第27話 信仰心なら世界一

 追手から逃げ切れたと思って、完全に油断してた……いくら逃げたからって、指名手配が終わるわけじゃないもんなぁ。とにかく、マキたちは巻き込まないようにしなきゃだ。


「――捕まるつもりはないけど、今はあんたたちについてってあげる。ちゃんと無実だってことを分からせちゃるから、他のヤツらには手を出さないで」


「犯罪者の言うことなんて信用できるかよ。だがこんなひよっ子が、ベットランド王国を壊滅まで導けるかは疑問が残る……。シスター・クラリス、お前には事件の動機と手口をしっかりと吐いてもらうぞ!」


 兵士の一人に手を引かれ、ウチは城下町にある『取調室』とやらへ連行される。どうやら暴力じゃなく話し合いで良し悪しを決めるみたいだな。だったらウチは、ただひたすら本当のことを言い続けりゃいい。なぜなら無実だからなぁ……ソイツが通るかは別として。


「せっま……。そのくせ透明な壁で仕切られてんの、ちょっとムカつくなぁ」


 あてつけか? いくらウチを犯罪者扱いするからって、こんな狭くて冷たい所に閉じ込めんなっての。まあ、牢屋と比べたら全然マシだけど。


「――君のしたことは、兵士の方々から聞いているよ。しかしそれが本当のことなのか、それはまだ分からない。だからこの取り調べを通して、事実を確認していこうじゃないか。シスター・クラリスよ……」


「うわ、マジに言ってんのかよ……」


 向かいの部屋に入ってきたのは、この城下町の地域教会長ちいききょうかいちょうであるラウバ会長だった。

 コイツが兵士と協力して、ウチのことを犯罪者にしようとしてるってのか? それとも、ウチが無実である可能性に賭けていて、ソイツを一緒に証明しようとしてるか……後者であってほしいけどなぁ……。


「まずはシスター・クラリス、君はなぜ昨日、ベットランドにいたのかい?」


 なるほどな、質問形式で詰めてくる感じか。なら正直に答えていけば、とりあえずは大丈夫だと思う。なんたってウチは何も悪いことなんてしてないからな。悪いとしたらランドの方だ。


「マキさんから『分身』の魔導書を手に入れるよう頼まれたんです。ソイツはベットランドにあるという噂だったので、私が一人で行ってました」


「ふむ、では次の質問だ。そのベットランドは昨日、君と一人の咆獣人ビスタルのせいで滅亡したとされている。いくら君に勇者の適正デュナミスがあるとはいえ、さすがに戦力が乏しすぎる。どんな手を使ったんだい? それこそ『分身』したのかい?」


 ラウバ会長の目つきが一瞬にして鋭いものになる。完全にウチとニドが分身してベットランドを滅ぼした、って思ってんだな。まあ、状況的にそう思われてもしゃーないけどさぁ……。


 ――信じてもらえるかは分かんないけど、ここも正直に答えるとするかぁ。『分身』の魔導書とかいうなんでもアリなシロモノがある今、どんな可能性だってありえるんだから。


「そもそも、私の訪れたベットランド自体が。その全てが、どこかの光景そのままのね。だから一瞬にして更地になった……そしてそれを実行したのは、ベットランドの国王、ランド・ベットランドなんです……!」


「つまり、ベットランド国王が自ら国を消滅させたと?」


「――はい。信じてもらえるかは分かりませんが、これこそがベットランド滅亡の真実です」


 それに至るまでには、もっと複雑な理由があるんだけど……まあ、そのうち聞かれるだろうから後回しでいいや。今畳みかけたら、それこそウチらが不利になるだろうし。

 これを聞いたラウバ会長の反応はというと、険しい表情でただ頭を悩ませるのみだった。


「なぜ国王ともあろう者が、そんなマネをしたというのだろう? シスター・クラリス、君がそこまで追い込んだという可能性もあるが……正直に答えてくれるかな?」


 あの一連の流れを口で伝えるのって、結構ムズいんだよなぁ……。

 まず『分身』の魔導書の性質から説明しなきゃだし、それでランドとのいざこざの結果、ついで感覚でベットランドは消滅したんだ。いや、というのが正しいのかもしんないな。


「――これも信じてもらえるかは分かりませんが、責任をもって私の口からお伝えします。ベットランドの国王、ランド・ベットランドは『自覚のある悪魔』でした。ヤツは人々の『歪んだ顔を見る』ためだけに行動しており、ベットランド王国もその一つに過ぎなかったのです……」


 ラウバ会長に真意が届いているかはさておき、ウチはヤツと違って、嘘一つない正直な言葉を伝え続ける。ベットランドが作られた理由と、それが消滅したことで何が起こったかを。


「……ただ一人、分身でないニドだけが取り残されたんです。そして彼が真実を知ってぐしゃぐしゃに歪む顔を、ランドは死に際に見ることで、満足そうに消滅していきました……」


「――そうか。ここから遥か南のベットランドで、そのようなことが……。そしてランドによる最後の抵抗が、今回の『指名手配』であったと。かなりムリはあるが、ありえない話でもない。ひとまずベットランド王国の件については、この辺りで終わるとしよう……」


 ふぃ~……やっとこのバカみたいに狭い部屋からおさらばできる……。


「さて、次にだ。君と咆獣人の二人は、旧ベットランド王国近くの町で牢に入れられていたわけだが……今こうして、シスター・クラリスと対面して取り調べをしている。これはどういうことか、詳しい説明をしてくれるだろうか?」


 いや、まだ終わりじゃなかったのかよ! 確かに牢屋からは脱走したけどさ、それはウチらが裁判なんて長い時間を待ってらんないからで。イルガが悪魔化しないように、いち早く教会まで帰んなきゃダメだからで……! ああ、なんて説明すればいいんだよ~!


「それは、その……逃げたのは逃げましたけどぉ……」


「それは分かっている。気がかりなのはそのだ。君は遥か南から海を越えて、しかもたった一晩で教会に帰り着いている。いくら魔法や魔導書の力を駆使したとしても、ほぼ不可能に近いのだよ」


 そうだった、冷静に考えればそっちの方も怪しまれるよなぁ。

 勇者の適正を持つ子どものシスターと、旧ベットランド最強の砲獣人。コイツら二人が追手から逃げながら、無事に教会に帰る……うん、どんだけウチらを強く見積もってもムリだな。どうやって海を越えんだって話になる。


 えぇ~……じゃあラウバ会長にも、ウチが神様だってことをバラす? なんだかんだ口は堅そうだし、一応納得しそうではあるけどさぁ……。


「どうしたのだシスター・クラリス、何か隠しごとでもあるというのか? 正直に行動ができないシスターには、教会に従事する権利も、神様を信仰する権利もない。今の君はといえるが……何か反論はあるかい?」


 シスター失格、ねぇ……。地域教会長からすりゃあ、ウチは確かに失格なのかもしんないね。だってウチは最初から、嘘をつき続けてきたんだもん。

 『記憶喪失美少女シスター』? そんなの、正体を隠すための真っ赤な嘘でしかない。記憶喪失でもないし、もう美少女しか残ってないね。まあ、ウチは軽く千年以上生きてるからそれも嘘なんだけど……。


 ――それでも。『神様を信仰する権利もない』ってのは絶対に違う。

 ウチがクラリスとして起こした行動は全て、たった一人の神様を信じてきたものだから……。


 この世界で一番『神様』って存在を信じているのは、ウチ神様じゃなきゃありえないんだよ。


「――実はウチの正体って、その神様だったりすんだよね~……とか言ってみたりして。これまた信じられないことだと思うけど、今度こそ絶対に信じさせるから。そうだなぁ、今この場でウチが、神様だって信じてくれる?」


「ええと……シスター・クラリス? あまりにも突飛な発言なもので、まだ上手く理解し切れていないのだが……君こそが、儂らが信仰する神様だと言うのかい? さすがにそんな話、とてもじゃないが信じられなっ……!?」


 ラウバ会長が言葉を言い切る前に、ウチはたった一つの『真実』を頭じゃなく心に刻みつけてやる。よかったなぁ、生きてるうちに


「……これで信じてくれた? 昨晩、ウチはニドを連れて遥か上空を飛んだんだよ。だからすぐに教会に帰れたってわけ。こんな感じでね~」


 も一つおまけに奇跡とやらを見せてやる。爺さんには刺激が強すぎたのか、ほとんど気絶した状態で、拍手だけ送ってくれている。

 こうしてみると、やっぱ神様ってのは人間にバレちゃまずい存在なんだなぁ……。ラウバ会長に肩を貸してやり、ウチらは取調室を後にするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る