第11話 みんなの勇者

「ご協力ありがとうございます……って、ええええ!? どうしてその虫と一緒にいるんですか!?」


 部屋から無事に出たウチらを見て、館長さんは驚きの表情を見せる。そりゃあそうだ、ウチはおろかシルフィナも無傷なのだから。


「――なんだかんだで、うちの教会で引き取ることになりました。それに関してなんですけど、魔導書の『貸し出し』ではなく『譲渡』ということでよろしいでしょうか? この子ごと持ち帰りますので~」


 面倒ごとを避けてさっさと帰りたいのか、マキが早口でまくしたてる。まあ、これ以上目立ってしまうと、ゼラヴィア教会の良くない噂が流れるかもしんないからなぁ。


「それは構いませんが……本当にその虫を引き取るのですか!?」


「ええ、話せば分かるヤツでしたので。それに襲いかかってきたとしても、うちにはクラリスにイルガがいます。心配ご無用ですよ」


 ウチら三人は特に口出しするわけでもなく、ただ首を縦に振る。イルガはまだ頼りないだろうけど、ウチがシルフィナに負けることは絶対にない。腕を掴まれたシルフィナ本人が一番分かってるはずだ。現に三人の中で一番リアクションが大きいんだもん。


「それじゃあ、私たちはこれで失礼しますね~。とりあえず今はこれと……これだけ持って帰ろうかしらね~」


 利用客全員の視線を浴びながら、ウチらは図書館を後にする。本来なら魔導書だけ借りるつもりが、まさか昆虫人ヴァセクトの従業員が増えるとは思わなかった。といっても、マキはシルフィナに何をさせるつもりなんだろう……?


「そうだ三人とも。テキトーに『リヤカー』でも作ってさ、魔導書を教会まで運んでくれない?」


 りやかー? またなんか知んない単語が出てきたぞ。でもまあ、イルガならさすがに分かるかぁ?


「分かりましたー! リヤカーで運ぶことで、体力をつける修業ですねー!」


 なんだこの修業バカは。ウチやマキが指示したことは、なんでも修業として扱うじゃんコイツ。何かと都合がいいな……。


「私は地域教会役所ちいききょうかいやくしょで色々と手続きを済ませてくるから、みんなで力を合わせて運んでちょうだいね~」


 そう言って、マキはさっき持ち帰った二冊の本をウチに手渡す。白と灰色の……なんて書いてあるかはイマイチ分かんないけど、要はこれに書いてある魔法を使えってことだろうな。

 灰色の方は、あの部屋にあった魔導書とはサイズがちょっと違うな。特別なものなのか?


「なんだこれ……『子どもに読み書きを覚えさせる魔導書』!? なんでマキさんはこんなもんを持って帰ったんだ? それにもう一つは『車輪の仕組み』って……こっちは魔導書ですらねーのかよ」


 ――あれ? 魔導書って、意外としょぼいヤツもある感じ? というか、リヤカーってのを作るんじゃないのかぁ? とりあえず『車輪を使う』ってのはなんとなく分かったから、コイツを読んで『土』の魔法でちゃっちゃと作っちゃれば……。


 そうだったぁ……ウチ、……。

 だからアイツはこっちの方も持ち帰ったのかぁ。なんだかムカつくけど、それよりも読み書きを習得するのが大事だからなぁ。しゃーない、ここは魔法を受けてやるかぁ!


「イルガ、私にその魔法をかけてみて! これは自分より強いヤツに魔法をかけられるかのだよ!」


「修業……! なるほど、師匠はまだ子どもですもんね! ムズい言葉も読んだり書いたりできるようになれば、オレの魔法がちゃんと効くってことですもんねー!」


 やっぱりこの勇者もどきは『修業』という言葉を使えば、素直に動いてくれるんだなぁ。白い魔導書を開き、ウチとシルフィナ目がけて魔法の言葉を言い放つ。


「えーっと、オレたちの国は『ウィズラシム王国』だから……マジカイブ・リライズ・ウィズラシム! どうです、ここの例文を読んでみてください!」


 イルガは魔導書に載ってある例文の一つを指差す。自身の魔法が成功したかが不安なのか、その指は小刻みに震えている。修業だからって、そんなに必死にやんなくていいのに。どれどれぇ……。


「「これであなたも、魔法使いの第一歩……」」


「すげー! 二人ともちゃんと読めてるー! オレが師匠に魔法をかけた……ちゃんと格上相手でも、魔法自体は通用するんだああああ! しゃああああっ!」


 無事に魔法を成功させ、歓喜のあまり一人ハイテンションになるイルガ。感情が忙しいヤツめ。このまま勇者として世に出したら、師匠であるウチまでバカにされそうだな……。


「――そんなに嬉しいもんなんかねぇ?」


「それに、シルフィナはもともと字は読めるもん……」


 ウチらの声は彼には届かないようなので、さっさとリヤカーを作って魔導書を運ぼう。『車輪の仕組み』を読み進めると、例としてそれの絵が描かれていた。

 なるほど……ウチはコイツを作ればいいってことだな。モノが分かればあとは簡単! 合わせた手を離しながら、頭の中でリヤカーを形作っていく。


「それっ! リヤカー!」


 瞬く間に、ウチらの何倍ほども大きなレンガ製のリヤカーが完成する。ヤバいな、ちょっとデカすぎたか……? まあでも、ウチの腕力があれば動かせはするだろうから、あんまり支障はないかなぁ?


「さすが師匠ー! これだけデケーと、魔導書を一気に運べますね! ただレンガだから、すげー重そうですね……というか、そもそもこれって動くんですか!?」


 確かに……レンガって教会を建てるために使ってたくらいだから、ちょっとやそっとじゃ動かないかもなぁ。ごめんイルガ、土の魔法ならあんたも使えるから自分で……。


「イルガさん……


「そうか、これも修業か! こんな何気ない時にまで……やっぱり師匠は、オレのことをちゃんと鍛えてくれるんですねー!」


 ついにシルフィナまでコイツの単純さを利用しだしたな……。イルガはもう勇者としての強さってよりも、人間に騙されないようにする方が大事なんじゃないかぁ?


「それじゃあいきますよー……ふんぬおおおおっ!」


 イルガの強靭な引っ張る力で、地面と一体化していたレンガが剥がれ、車輪が回りだす。


「おおっ、さすが勇者の適正デュナミスがあるヤツは違うねぇ~。そのまま走るんじゃなくて、ゆっくり歩いてみてよ」


「はい!」


 今は車輪が回った勢いとリヤカー自体の重さで、どんどん前向きに進んでいける。あえてそこをゆっくりと歩かせることで、より腕力を鍛える修業を行わせる。

 ……というのは半分冗談で、本当はこんなリヤカーが猛スピードで城下町を突っ切っていくのを防ぐためだ。こんなもんを全速力で走らせたら、最悪死人が出るからなぁ。


「イルガさん、頑張るんだも~ん!」


 いつの間にかリヤカーに乗っていたシルフィナが上から応援する。そっか、羽があるとなんの違和感もなく飛べちゃうもんなぁ……もう歩くのに慣れたから問題ないけどさ、こんなに進むのが遅いの、人間たちはイライラしないのかなぁ?


「館長さーん! 魔導書を運びに来ましたー!」


「ええ、待ってましたよおおおおっ!? なんですかそのリヤカー、いくらなんでも大きすぎでしょ!」


 ウチら、館長さんのことは驚かせてばかりだな……怒ってはないっぽいからまだセーフか?

 三人がかりで膨大な数の魔導書たちをリヤカーに載せていく。行きであんなに重そうにしてたんだ、帰りはさらに過酷なものになるなぁ弟子よ。まあ、あんまり重かったらウチも手伝ってやるかぁ。


「――なんだよアレ、腕が四本もあるぞ!」


「おいおい、昆虫人じゃねぇか! なに当たり前のように、外を出歩いてんだよ……」


 器用に魔導書を運搬していたシルフィナに、群衆からの心ない言葉が襲いかかる。そりゃあ人間からしたら、シルフィナは特異なものに見えても仕方ない。

 だからといって、コイツに暴言を吐くのは違うだろ……大体、あんたらの信じてるヤツだって人間じゃねぇってのに……!


「――クラリスさん、イルガさん。アイツら、ちょっと黙らせてきていいですか? バカにすんじゃねぇもん……!」


「ダメだシルフィナ! 今あんたがやり返せば、また人間と昆虫人の溝が深まるだけ。つらいだろうけど、ここは耐えて……」


 シスターとして、神様として、間違っているはずなのに。それでも今のウチには、こんな言葉をかけてやることしかできない。

 人間たちアイツらから見たウチは、ただ勇者の適正を持っているだけの一シスターだ。この状況を暴力に訴えかけてしか鎮められない。だからと言って、神様であることを明かしても逆効果だろうしなぁ……一体どうすれば……。


 ――何も言い返せないと判断したのか、群衆の暴言はさらに勢力を伸ばす。

 このまま気にせずに作業を続けようと諦めた瞬間、ただ一人だけがリヤカーの上から、反抗の言葉を投げかけるのだった。


「さっきから聞いてたけどよ……お前ら、オレの仲間をバカにすんじゃねーよ! 確かにシルフィナは人じゃなくて昆虫人だよ、だけどそれの何が良くねーんだよ!? オレは話が通じるヤツなら、みんな人だと思ってる。全員ひっくるめて、手を取り合いてーんだよ。それがゼラヴィア教会の『人助け』ってヤツなんだよ! ……多分な!」


 イルガは真っ向から、言葉で群衆に訴えかける。言葉で意思疎通ができる者は全員人間だ、だからシルフィナのことも助ける。だから彼は立ち向かったんだ。


「オレはいつか立派な勇者になる、そしてこの世界を救う。でもこの世界はな、オレたちだけのものじゃねーんだ。昆虫人だって必死に暮らしてる、妖精人フェルフィ咆獣人ビスタルだってな! オレはよ、にもなりてーんだよ……!」


 ――息を切らし、リヤカーから力なく降りるイルガ。確かに今のあんたはまだ、勇者としての実力は足りてないかもしれない。

 それでも、勇者としての適正以上の『覚悟』が、ウチらにはちゃんと伝わってきたよ……。


 群衆は言葉を失い、蜘蛛の子を散らすように去っていく。ゼラヴィア教会にとっては、この行動はマイナスにしか働かないだろう。

 だけど神様ウチにとっては、これ以上ないほどに立派な主張だった。胸を張って『ゼラヴィアは世界一の教会だ』って言えるよ……。


 ――なあイルガ弟子よ。誰も文句を言えないほど強くなるまで、みっちり修業をつけちゃるからな。だからシルフィナや他の種族も、ウチらに文句を言ってきた群衆も。全員マルっと助けられる、そんな立派な勇者にしてみせるからな……!

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