第21話 交換条件

 まだ戦いが始まっているわけでもないのに、決闘場の熱気はどんどん上がっていく。そんなにウチの存在を知られているのか、そう考えると悪い気はしないかなぁ。


「ニドと特別ゲストのクラリスは、メインマッチだから最後にやるとして……若手で活きのいいヤツはいるのか? いつまでも『ベットランド最強』だけでは、人気は続かんぞ」


 ランド、妙に生々しいことを言うなぁ……ここって『戦士と博徒の国』じゃなかったっけ? 少なくとも、博徒からの人気は安定してると思うんだけど。それでもダメなの?


「若手か……コイツらの実力は確実に上がってるが、肝心の数が少ねェ。他国から戦士を流入させねェと、。こっち側の活きは保証するから、もっと参加者を増やしてくんねェか?」


 仮に決闘の参加者がここにいる戦士だけだと、さすがに人数が少なすぎるよなぁ。他国からの戦士が欲しいってなら、それこそイルガに実戦経験を積ませるのはアリかもしんない。


「なるほど……分かった。今後は積極的に他国へと赴き、戦士たちを引き抜くとしよう。それでは……本日の決闘も存分に頑張ってくれ!」


「「「「「うおおおお~!」」」」」


 ランドの呼びかけに、戦士たちは最大限の盛り上がりで応える。本当に暑苦しい……。

 一旦コイツらが落ち着くのを待って、ウチは日頃ここで戦っている戦士たちに、気になっていることを聞いてみる。


「ねえみんな聞いて……そもそもさ、なんでウチは『悪魔殺し』って噂になってんの?」


 ――ウチのことを話題にして名前を出すのはいい。だけど問題はそのだ。

 さっきランドに同じような質問をした時には、ウチは『戦士として広まってる』ってことしか返してくんなかったからなぁ……もう少し分かりやすい説明をしてほしいわけだ。


「……それはやはり、城下町に出現した悪魔たちを退治したから、ではないでしょうか? 悪魔を倒したとなると、その噂は海を越えますよ。あまり言いたくはないのですが、この場にいる誰よりも強いかもしれませんしね……」


 奥の方から、一人の咆獣人ビスタルが答えてくれた。さっきのニドとは全く違う毛色での対応だ。見た目の毛色は全く同じなのに。


「おいアグリ、新人に馴れ馴れしく接してんじゃねェ!」


 さっき『他国から参加者を引っ張り出せ』って言ったのはあんただよね!? いくら相手が戦士とはいえ、人間を迎え入れる態度としては絶対間違ってるから!


「兄さん、そうやって新人の方に優しくしないのはダメだって言ってるでしょ。せっかく遠い所から来てくれたんです、決闘までの数時間、自分が色々と教えますよ!」


 どうやらコイツらは兄弟みたいだな。ほとんど同じ顔してんのに、こうも性格が違うもんなんかねぇ。なりゆきで決闘をすることは決まっちゃったわけだし、とりあえず時間まではアグリについていくとするかなぁ。


「ありがと、じゃあどこか落ち着く所で話を聞かしてよ。ここだと他のヤツらの圧がすごいし……ね?」


 聞いててなんだけど、ちょっと話しただけで怒るヤツがいる決闘場でこれを頼むのは、少し無茶な話だったかもしんないなぁ。アグリはニドの方を確認し、その顔色をうかがう。


「――もう勝手にしろ、さっさと行けェ!」


 まあ、とりあえず許可は出たみたいだな。一度決闘場を後にし、アグリを連れて教会へと向かう。ランドには悪いけど、他に落ち着いて話せる所もなさそうだからさ……。


「アグリに……クラリスか。一体どうしたのだ?」


「この国や決闘のことについて聞きたくて、彼に来てもらったんです。私は色々と噂されてるようなので……ここだといいかなと思いまして」


「そうか、吾輩もクラリスと話しておきたいことがあったからちょうどいい。入りたまえ」


 ランドはウチの正体を知っているからか、割とすんなり教会に入ることができた。アグリは教会に慣れてないのか、入るやいなや部屋中を見渡している。


「では吾輩の話からさせてもらおう。クラリスよ……このベットランドで、戦士として興行に参加し続ける気はないか? さっきニドが言った通り、今は若手の戦士が少ない。そこでクラリスが正式に参加すれば、しばらくの間人気を維持できると思うのだが……どうだ?」


 他国からの戦士って、ウチのことかい……そんなこと急に言われたって、ウチには既に『ゼラヴィア教会』って居場所がある。そこで『人助けをする』ってのが当面の目標なんだ、だからベットランドで戦士として戦いの日々を送るのはムリだ。


「もともとここへ来たのは戦いをするわけではないので、さすがにずっとここにいるのはムリですね。代わりといってはなんですが、私の弟子をしばらく決闘に参加させるのはどうでしょう? 勇者の適正デュナミスを持っているヤツなんですが……」


「なにっ、勇者の適正!? もしそれが本当なら、話題性としては抜群だが……よいのか?」


 まあ、イルガは『修業』という単語さえつけてれば、基本的になんでもやるからなぁ。ただ基礎を固めてるだけの現状だとアイツの成長も止まるだろうから、それらを試せる機会も設けるべきだ。


「はい、帰った時に提案しときますね……そうだ、それに対してのお礼をするつもりで、一つ頼みを聞いてもらえませんか?」


「ああ、聞くだけなら別に構わんよ。言ってみてくれ」


「では、この国にあるとされる『分身』の魔導書を、私たちゼラヴィア教会に譲ることはできますでしょうか?」


 ――ウチがわざわざ海を越えて、このベットランドへと来た理由。

 急激な信者の増加による人手不足を解消するために、誰にでも扱える無属性のそれを手に入れる……。


「……分身? なんですかそれ!?」


 魔導書の存在を全く知らないであろうアグリが驚愕する。そしてランドの方はというと、玉座にて脚を組みなおして、軽くため息をつく。


「ふぅむ……まさか魔導書の存在が知られていたとは思わなかったよ。君が欲しいのは、これだろ?」


 ランドは玉座の下側から白い魔導書を取り出し、それを即座に二つに増やす。そうか、今の間に『分身』の魔導書をのか……。


「すごい……こんなことがありえるのですか!? そして、なぜクラリスさんはこの魔導書の存在を知っていたのですか!? もう自分には、何がなんだか分かりません!」


 ウチとランドの問答を前に、アグリは自身の頭を手で押さえながら叫ぶ。

 確かに今のやり取りは、アグリにとっては謎でしかない。しかし今の状態でイチから説明したとて、彼をさらに混乱させるだけだ。まずはこっちを一旦落ち着かせないと……。


「落ち着いてアグリ! まずは深呼吸して……!」


「すぅ……はぁ……すみません、取り乱してしまいました。ですが、ベットランドにそんな技術があるなんて思いませんでしたよ」


 まあ、そうなるよなぁ。ウチも最初に聞いた時……というか、今こうやって目の当たりにするまで、そんなシロモノがマジにあるなんて思わなかったもん。

 二人に事情を説明し、魔導書の存在を知った理由と、それを欲する動機を知ってもらう。


「そういえば、ゼラヴィア教会は『神様が着ていたとされる衣服』が発見されたんでしたね。だから客足が急に増えた、と」


「なるほど、神様の服が……それは確かに縁起が良さそうだな。神様というものは、案外近くにいるのかもしれないな……」


 ランドは一瞬だけウチの方を向いて、そうつぶやく。案外近くに、というより今ここに。

 勇者の弟子がいるのも、城下町を救えたのも、その噂が立ってから割とすぐにここに来れたのも……。


 ――全部全部、ウチがマジに神様だからなのだ。

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