第14話 まだ早かった

「ふぃ~……体がめっちゃぽかぽかする……」


「いや~、久しぶりのお風呂は最高やね~!」


 お風呂から上がり、ウチとマキはどちらからともなく感想を述べる。礼拝堂に立ち上る二つの湯気は、どこかパパとママを思わせる。

 ウチはもちろん初めての経験なので、コイツほど喜びは噛み締めらんない。だけど『最高だ』ってことは身に染みて感じた。イルガが毎日入りたいと言った気持ちも分かる。


「ちょ、顔がとろけちゃってますよ~? 神様にもお風呂の良さって分かるもんなんですか?」


「わぁかぁるよぉ~! ママに抱きしめられた時の感触を思い出してさぁ、とにかく心地いいんだよ~……!」


「何の説明にもなってないですけど……お気に召したようでよかったですね、はい。イルガたちが戻ってきたんで、敬語の方をお願いしますね~」


 マキが呆れたような声で強引に話を締める。そっちから聞いといて投げっぱなしなのはズルくない? なんかウチが悪いみたいじゃん。


「や、やっぱお風呂はいいですよねー……うん、ホントに……」


「さっぱりしたもん! イルガさんに肩もみしてあげたら、すっごく喜んでくれたもん!」


 イルガがウチに負けず劣らずのとろけ顔をしながら合流、その後ろをゆっくりとシルフィナが歩いてくる。なんだかパパとママみたいな雰囲気すらあるなぁ。


 やっぱり、シルフィナが美少女にしか見えないからかな? 一応『記憶喪失美少女シスター』でやらせてもらってるウチと同等、もしくはそれ以上には綺麗だし……。

 よかったな弟子よ、こんな子に肩もみしてもらえるなんて。あんたが彼女を……いや違うわ、彼を守ったからだぞ。


「お望み通りのものだった、って顔してんね。これも水の魔法を使えるシルフィナに感謝だね~。イルガがあの時勇者として守ってくれたから、こうやって私たちまでいい思いをできた。言ったでしょ? 『あなたは何も間違ったことは言っていない』って」


「……ですね。ありがとうございます! でもオレのせいで、たくさんの人を不安にさせてしまったのも事実です。明日からの運営で、絶対取り返してみせますから!」


「言われなくても、ちゃんと期待してるよ。さあ精神力の修業だ、間違いじゃないとこを見せてもらおうかねぇ~?」


「うっ……やれるだけ頑張ります!」


 彼にとっては魔法以上に効く言葉である『修業』を使い、やんわりと圧をかけるマキ。おいおい、緊張感を持たせるのはいいけど、あんまりやりすぎても毒だからそのへんにしとけ?

 ウチが神様だと知んない二人にバレないよう、こっそりとそれ以上の圧を込めた視線を送る。


「――まあ、もともとないも同然な教会だったわけだし? ここから先はなるようにしかなんないよ。まずクラリスが来てくれて、それからイルガやシルフィナも来てくれて……正直、今の私は神がかってる! だから大丈夫! 曲がりなりにも、シスターやってた甲斐があったってもんだよ~!」


 お返しにと言わんばかりに、マキはこちらに一瞬だけ視線を送る。

 まあ、実際にわけだからなぁ……もしあの時ウチが泥棒を咎めなかったら、ボロ教会に逃げ込むこともなければ、きっとマキと会うことはなかった。もちろん二人にも。『人助け』を大切にしている者同士、運良く引かれ合ったのかもね。


「……というわけで、明日に備えて寝よ寝よ! おやすみ~!」


 自分で言ってて恥ずかしくなったのか、マキはお風呂上がりで火照った顔をさらに熱くさせ、逃げるようにして部屋へと戻っていく。なら最初から言うなよと思わないでもないけど、前向きな言葉をウチらにかけてくれたのはありがたい。

 いくら神様とはいえ、不安なもんは不安だからなぁ……なるようにしかならない、ウチはシスターとしてやるべきことをやるだけだ!


「「「おやすみなさい!」」」


 ――お布団のおかげで、寝られるのは十分に寝られた。今日から行動を共にする修道服に袖を通し、礼拝堂へと向かう。日差しできらきらと輝くパパとママの下に、既に三人は集まっていた。


「もう、クラリスったらおっそぉ~い……まあ、昨日は大活躍だったから疲れてたんだろうね。今日もその調子で頼みますわ~!」


 ああもうコイツ……ウチがクラリスとして動かなきゃいけないのをいいことに、威張れるだけ威張ってくんじゃないよ! ちゃんと分かってるから!


「師匠、明日からはオレが起こしに行きましょうか!?」


 弟子、多分だけど寝起きのウチは死ぬほど機嫌が悪いから、命の保証はないと思った方がいいぞ。少しの遅刻くらいは目をつぶってくれ。


「ふふ、クラリスさんが一番遅いもん。お布団、気持ちいいですもんね~。うふふ……」


 おいシルフィナ、口を手で押さえながら腹を抱えて笑うな。『本音と建前』を同時に食らうことってあるんだな……見た目美少女だから悪い気はしないけどさ。


「――これで全員揃ったね。それじゃ、新生ゼラヴィア教会の運営開始だよ! いくぞ~!」


「「「「おお~!」」」」


 こうして、ゼラヴィア教会ウチらは『世界中のみんなを助ける』第一歩を踏み出したのだ……!


「――まさか、未だ儂とこの方しか来ていないとは。これまた意外な結果だね」


 昼過ぎになっても、教会に来てくれたのはラウバ会長と図書館の館長さんの二人だけ。メイディさんも来るかと思ったが、イルガとの約束もあってか、教会には姿を現さなかった。


「やはり、昨日のことが尾を引いているのでしょうね……」


「はて? 昨日のこと、ですか?」


 館長さんはラウバ会長に、イルガが昆虫人ヴァセクトであるシルフィナを庇ったことについて説明した。やがてをことの全容を理解したラウバ会長はおもむろに立ち上がり、イルガとシルフィナの頭を軽く撫でるのだった。


「イルガくん。君の心がけは確かに見事なものだし、儂もそう思っているよ。ただ、それを伝えるには。もう少し人と昆虫人の溝が埋まってから、その主張をすべきだったんだ……」


「オレはただ、シルフィナを護りたかっただけなんです……人間も昆虫人も、どっちも『人』には変わりねーんだから! 絶対に分かり合えるはずだから……!」


 礼拝堂はその叫びを悲しく反響させる。認めたくない事実が重くのしかかってくるようで、誰も何も言いだせない。どんな言動も、事態を悪化させるような結果にしかならないと全員が思っているんだろうなぁ……。


「きゃああああっ!」


 良くも悪くも重苦しい空気を断ち切るように、教会の外から誰かの悲鳴が聞こえた。

 ウチとマキは咄嗟に飛び出し、周囲を確認する。どうやら城下町の方で何かがあったらしく、森の方まで逃げているようだ。


「落ち着いてください、何があったんですか!?」


 どんどん通り過ぎていく群衆に原因を問いかけると、やがて一人の人間が走りながら答えてくれた。


「はぁ……はぁ……悪魔が出たんだよ! 昆虫人を匿うゼラヴィアには関係ないだろうけどなぁ!」


「そんなわけないじゃないですか! 私たちの信条は『人助け』です、皆さんのことも今助けますからね……マキさん、皆さんを教会に避難させてください!」


「ちょっとクラリス、ねえクラリス~……!」


 今この時点で、確実に悪魔を倒せるのはウチしかいない。逃げ惑う群衆の波に逆らうように、ウチは城下町へと駆けるのだった。

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