第18話 ベットランド教会
「それじゃ、いってきますね」
一夜明け、ウチは三人に見送られながら教会を旅立つ。『分身』の魔導書はここからずっと南に行った先にあるらしい。海を越えたら国があるとか、そんな感じのことをシルフィナが言ってたっけ……とにかく歩いてけば見つかるっしょ。
「もう誰も見てないよね? 前後左右……よし!」
四方を指差して、周りに誰もいないことを確認。できるだけ音を立てないようジャンプして、そのままの勢いで上空へと飛ぶ。テキトーな雲の上に座り、南へと進んでいく。
「雲も久しぶりだなぁ。思ったけど、雲って寝心地良さそう……って思ったけど、コイツはダメだなぁ、お布団の方が全然ふわふわしてる」
雲は当たり外れが激しい。大きさや厚さなど、同じ雲でもその性質はバラバラだったりする。今回はあんまり良くないものに座っちゃったみたいだ。まあ、どうせすぐに捨てるからいいんだけど。
「これが例の海か、青が綺麗だなぁ……」
居心地は悪くても流れる速さはそこそこ速かったようで、雲はもう海の真上にさしかかろうとしていた。コイツを『越えるのに時間がかかる』となると、ここからが本番って感じなのかなぁ……?
「時間かかるなら、こっからはウチだけで飛んでいくか……」
雲を乗り捨て、ウチは今よりさらに高度を上げる。人間からは絶対に見えないであろう地点まで上がったところで、体を前傾させて……。
「体なまってないか不安だけど……はぁぁぁぁっ!」
両脚で雲を蹴り、その反動で向こう岸までかっ飛んでいく。フツーに飛んでいくより、こうやって勢いをつけた方が何倍も速い。ここまで雲でやって来てて正解だったな。
見える景色が海の青一色でなくなったところで、ゆっくりと高度を下げていく。そのまま着陸すると衝撃で周りのものが全部吹き飛ぶし、一発でウチが人間じゃないことがバレちゃうからなぁ……。
「う~ん、バレにくい所とかないかなぁ? それか、逆にバレても大丈夫な場所とか?」
まあ、そんな都合良くいくわけな……。
「神様ぁぁぁぁ! 本日もベットランド教会教会長、ランド・ベットランドに生きる活力をお貸しくださいませぇぇぇぇ~!」
うん、都合良すぎるヤツいたわ……。
大声の聞こえた先にいたのは、ラウバ会長みたいな服装をした男。上からだと詳しくは分かんないな。要はこの地域にも、ゼラヴィアみたいな教会があるってことかぁ……。
というか、こんな朝早くから外で叫ぶなよ。周りに人間がいないからって、フツーにうるさすぎない? せめて教会の中でやってくれよ。
「まあ、コイツ相手なら大丈夫な気がするわ……」
ソイツが怪我をしないように気をつけながら、ウチはゆっくりと地面に降り立つ。ほら、あんたはこれだけで生きる活力になるっしょ?
「か、かかかか神様~!? このランド・ベットランドの祈りに応え、ご降臨なされたのですか!?」
ああもう暑苦しい! マキとはまた違ったやりづらさがあるなぁ……教会のヤツらってみんなこうなのかな?
「いや、全然違うけど……勝手にそう思っときゃいいよ……」
「はい! そうさせていただきます!」
「いい返事だ。じゃあウチのことは誰にも言わないでね~、そんじゃ」
コイツの呼びかけには応えてやったけど、別にコイツ自体に用があるわけじゃない。とりあえずウチのことは秘密にしてもらって、さっさと行こ行こ……。
「――待ってください神様。その服……ゼラヴィア教会のものですよね? となると、あなたはもしや『悪魔殺し』のシスター・クラリス様ではございませんか!?」
……ウチの正体がバレてる~!? そして今回は逆パターン! 『神様』じゃなくて『クラリス』の方がバレたらヤバい時ってあるんだ……というか、悪魔殺しってなんだよ。
なんかツッコミどころが多いって。まだコイツのことすらよく分かってないのに、次から次へと言わなきゃいけないことが増えていく……。
「はいはい落ち着いて! なんでウチが海を越えた先でも有名で、よく分かんない呼ばれ方をされてるかは知んないけどさぁ……一旦落ち着こう?」
「神様がそうおっしゃるなら!」
返事一つとっても声がデカすぎる……『誰にも言わないで』って今言ったばっかりだよね!? なんでご丁寧に『神様が』って最初につけちゃうの!
「その大声もナシでお願い。このままじゃフツーに話してるだけでウチの正体がバレちゃうから、とりあえずあんたの教会に案内して?」
「はい、分かりました……」
「ひゃああああっ!?」
今度はウチの耳元で返事を囁いてきた。加減を知らんのかコイツは。このランドってヤツ、もしかしてイルガよりバカなんじゃないの? あっちが『修業バカ』なら、こっちは『神様バカ』かなぁ。このバーカ!
「教会はこちらです、ついて来てください」
ランドの案内に従い、彼の後ろを数分歩く。森を抜けた先には、人間たちが賑わう街が広がっていた。城のような建物を中心に、その周りを宿や学校が立ち並んでいる。その中にはちゃんと教会も建てられていた。
城下町とはまた違う景色に関心するのと同時に、ある疑問が浮かぶ。
「おお……でも待って、なんで海の近くでウチのことを呼んでたの?」
「それはですね! 吾輩による毎日のお祈りが『近所迷惑だ』などと、謂れのないことを言われるようになったからなんですよ! なぜです!?」
いや、そりゃあ謂れありまくりでしょ。だってあんたの声、上空からでも聞こえるくらいバカデカいんだもん。アレを朝からでしょ? 間違ってるのはあんただよ……。
「――それじゃ、ここからは私のことは『シスター・クラリス』として扱ってください。私もあなたに対して敬語で接しますので、いちいち驚かないでくださいね」
「はい……じゃなくて任せろ! い、行くぞクラリス! 吾輩の統率する、南の小国……ベットランドへ!」
南の国……そうか、ここに『分身』の魔導書があるのか!
というか、コイツが国を率いてるとはなぁ。要は、ベットランドで一番偉い人間なわけでしょ? まさかそんなヤツがクレームを出されて、毎朝海でお祈りしてるとか、フツー思わんじゃん。
「ここが教会であり吾輩の城でもある、ベットランド教会だ」
――それは
「え? じゃああっちの教会は何ですか? ベットランドには教会が二つある……ということですか?」
「アレは教会に見せかけただけの、ただの武器庫だ。ベットランドは小国だからな、外敵から身を守るための手段としてな……まあその辺はいい。あなたの望み通り、ここから先は教会で話をしようじゃないか。さあ、ついて来い!」
ゼラヴィア教会を代表して、ベットランド教会へと足を踏み入れる。
見た目だけならここがベットランドで一番栄えている建物だから、武器庫のようなごまかしをしていない限りは『分身』の魔導書はここにあるはずだ。
「さて、教会には吾輩しかいないので……もう敬語やめていいですか!? 恐れ多すぎますんで!」
「ああうん、おつかれ……」
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