第13話 お風呂

 ――気がつくと、空はもう真っ暗になっていた。

 家具を全て搬入し、熟睡できるためのお布団も用意した。あとは体を休めて、明日から始まる教会の運営を必死に頑張るのみだ……!


 これにて今日の活動は終わり。各々の部屋で眠りにつこうとした瞬間、イルガが聞き慣れない言葉を口にした。


「あのー……ってどうするんですか? まさか、このまま寝るわけじゃないですよね!?」


「「「……おふろ?」」」


「いや、なんでマキさんまで困惑してるんですか……まさか、お風呂を知らないとか言いませんよね!? いくら師匠の師匠でも、それはさすがに引きますよ!」


 イルガ的には、そのお風呂ってヤツは大事なものなんだな。多分これも人間独自の文化なんだろうけど、マキすら困っているのは意外だなぁ。お金持ちじゃないとできないこととか?


「いや、まあ……お風呂ってのがどういうものかはさすがに知ってるよ。ただ貧乏すぎて、入る習慣がついてなかっただけだよ~」


「マジですか……じゃあこの際、お風呂も造りましょう! お風呂に入らずに寝るとか、オレそういうのマジにムリなんで!」


 そんなに強いこだわりがあるってんなら、さすがに造らないとダメかぁ……。話を聞く限り、マキというかゼラヴィア家が異常なだけで、お風呂は毎日入るものっぽいし。


「――分かった。イルガがそこまで言うなら、ちゃんとしたお風呂を造ろうじゃないの~! クラリスとイルガは『銭湯』のイメージを共有、シルフィナはお湯を出して!」


「「「はい!」」」


 こうして、ゼラヴィア教会を挙げてのお風呂造りが始まった。第一段階として、ウチはイルガに銭湯……以前に、お風呂とやらについて教えてもらう。


「そうだった、師匠は記憶喪失なんでしたね……まずお風呂ってのは、全身でお湯に浸かることで汚れを洗い流したり、疲れをとるんです。銭湯はそのお風呂を『大勢の人と共有する』って感じですね」


 要は、イルガは一日の疲れをとりたいんだな。銭湯として一緒に入れば、同時にウチらも疲れをとれるから効率的だ。


「それで、銭湯は男女に分かれて入るんです。お風呂ってのは服を脱いで入るわけですからね。仮に全員で一緒に入ったら、オレは師匠やマキさんにシバかれちゃいますよ!」


「私はシバかないからねっ!?」


 そもそもウチは神様だから、男とか女とかは別に関係ない……まあ、自分としては完璧な美少女だと思ってるんだけど。

 でも人間はそうもいかないんだろうなぁ。だとしたら、お風呂は二つ造る必要があるのか。シルフィナにも伝えとかないとだな。


「それじゃ、オレらは脱衣所と大浴場の二つを造ります。さっき師匠が教会を建てたように、オレも脱衣所くらいなら……おりゃっ!」


 イルガは合わせた手を勢いよく離し、レンガ造りの小さな建物を完成させる。さすが勇者の適正デュナミスを持つ男だ、ウチほどではないにしろ、かなり高度な魔法だということが見て取れる。


「――っしゃ! できましたよ師匠、まずこれが脱衣所です。この調子でコイツをもう一個造りますよー!」


 予想以上の完成度に勢いづくイルガ。内装も綺麗なものになっているし、土属性の魔法においてはウチより全然精密にできるんだろうなぁ。


「すごいねぇ……ちゃんと服を置ける棚もできてる。完璧だね~」


 いつの間にやらこちらに来ていたマキが、イルガ特製の脱衣所をベタ褒めする。よかったな弟子よ、それだけ魔法の扱いが上手ってことだからな。


「それじゃあ、大浴場の方も頼むわね~!」


 お風呂造りにおいて唯一やることがないマキは、さらっと次の指示を送りつつ再びシルフィナのもとへと戻る。いい気はしないが、アイツは火属性しか使えないからしゃーない。指示役として頑張ってもらおう。


「それで、大浴場ってどう造るの?」


「まあ、レンガ造りの部屋を造る感じで大丈夫です。ただ、水を貯められる箇所を造る必要があるので、そこだけ注意ですね……ちょっとやってみます!」


 シルフィナを庇った時にも思ったけど、基本的にイルガは頼もしい存在だな。ここに勇者としての強さも備われば、誰にでも慕われるようになるだろうな。そのためにウチも修業をつけてやんないとなぁ!


「お風呂……大浴場ぉ……どりゃあっ!」


 さっきよりも魔法を練り上げる時間を多くとり、イルガは空きスペースにかなり大きなレンガの部屋を造る。中に入ってみると、奥の方に小さな壁のようなものが盛り上がっていた。なるほど、あそこに水を貯めるんだなぁ……。


「よく分かんないけど成功っぽいね。さすが私の弟子、これくらいの魔法ならお手の物って感じ?」


「そ、そうなんですかねー……! オレ、師匠の弟子としてもう恥ずかしくないですよね!?」


 ――何言ってんだ、勝手にウチのことを『師匠』だなんて言いだしたのはそっちのくせに。確かに、ウチはあんたに『一緒に人助けしろ』とは言ったけどさ……まあいいや。

 ウチの顔に泥を塗らないためにも、これからもしっかりと鍛えてやんないとだな。


「シルフィナ、浴場にお湯を張ってみて~!」


「は~い!」


 向こうで魔導書とにらめっこしていたシルフィナを呼ぶ。四本腕で抱きしめていた魔導書には『水の温度を調節する魔導書』と書かれていた。


「あれ? 調節なんてしなくても、単純にお湯を出せばいいだけじゃねーのか?」


「イルガさん、それは甘いもん。お風呂に入っていれば、いずれお湯はぬるくなってしまうんだもん。だけど、あったかい状態をずっと維持できるんだもん!」


 ――なるほど。シルフィナはお湯自体は出せるんだけど、ぬるくなってしまった時のためにこの魔法を使うんだな。となると五属性の魔導書は、既に使った魔法の性質を変える傾向にあるってことか。


「それじゃあいきますもん……それっ!」


 シルフィナの一声で、底から水がどんどん貯まっていく。ものの数秒でお湯が張られ、これにてウチらだけの『お風呂』が完成する!


「「「「やったぁぁぁぁ! これで完成だぁぁぁぁっ!」」」」


 歓喜の勢いのままに、マキとイルガはそれぞれの脱衣所に向かっていく。ウチはシルフィナを連れてマキの行った方に……いや、ちょっと待て。


「――ねえシルフィナ。あんたはなの!?」


 イルガ曰く、男が女と一緒にお風呂に入ったらシバかれるらしいからな。そしてウチらは、まだシルフィナが男か女かどうかを知らない。つまり、半分の確率でコイツはマキにシバかれることになる。お風呂に入る前にちゃんと確認しておかなきゃだ……。


 ――そりゃあ、見た目だけで判断すれば見紛うことなき美少女だ。

 長い銀色の髪に、二重でまんまるな緑色の目。声の高さは絶妙にどっちつかずで、慎重はウチと同じくらい……ちょっと待って、急に自信がなくなってきた! 本当にどっちなんだ!?


「え? 『どっち』って……ああ、そういうことですか。ふふ……」


 え、何その蠱惑的な笑みは。もしかして、未だに判断のつかないウチで遊んでる? とりあえず、この腕を離していいかだけ教えてくれないかなぁ?


「――それじゃ、シルフィナは。クラリスさんもしっかり疲れをとってくださいね~!」


 彼女……ではなく彼は、先にイルガの入った方の脱衣所へと、羽を広げて行ってしまった。

 嘘でしょ、ウチのこの目をもってしても見分けられなかった! いやいや、だとしたらいくらなんでも美少女すぎるだろ~!

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