第25話 嘘まみれの真実

 町の人間たちはウチらを囲み、どこにも逃げられないように圧をかけてくる。なんでここまで敵対視されてるかは分かんないけど、コイツらに嫌われるようなことは絶対にしてないはずだ。そもそも、今この瞬間に初めて会ったわけだし。


「なんで俺たちを囲んでまで敵視してる、何か理由でもあんのかァ!?」


 ニドが周囲を見回しながら、全方向へと威嚇する。しかし逆効果だったようで……。


「きゃああああっ! なんて凶暴なんでしょう!」


「間違いない、やっぱりコイツらが!」


 ――結局、ウチらの印象をより一層下げることとなってしまった。なるほど、そういうことね。

 ランドの作り出した『分身』だったとはいえ、さっき確かにベットランドある国は滅亡した。何もかもが誤解な、嘘まみれの真実。虚飾の悪魔であるアイツが残した、最後の抵抗ってヤツかぁ……。


「待て、俺たちは国なんて滅ぼしてねェ! ベットランドの王が、国を更地にしただけなんだ、俺たちがやったことじゃねェんだよ!」


「ならばなぜ、王が国を更地にさせる必要があった? お前たちが国に攻め入ったからじゃないのか!?」


「違う! 俺がそんなことするわけねェ!」


「口ではなんとでも言えるわ! こうやって手配書も出ているように、あなたたちはもうのよ! だからどこにも逃がすわけにはいかないの!」


 ランドのヤツめ……めっちゃ面倒なことしてくんじゃん! ウチらが悪いにしろ、そうでないにしろ、その手配書ってのが出ている以上は『悪い』んだろう。

 しゃーない……もう誤解を解くのはムリそうだし、抵抗せずにじっとしとこう。どうせこの町に泊まるつもりだったし、迎え入れの仕方が荒かっただけってことで……。


「――分かりました。どんな悪い噂をされてるかは知んないですけど、別に私たちは逃げませんから。警戒を解いてください」


「おいクラリス! それでいいのかよ、兵士に捕まるかもしれねェんだぞ!?」


「ダメだニド、今はそんなこと言ってらんない! ……とにかく、私たちは直接攻撃されなければ、なんの抵抗もしません。それでいいでしょう?」


 これで攻撃されれば、相手が立てないくらいやり返せばいい。ここにいる全員が気絶でもしたら、その時はテキトーに町から逃げよう。ニドは分かんないけど、少なくともウチはその方法をとれる。だって、人間の攻撃なんかじゃ死ぬわけないもん。


「――ついて来い。お前らは牢屋に入れてやる!」


 見るからに町で一番偉そうな爺さんに手を引かれ、ウチらは暗く狭い牢屋に閉じ込められる。ニドが必死に体当たりしているが、鉄の扉は全然びくともしない。とりあえず、人間の力じゃ出られないっぽいな……。


「おい、なんであの時逃げようとしなかったんだよ。何か策でもあんのかァ?」


「ないよ。今日のところはとりあえず泊まれるから、牢屋でもいいかなって」


「あのなァ……俺たちは国なんて滅ぼしてねェ、それが真実だろ? だったら、なんでそれを分かってもらうまで抵抗しねェんだ、ってことだ」


「そりゃあ、一生分かってもらえないかもしんないからっしょ。あの感じだと、ウチらの言うことなんて絶対聞かないじゃん。だったら、こうやって大人しくしとく方がいいっしょ?」


 ウチらは今『犯罪者』だ。そんなヤツらの言うことなんて、きっと一ミリも信じてもらえない。殺されようでもしない限りは、何もしないのが一番ってわけだ。


「とりあえずご飯食べよ? アグリがやってたようにさ、木属性の魔法でパンを作って……こんな感じで!」


 手のひらからパンを二個作りだし、片方を弟子にやる。魔法がある以上飢え死ぬことはないだろうから、コイツもある程度は生きていけるはずだ。水は……どさくさに紛れて、ウチが用意しとくけばいっか。とりあえずはこの作戦でいこう。


「「いただきます」」


 昼に食べたサンドイッチとは違い、何も挟んでいない単純なパン。まあ、あの食材を出せないことはないけど、肝心の料理をどうやっていいか分からず、断念した。まあ、何も食べないよりかはマシっしょ。

 ニドはお腹が結構空いていたようで、パンを作っては食べ、作っては食べを繰り返していた。途中で『分身』の魔導書を使って、大幅な時間短縮まで行っていた……。


「――そういやさ、さっきに『兵士に捕まるかも』とか言ってたけど、もし捕まったらどうなんの?」


 ウチはふと気になったことをニドに聞いてみる。兵士ってのは、ウチがゼラヴィア教会に逃げ込むハメになった、あの鎧を着けたヤツらのことっしょ? 悪いヤツを捕まえる存在ってのは分かんだけど、じゃあその罪人が、その後どういう末路を迎えるかってのは、全然分かってない。最悪、殺されたりすんのかなぁ?


「そうだな……今みてェに牢屋に閉じ込められたり、本当にその罪を犯したかっていう、裁判をやったりするらしいぜ。詳しくは分かんねェし、そもそも分かってちゃダメだろ」


「確かに、そりゃあそうだわ。じゃあ裁判で『やってない』ってみんなに分からせればいいってことかぁ……」


「まあ、簡単に言えばそうだな。だけど裁判に勝つのは難しいって聞くし、そもそも裁判が始まるまでに結構な日数がある。教会に帰れるのはいつになるか分かんねェよ」


 超面倒なことやってくれたなぁ、あの悪魔め……。

 こうしてウチが教会を留守にしてる間に、城下町が再び悪魔の襲撃に遭ってるかもしんないってのに。とにかくイルガが悪魔化してないことを祈りながら、裁判までの長い日々を待つか?


「あ~あ、クラリスが教会に殴り込みに行ったから、神様からのバチが当たったのかもなァ。いきなり焦って行ってたもんなァ~?」


「いや、言うけどウチもシスターだからね? それに、神様からのバチなんてのは、人間には絶対当たんないよ……これだけははっきりと言える」


 バチが当たったのは悪魔であるランドの方だ。そのせいでウチはまだしも、ニドまで不憫な目に遭ってんのは申し訳ないけど……。


「おいおい。いくらシスターだからって、そんな無責任なこと言っていいもんなのかよ? 分かった、そうやって都合のいいようなことを言って、信者たちから金を貰ってんだな! そういうカラクリかよォ~!」


「――かもね。じゃあさ、ウチが、あんたはどうする?」


 牢屋に閉じ込められて多分数時間が経った。少しだけ差し込む月の光からして、今は夜だ。

 ……あるにはあるんだよ。この状況を打破できる、唯一の方法ってのが。だけどそれは、奇跡を目撃するヤツが『秘密にすることで』初めて成り立つ荒業。


「ねえニド。今からのできごとは、絶対に誰にも言わないでね」


「お、おう……それは分かったけど、一体何をしようってんだ? ここから逃げる方法でも思いついたのか!?」


「そんなとこ。じゃあ危ないから、そこからちょっと離れてて。あと驚いても静かにしてて」


 ウチは鉄の扉の前に立ち、思いっきりソイツに対して右の拳を振り抜く。

 『ベットランド最強』のニドがあんなに体当たりしても傷一つつかなかった扉が、丸い凹みを作って床を力なく転がる。大声を出さないかニドの方を確認すると、彼は必死に両手で口を押えていた。ありがとう、それで百点満点だ!


 ウチはニドの腕を引っ張り、そのまま牢屋の外へと出る。追手が近づく前に、そもそも気づかれる前に。

 何もかも遅すぎる町のヤツらなんて目じゃないって、ウチらは北の夜空に向かって文字通りのだった。

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