第26話 神様バレ

 まさか、弟子を連れて空を飛ぶことになるとは思わんかったぁ……。


「おい待て、なんで俺たち空を飛んでんだよ! 絶対手ェ放すんじゃねェぞ!」


「まあ……その辺は内緒ってことで。このまま一気に教会まで戻るから、そっちこそウチにしがみついててよ!」


 両脚で空気を蹴ってスピードを上げる。雲ほどじゃないけど、しっかりとって感覚もある。コイツを続けていけば、数分したら城下町が見えてくるはずだ……。


「どう? 下には誰もいない!?」


「こんな高い所から下が見れるわけねェだろ! 怖すぎるわ!」


 ダメかぁ……確かにこの高度じゃ、人間も砲獣人ビスタルも落ちたら死んじゃうもんなぁ。そんな頼みをさせる方が酷ってことだな。じゃあ、誰にも見られないくらいの速さで行くしかないな!


「もっとスピード上げるよ、しっかり捕まってて!」


「なあ待てよ、待ってくださいよおおおお! ぎいやあああああっ!」


 うるさい弟子をさっさと黙らせるためにも、ウチは空気を蹴って満天の夜空を突っ走っていく。黒い海を越えて、深い森を越えて……やがて背の高い、レンガ造りのあの教会が見えてくる。


「もう降りるから! さっさと口閉じて!」


「ああ分かった……んっ、んん~! んぐぐぐ~!」


 よ~しそれでいい! あとはペースを落としながら、誰にも見られないような場所に降り立てば……っと。教会近くの人気のない森が、かすかに揺れる。


「ふぃ~……これでひとまず安心だね~。問題は牢屋にいた間に、兵士たちが城下町の方まで来てないか、ってことだけど」


「仮に来てても、俺たちなら返り討ちにできんだろ。特にお前はな」


「当たり前じゃん。なんたって『悪魔殺し』らしいし?」


 軽口を言い合いながら、ウチらはゼラヴィア教会に到着。まさか一日で帰って来るとは思わんだろうなぁ……まあ、本人もそう思ってんだけど。


「ただいま~!」


「おかえりなさい。いや、当日に帰ってくるとは思ってなかったもん……」


 いち早く出迎えてくれたのは意外にもシルフィナだった。といっても時間が時間だし、マキやイルガは寝てるのか。だとしたら妥当かもしんないな。


「あの、後ろの砲獣人の方は誰だもん?」


「ウチ……んん、私の新しい弟子のニドだよ。『分身』の魔導書を手に入れたついでに、なんかついてきたって感じ」


 色々と説明は端折ってるけど、大体そんな流れで弟子になったからなぁ。というか、今はあんまりその辺りのことには触れないでほしい……ウチら、指名手配中だから……!


「そうなんですね、でもニドさん用の部屋がないもん。明日にでも増設しますか?」


「かなぁ……今日は私の部屋を貸したげるから、ニドはそこで寝て」


 ウチは最悪寝なくてもなんとかなるし、礼拝堂でテキトーにボーっとしとけば、そのうち朝になるっしょ。それに、追手が来てもすぐぶっ飛ばせるし。


 とりあえずの方針が固まったところ、礼拝堂の奥から何やら人影が動くのが見えた。マキを起こしてしまったみたいだなぁ……寝てたのにごめんね。


「――なぁにぃ、こんな時間に誰か来たの? なぁんだ、と……あなたは誰?」


「「か、神様!?」」


 マキぃぃぃぃ! 寝ぼけててもそれだけは絶対に言っちゃダメっでしょ!

 今まですんでのところで隠してたのに……今回もギリッギリバレないと思ってたのに……。


「……はっ! こ、こここ、これは違うの! 寝ぼけててクラリスが神様っぽく見えただけなの!」


「マキさん、まるで神様をような口ぶりだもん……」


「うぅっ!」


 もう何を言っても自爆にしかなんないじゃん。これ以上隠すのはムリかぁ、二人はもうしゃーないから黙っててもらって、イルガにだけはバレないようにしよ……。


「なんか騒がしいと思ったら……。まさか師匠が帰ってきてて、しかも正体が神様だったなんて……」


 ぎゃああああ、イルガにまでぇぇぇぇ!

 どうしよう、指名手配されてるのに加えて、神様なのもバレちゃったじゃん! この状況をひっくり返せる方法とかあんの? もうムリじゃない?


「すっげええええ! まさかオレ、神様を相手に修業できてたんですね! そりゃあ速さで追いつけないわけだ……」


 興奮と同時に『もう絶対に勝てない』という絶望感がイルガを襲う。いくら修業したって、その結果が覆ることはない。それに、ウチが『勇者の適正デュナミスを持っている』のも真っ赤な嘘だときた……。


 つまり、ただの修業では到達できないほどの『差』を思い知らされたのだ。


「今まで騙しててごめん。事情があって、ウチはシスターのフリをしてたんだ。ねえマキ?」


「そうですね~……バレちゃったならもう仕方ないですね。一から全部説明するとしますか~」


 ――マキは一つずつ、淡々と説明し始めた。


 ウチが逃げ込んだ先で、本当に偶然マキと出会ったこと。

 ゼラヴィア教会を立て直すべく、ウチが『記憶喪失美少女シスター』として行動していたこと。

 もともとウチが着ていた服を売りに出して、さも『神様のいる教会』として注目を集めたこと……まあ、これは嘘であり本当なんだけどね~。


 こうして事実だけを聞いてると、虚飾の悪魔であるランドと嘘さ加減はそこまで変わんないんだなぁ……。『ウチは神様ウチを信じる』だなんて、見ないフリしてごまかしてた。

 この真実を聞いて、イルガやシルフィナはどう思うんだろう……?


「……全然気づかなかったー! 師匠もマキさんも演技上手いんですねー!」


「……まんまと騙されたもん。だけど、シルフィナのような昆虫人ヴァセクトも助けてくれた! その心は本物だもん!」


「二人とも今まで騙しててごめん……本当にありがと!」


 神様だと隠していた時の窮屈さが一気にとれて、ウチはその場に座り込んでしまう。もう二人やニドには気を遣わなくていいんだ、堅苦しく接しなくていいんだ……。『クラリス』を支えていたものがいい意味で崩れて、脚の力が入んなくなったんだろう。


「――それで神様、教会に帰ってきたってことは『分身』の魔導書を手に入れられたんですよね? 早速お金が増やせるか実験しましょ! ね? ね!?」


 それはそれとして、マキは魔導書について聞いてくる。ああもう欲が出てるって、欲が!

 そもそも『分身』の魔導書はお金稼ぎのためじゃなくて、人手不足の解消に使うためでしょうに。まあ、そんなこと言いつつウチらも金貨を増やしたけどさぁ……。


「ニド、あのお金見せてあげてよ。結局使わなかったヤツ」


「そういやそんなもんあったな。ほらよ、ざっと五十枚分はあるぜ」


 マキは金貨の入った袋を受け取ると、すぐさま封を開けて中身を確認する。なんだその、シスターとは思えないほどのがめつさと手際の良さは。シルフィナもニドもドン引いてるじゃん。逆にイルガは尊敬の眼差しを送ってるけど、こんなんに憧れるのは絶対やめとけ?


 あんまりマキを調子に乗らせるとロクなことになんないので、ちょっとしたお仕置きでもしとくか……。


「確かに増えてる……さすが『分身』の魔導書! こうなったらシスター引退! 後進の育成に方針を切り替えて、私はこの魔導書を使って一生遊んで暮らあああああっ! 金貨が消えてりゅううううっ!?」


「はぁ……あんたがシスターを辞めたら、ゼラヴィア教会ここでの『人助け』はどうすんの? ウチがクラリスとして教会を支えてる間、他のシスターを連れてこれんのって話だよ」


 分身したたくさんのウチが信者たちを対応しつつ、神様としての力を発揮して人助けをしていく……なんだ、その頭がおかしくなりそうな光景は。せめてマキたちもいてくれないと客足も遠ざかるでしょ、だって不気味すぎるもん。


「確かにそうですね~……クラリスに続くスターシスターを発掘しなきゃいけないかもしれないですね。そのうち城下町の女の子にスカウトでもしましょうかね」


「絶対やめとこ!? というか、スターシスターって何!? ウチって、マキの中でそういう扱いだったんだ……なんか納得いかんなぁ」


 いや、ちゃんとシスターになりたい子を迎え入れよう? あんただって家業だから教会を継いだだけで、本当はシスターになりたくてなったわけじゃないんでしょ? なんでそれと同じことをしようとしてんだよ。そして『スターシスター』ってめっちゃ言いづらいな!


「とにかく、新しいシスター問題は明日以降考えるってことで。ウチらが起こしといてなんだけど、もう遅いからみんな寝よ? じゃあおやすみ~……」


「「「「おやすみなさい」」」」


 『分身』の魔導書も手に入れられたし、教会の今後の方針もやんわり固まった。ウチも明日から神様としての力を小出しにして、ちゃんと人助けしていこう。

 あれ? でもなんか忘れてるような……まあいいや、忘れるくらいなら大したことないってことだし。寝よ寝よ……。


 ――翌日、ウチは教会の扉が強く叩かれる音で起こされた。

 なんだぁ? まだ開いてないのに随分と熱心な信者だなぁ……マキもまだ寝てるし、とりあえずウチが対応するかぁ。精一杯手を伸ばして扉を引く。申し訳ないけど、時間を改めて来てもらおう……。


「――おっと、自分から捕まりに来てくれるとはな。シスター・クラリス」


 えっ、捕まり……うわああああっ! そうだった、ウチらって指名手配されてたんだったああああ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る