第17話 『分身』を求めて

 ゼラヴィア教会の再始動からおよそ一週間が経った。初日の一件があったからなのか、かなりのペースで信者たちが足を運んできてくれている。

 本日分の反省会とイルガへの修業、ご飯やお風呂なんかも済ませ、ウチとマキは礼拝堂で雑談をしていた。外はもう真っ暗で、イルガとシルフィナはもう寝ている。


「ねえマキ、信者たちの『神頼み』にウチは応えなくていいの? 本人が目の前で聞いてるんだよ?」


 お祈りをする際、ウチらシスターは必ずその内容を聞く。当然それは『神様に叶えてもらいたい』ものなので、ウチに向かっている。そりゃあ神様だということはバレたくないけど、それでもただ『聞くだけ』なのはスッキリしない。

 せっかく叶えてやれるお願いもあったりするのに、それをしてやれないのは不甲斐ないよ。


「それですよね~……実は私も、ちょうど考えてたところなんですよ。せっかく神様がいるのに、聞き役にするだけなのは絶対にもったいないんです。人助けできるだけの力はあるのに、それを使わないんですから……」


 マキもそう感じてたんだなぁ……普段はお金のことばかり考えていても、やっぱりゼラヴィア教会のリーダーなんだなって。

 ――だからといって、どうやって神様だってバレずに、信者の願いを叶えるかなんだよなぁ。そもそも、神様だってバレたくない理由が『ウチ一人だけだと手が回んないから』なわけで。教会だと願いを直接聞いて応えられるけど、今のように信者がたくさん来すぎても困るのだ。


 あと、ウチが神様だってバレたら他の教会が全部潰れるか、ゼラヴィア教会の支部になる。今ですらかなりの数押し寄せてきてるのに、それが世界規模になるんでしょ? いくらゼラヴィアを世界一の教会にしようったって、一気に来んなって話だ。


「そうだ、神様って分身とかできないんですか? もし人数が増えれば、叶えられる願いの数もその分増えるじゃないですか。できないんですか? ちょっとやってみてくださいよ」


「あんたねえ……神様のことを何だと思ってんの?」


「そんなの『神様』に決まってるじゃないですか。なんでもできる神様ですよ~」


 うん、その神様は別に『なんでもできる』わけじゃないんだよね。あんたが思ってるようなヤツじゃないの。まあ……とりあえずやってみるかぁ?


「……できなくても文句は言わんでね?」


「文句は言わないですけど、それなりに失望はすると思います。『こんなもんなのかぁ』って」


 うざ……仮に分身できるとしても、絶対コイツの前でだけは見せたくねぇ……。そのくせ期待の眼差しで見てくるもんだから、結局はウチじゃなくてウチのにしか興味がないんだなぁ。ある意味素直なヤツだな。


「じゃあいくね……はぁぁぁぁっ!」


 前に全身を光らせた時と同じ要領で、体の至る所に力を入れてみる。今までの人助けは、神様であるウチのワンオペが当たり前だと思ってたから『分身すればいい』なんて発想はまるでなかった。確かにウチの数が増えれば問題ないじゃん……もっとやり方模索しときゃよかった……。

 今さら数千年分の後悔をしても遅い。とにかく溜めた力をあてもなく解放してみる。


「――どう? できてる!?」


「いや、ただ神様が大声を出しただけにしか見えないです。あとめっちゃうるさいです」


 ……まあ、そりゃあそうだよねとしか言えない。だってやり方が全く分かんないんだもん。パパやママからは教えてもらってないし、神様になってからも試してみたことすらないんだ。できなくて当たり前なのである。


「なんか師匠の大声がしたんですけど、何かあったんですか!?」


「虫が出たとかなら、シルフィナに任せるもん!」


 しまった! 今の大声でイルガとシルフィナのことを起こしちゃったか!


「二人ともごめん、ちょっとマキさんとの話し声が大きすぎたかも。なんでもないよ!」


「うんうん、別に何も起こってないから大丈夫だよ~! ただちょっと話してただけ!」


 ウチらは慌てて二人に向かって弁明する。とにかく、ウチの正体さえバレなければ大丈夫なんだ……落ち着けウチ……。


「へぇー……どんな話をしてたんですか? オレの修業についてとかですか!?」


「「それは絶対違う」」


 コイツはこの世の全てのものが修業に繋がるとでも思ってんのかな? じゃあウチが信者の話を聞いている時も『もしかしたら修業のことを話してる!?』とか考えてんのか? 弟子よ、もしそうならあんたはかなりイカれてんぞ。


「じゃあ、消去法で教会についてですかね……さすがに修業じゃないもん」


 よかった、シルフィナはまともな感性を持ってたみたいだ。腕組みをしながら、イルガの肩に手を置いて情けをかけている。コイツにしかできない芸当だ。


「まあ、そんなとこかな~。私の思っていた何倍も、ゼラヴィア教会に人が来るようになっちゃってさ……さすがに運営こっち側の負担が大きいわけよ。それでさ、冗談半分で『分身でもできたらいいな~』って話してたとこ。クラリスの大声は、分身できるかどうか試してた時のヤツね~」


 マキは微妙に嘘で、でも微妙に本当な説明をする。いや、出された要素だけなら全部本当のことか。嘘つくの上手いなぁコイツ。


「なるほど……確かに分身すればオレとオレで修業できるし、夢の『ダブル師匠』なんてのもあるわけですからね! できるようになりてーなー!」


 ダブル師匠は割とアリだけどさ、なんでイルガまで増えるんだよ。そしてなんで自分同士で殴り合うんだよ。そんな一生手の内が読める相手と戦っても意味ないって。


「あの……?」


「「「マジで!?」」」


「うわ……いきなり三人も近づかれると怖いもん……」


 そうか、この世界には魔導書があるんだった! しかも無属性だから、ソイツがあればウチだけじゃなくてみんなも分身ができる! それ最高じゃん!


「それで、その魔導書は一体どこにあるの!?」


「詳しくは分かんないんですけど……ここからずっと南にある国にあるらしいですもん。ただ、ソイツを手に入れるには海を越えなきゃいけないもんで、長い間教会を空けることになりますもん」


 さすがに海を越えるほどの遠さなら、教会を何日も留守にしなきゃだもんなぁ。信者たちで賑わっている今、そんなマネをしたら客足が遠ざかるどころか、誰も来なくなっちゃうかもしんない。来すぎてもダメ、来なすぎてもダメ……ちょうどいいところはなかなか見つかんないなぁ。


「大丈夫、別に全員でその魔導書を探しに行く必要はないよ。?」


「……ですね。行くのは私だけでなんとかなると思います」


 ウチだけでなんとかなる、というよりむしろ。本来のウチなら、海を越えることなんて余裕すぎるわけだし。その間、悪魔に襲撃されないか心配だけど……城下町周辺には、イルガ以外に『自覚のない悪魔』は誰もいない。

 この前の事件を引き起こした『元凶』からしてみれば、既に襲い終わっている場所だ。だから当分は大丈夫かなぁ……?


「じゃあ、明日から私は南に向かいますね。ごめんイルガ、私が戻ってくるまで修業は一人でやってて」


「……はい。じゃあ師匠が戻ってきた時、オレは今とは比べものにならないくらい、つえーヤツになっておきますね!」


 ――その意気だバカ弟子。でもウチは爆速で戻ってくんぞ?


「よ~し! 明日からの方針も固まったところで、今日はもう寝よ寝よ! 特にクラリスはしっかり休んで、海越えに備えてね~。おやすみ~……」


 マキはそのまま脱力しながら、長椅子に体を預けて眠る。うわ、寝るの早っ……。

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