびっくりしましたよ~」


「ごめんごめん、ちょっと城下町のヤツらに呼ばれてて。軽~く話し合いしてただけだよ」


 実際は話し合い『だけ』じゃないんだけど、なんにせよ無実として扱われたなら誤差みたいなもんだ。それに、一対一なら『神様としての力を使っても全然信じられない』という、思わぬ収穫もあった。この辺りの思い込みを存分に活用して、もっともっと人助けをしていこう……。


「――そういえば、イルガはもう起きてる? 朝の修業をしたいんだけど」


「いやぁ、まだ礼拝堂には降りてきてないですね~。本来なら今ごろ、神様を叩き起こしてる時間なのに。具合でも悪いんですかね~?」


 一応師匠として、弟子の体調不良は心配だ。二階にあるイルガの部屋に行き、扉を三回叩く。あんまり具合が悪いなら、今日の見回りや教会の仕事は休んでもらおう。体調管理も修業のうちだ。


「イルガ~? ねえイルガ、起きてる? 具合でも悪いの?」


 ――返事はない。まだ寝てんのかなぁ、これじゃあいつもと逆のパターンじゃん。あんまりやりたくはないけど、叩き起こすとしますかぁ。扉を開けて、ベッドで寝ているイルガを……って、あれ? !?

 ウチは昨日礼拝堂で寝てたから、ウチの部屋には行くことはまずない。だからといって、ここに来るまでにすれ違ったわけでもない。残りの可能性を考えていると、扉がばたりと閉まる。


「……扉が勝手に!?  ウチを閉じ込めるために、ってこと? でもなんでイルガがそんなことを……新しい修業の一環かぁ?」


 随分と趣味の悪い内容だな。誰からこんなもん学んだんだ、まあどうせマキだろうけどさぁ。師匠をからかってないで、さっさと朝の見回りに行こう? 確かにウチには一生追いつけないけどさ、だけどあんたは勇者として強くなるんでしょ? もし拗ねてこんなマネをしてるんなら、ウチも謝るから……。


「おやおやァ? キミって、指名手配されてる例のシスターだよネ~?」


 同時に、女の子の声がする。どうやらウチのことも知っているみたいだ。


「――あんたの仕業か。ウチの弟子をどこにやった?」


 今さらコイツの正体なんてのは聞かない。どうせ覚える必要なんてないんだから。


「なになに、イルガたんのコト? あの子はボクの旦那サンで、ボクのたぁ~いせつな『オモチャ』ナノ。もうキミの修業なんて必要ない、イルガたんは勇者である前に……悪魔なんダカラ……」


「悪魔だって!? 一体どこにいんだ……!?」


 咄嗟に声のした方を向いても、もうそこには誰もいない。今ウチに言葉が交わしたアイツが、イルガに触れて悪魔化させたってことか! でも昨晩、イルガは人間として振る舞ってた……。

 イルガがヤツよりも悪魔としての『格』が上だったのか、それともヤツがイルガオモチャで遊んでるってのか……どちらにしても許してはおけない!


 ウチは窓から教会を飛び出し、あの悪魔を捜索する。どこに行ったかなんて分かんない、それでも何もしないわけにはいかない! 空気を蹴り上げ、上空から見渡す形でくまなく探していく。


「すぐ近くで声がしたんだ、ヤツはまだ遠くには行ってないはず……それとも、ランドみたいにウチのことを遠くから監視してんのかぁ?」


 正直、手詰まりだ……。どこにいるかも分かんない悪魔を相手に、ウチはどうやってイルガを取り返せばいい? 少しでも触れられればヤツを消滅させられるってのに……!


「――ふふふふ、いいねぇその顔ッ! イルガたんもそんな苦しそうな顔をしてたよ……師匠と弟子って、そんなところまで似るんだネ!」


 おそらく、イルガがを言ってんだろう。

 ランドといい、悪魔ってのは趣味が悪い生き物ってわけだな。『人の歪んだ顔を見たい』だなんて、まるでウチらとは正反対な生き方だもんなぁ……。

 

 ――どこから放たれているかも分かんない声に向けて、ウチは目をつぶって返答してやる。


 あんたがどこから来ようが、どこにいようが関係ない。

 あんたが視界に入ろうが、透明になっていようが関係ない。

 あんたがどうやって攻撃してこようが、どんな力を使ってこようが関係ない。


「……おい悪魔。少しでもウチを倒そうと思ってんなら、ウチは容赦なくあんたのことを消す。あんたのお仲間にしちゃったことを、あんたにもしちゃるからな……!」


「こわこわ、怖すぎんでショ~!? これじゃあどっちが悪魔か分かんないネ。指名手配されてた通り、やっぱりキミがランドさんを殺したんだ。あの『虚飾』のランド・ベットランドをネ~」


 そんなウチに興味を持ったかは知んないが、ヤツは突如目の前に現れた。ご丁寧にイルガを連れて、……。


「イルガ……!」


「こらこら、この子はボクの旦那サンなんだからネ!? いくらイルガたんのお師匠サンだからって、ボクからとっちゃ嫌ナノ!」


「――からかうな。そもそも、イルガはウチの一番弟子で、ゼラヴィア教会の一員だ。素直に返してくれれば、最悪あんたを殺さずに見逃したっていい。どうする?」


 もちろん、そんなことをするつもりなんてない。きっちりとイルガを人間にしてもらってから、直後にコイツを消滅させる。城下町の事件もきっとコイツの仕業だ、そんな悪魔、絶対に許してはおけない……!


「いやいや、そんなこと思ってるわけないんでショ? ランドさんじゃないんだからさ、そんな見え透いた嘘はやめといた方がいいヨ。それにイルガたんは、もうボクの。本当に優しい子だよね……今まで彼に修業をつけてくれて、感謝しかないヨ!」


「何言ってんだよ、イルガがそんなことを言うわけがないっしょ! イルガはずっと、勇者として人間を守るために修業を積んできてたんだよ! あんたらみたいな悪魔から……みんなの勇者として!」


「……そうそう、師匠サンの言う通りだよ。その『みんなの勇者』の中に、って話ダヨ。ねぇ~、イ~ル~ガ~たんッ!」


 ヤツの呼びかけに、イルガは抱えられた状態ながら、ウチの方を向いて応える。紫色になってしまった全身に、こちらを見据える緑色がよく映えていた。


「し、師匠……オレのことは気にしないでください。オレはもっともっと強くなって、一番『格』が上な悪魔になって……。人も、悪魔も、昆虫人ヴァセクトも、砲獣人ビスタルも、そして神様も! 全部の種族が同じ『人』として笑い合えるように、オレが悪魔たちに『人助け』の大切さをいっちょ教えてきますよ……!」


 ――そうか、イルガは優しすぎたんだ。


 シルフィナのことも助けた時もそうだ。イルガは真っ向から、言葉で群衆に訴えかけてた。『言葉で意思疎通ができる者は全員人間だ』って……だから、悪魔であるコイツのことも許したんだ。

 そりゃあ、自分の正体が悪魔だったから、というのもあるかもしんない。だとしても……だからこそ、イルガは手を差し伸べられたんだ。


「本当は悪魔と争う必要なんて、なかったんだ……」


「まあまあ、悪魔が人間に恐れられてるのも分かるんだヨ。ボクたちは人間の歪んだ顔を見るのがどうしようも大好きで、苦しみながらもがく姿が大好きなんだヨ……。だから今のボクたちは分かり合えない、でもイルガたんは分かり合おうとしてくれたノ……!」


 コイツもあの時の言葉を、どこかで聞いてたんだろうなぁ……こうやって言葉で意思疎通ができるんだから、人も悪魔もいつか分かり合えるって。悪魔にとっての勇者にもなってくれんだ……って。


「だからボクは、そんなイルガたんのことが好きナノ! 大好きになっちゃたノ! 『色欲』のブロワー・ペリドットは、小さな勇者なイルガたんのことが、心の底から大好きで……だからこそこの子の表情全部をオモチャ独り占めにしたいノ……!」


 さっきまでの挑発なんてなかったかのように、ブロワーは自身の本音をぶちまける。イルガのことが好きで好きでたまんなくて。


「――だから城下町のヤツらを悪魔にして、イルガをおびき寄せたんだね」


 ブロワーは何も言わずに首を縦に振る。

 惚れた彼はたまたま『自覚のない悪魔』だった、だから。彼女はイルガと会おうとして、自覚のない悪魔たちを悪魔化させたんだ。

 みんなの勇者である彼は当然助けに来てくれる。そこで永遠の愛を誓おう。たくさんの仲間に祝福されながら……。


 ――だけどそこに来たのは、悪魔イルガではなく神様ウチだった。

 ウチがひとたび悪魔に触れれば、黒い光となって消滅していく。まるで自分が、悪魔としての自覚を植えつけるみたいに。


「――失われた命はもう二度と戻ってこない。それでも、前を向いていくしかないんだね」


「いやいや? 悪魔の命が戻ってこないなんて、全然そんなことないヨ。城下町にいた子たちの『格』でなら、いくらでも……そうだッ! 師匠サンは悪魔からも指名手配されてたんだし、その辺も含めて教えてアゲル! だから一緒に来てよ、ッ!」

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