第20話 嘘だろ……

「師匠は今ごろ、海を渡ってるところですかねー……?」


「まああの子なら、もうそこまで着いててもおかしくないね~」


 さすが師匠だなー! もしかしたら、明日には教会に帰ってくるかもしれねーってことだろ? いくら勇者の適正デュナミスを持ってたとしても、オレはまだその段階にまでいけてねー。

 師匠が『分身』の魔導書を持って帰るまでに、少しでも強くなっとかねーとな……ここで弱いままだと、あの人の弟子を名乗る資格ナシだ。


 じゃあどうするか……そんなの修業あるのみだ!


「しゃー! オレ、城下町の見回りに行ってきますね!」


「おう、いってこ~い」


 マキさんに見送ってもらい、オレは城下町まで全力で駆けていく。師匠が前にいないと違和感あるな。追いつくべき目標がねーと、イマイチ走るのにも身が入んねー。

 この辺りで足が速いヤツとかいれば、ソイツと一緒に走り込みの修業をすんだけど……。


「まあ、そんな都合のいいヤツなんていねーよな……」


「ねえねえそこの勇者サン。都合のいいヤツってさ、例えばのコト?」


「――誰だっ!?」


 今、確実に『勇者』って言ったよな!? ってことは、少なくともオレがどんなヤツかってのを、向こうに知られてるワケだ。

 周りを見回しても、人の影すら見えねー。だけどこうしてオレと会話できるってことは、ヤツも勇者か、それに匹敵する適正を持った人か……。


「おいおい、そんなトロい動きじゃボクルビを入力…には一生追いつけないヨ? それどころか、ボクを敵わないかもネ……」


 ちょっと動きが速いからって、人のことを好き勝手言ってくんじゃねーの……。

 確かに今のオレはオメーよりは速くねーけど、いずれブッちぎってやるし、そもそも戦いは速さだけで決まるモンじゃねー……。


「オメーがどこの誰だか知らねーけど、オレは絶対オメーなんかに負けねー! どっからでもかかってこい!」


 今は城下町の見回りより、売られたケンカをきっちりと買う……。オレの中での優先順位は、こっちの方が上だ。都合よく修業の相手が現れてくれたしな。

 さあ、近くまで来てみやがれ……師匠との修業で鍛えた実戦の技術で、返り討ちにしてやっからよ!


「よきよき! その意気だよ、それでこそボクの『オモチャ』たり得る存在ダヨ……! イ~ル~ガ~たああああんッ!」


 まだ姿は見えねーけど、オレを呼ぶ声がだんだんとデカくなってくる……ちゃんと近づいては来てんのか。あと、さらっとオモチャ扱いすんな!

 いや、そんなどーでもいいことに怒るより、今はコイツを倒すことを考えろ……。純粋な速さ比べじゃ、ヤツに勝つのはまずムリだ。確実に一発はもらうことになる。


 ――だったら! 一度コイツの攻撃を受けて、それと同時に腕なり脚なり掴む。そして全力でブッ叩く……!


「あらあら? まだボクのことを目で追えてないみたいだネ。じゃあ……たった一発で、キミのことを!」


「何言ってんだオメー、そりゃあこっちのセリフだっ、ぐああっ! ……でも、しっかり掴んでやったぜ!」


 なーにが『一発で壊す』だ。ちょっとは効いたけどよ……こんなの師匠の一撃に比べりゃ、大したことねーんだよ!

 殴られた腕を手繰り寄せ、ヤツとついに正面で向き合う。もう逃げらんねーぞ? 今さら後悔しても知らねーぞ!?


「やれやれ、やっと目が合ったネ。キミの運命の……が迎えに来たヨ~!」


「悪魔ってオメー、人じゃなかったのかよ! あと結婚する予定はねーよ!」


 おいマジかよ、悪魔って人の言葉を喋れんのかよ! オレは勇者だからコイツを見ても精神に異常をきたさねーけど、城下町のヤツらはそうじゃねー……この腕だけは絶対に離したらダメだ! この前みてーな事件が起きちまう!


「いやいや、人じゃないのはキミもそうジャン。ほらボクのじゃなくてさ、キミの腕も見てみなヨ……これでも『フツーのヒト』って言えるノ?」


 ――おそるおそる、オレは自分の腕を見てみる。コイツの言う通り、確かにオレの腕は掴んだものと同じ紫色へと変化していた。


「嘘だろ……オレが悪魔に!? おいオメー、一体オレに何したんだ!? 人が悪魔になるなんて、そんなバカなこと考えらんねーだろ!」


 まさか……コイツが城下町の人たちを悪魔にして、町を襲わせたってのか!

 絶対許せねー! 今ここでコイツをブッ倒して、みんなの仇をとってやる……!


「おいおい、腕を握る力が強くなってきたんだケド? もしかして、お嫁サンであるボクを殺そうっていうノ? 今のキミじゃ絶対ムリなのニ。だって、悪魔としての『格』が違うんだモン」


「何が格だ、そんなモンはオレには関係ねー! オレは勇者として人を守り、助ける……それがオレのやるべきことなんだ!」


「――バカバカしいネ。キミさぁ……仮にボクを倒したとして、その体で町のみんなや、教会の仲間たちのもとへ帰られると思ってんノ? キミの体はもう『悪魔』ナノ。ボクと一緒に、誰も寄りつかない世界に来ることが決まってんダヨ。暗くてじめじめして、地上に溢れる『キラキラ』が一つもない世界にネ……」


 改めて紫色の腕に視線をやる。心は人のままなんだけど、体は全くの別物に変わっちまった。確かにこの姿は師匠やマキさん、シルフィナや教会のお客さんたちには絶対に見せらんねー。いくら言葉で『オレだ』ってことを伝えても、信じてくれるヤツがいるかどうか……。

 だけど、このままオレは悪魔として生きなきゃなんねーのか!? まだ師匠たちには何もしてあげられてねーし、姉さんとの約束も……おい待て。


「――なあ悪魔。オメーはこの前、城下町にいた人たちを悪魔にしたのか?」


「うんうん、半分だけ合ってる……って感じカナ。ボクが触ったのは『自覚のない悪魔』ってヤツだネ。まさしくキミがそうで、キミは悪魔であるボクに触れられたことによって、それまで眠っていた悪魔としての体が覚醒シタ。だからキミやキミのお姉サンは、もともとは悪魔ナノ」


 ……はぁ? なんだよ、オレも姉さんもフツーの人じゃなかったってことかよ! でもオレには勇者の適正があるはずなんだろ? 悪魔が悪魔を倒すってワケが分かんねーよ。

 それか、今までのことは全部嘘だってのか……!?


「オレ、勇者じゃねーのか? じゃあオレはどうすべきなんだよ、このまま悪魔として生きなきゃなんねーってのかよ……!?」


「あーあー、会いたかったなぁ義姉サンニ。悪魔化させたけど、割とすぐにやられちゃったみたいでサ。まさかあんなのが、キミの近くにいるとは思わなかったヨ~……」


 姉さんの行方はあえて聞いてなかった。そうか、師匠が倒したんだな……。

 ――その場で崩れるしかないオレに、悪魔は耳元でこう囁く。


「ふふふふ……大好きダヨ……」

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