僭王の招く殺戮遊戯

 次に意識が浮上した時、ホマレの視界は真っ暗だった。頭の周りに何か柔らかいものがぐるぐると巻きついていて、目を開けることができない。

 全身が痛いのは相変わらずだが、呼吸の苦しさはだいぶ楽になっている。その代わりに喉を何かがふさいでいて、声を出すことはできないようだ。

 

「熱風を吸い込んで気管も焼けていたから危ないところでしたが……何とか峠は越したようですね」


「意識を失ったおかげで肺まで焼かれずに済んだのが不幸中の幸いだったな」


 聞きなれない男たちの声。

 落ち着いた年配の男性が一人と、やや高めで早口の青年が一人。まだ耳鳴りは続いているが、だいぶマシになったせいか、彼らの声もはっきりと聞こえる。

 恐らく、医師たちなのだろう。ホマレが聞いている事にも気付かず話し込んでいる。


「あの状態から生命をとりとめるなんて奇跡だ。問題は、意識が戻った後だが……」


「あの子、大丈夫でしょうか?」


 看護師だろうか? 女性の声が混じった。

 優しそうな、若い女性の声。一番上の姉と同じか、少し年下だろう。


「もう一週間も経つのに、まだ意識が戻りません」


 そんなに意識を失ったままだったとは。ホマレは臍をかむ思いがした。

 一週間も経っていたならば、弟の葬儀も終わっているはずだ。


――肝心の時に役に立てない兄だったな。


 それでもアキラは一心に慕ってくれたのに……


「そうだな、今後の回復は彼の気力次第だが……」


「事実を知らせるのは、ある程度回復してからの方が良さそうですね」


 どうやら誰もホマレの意識が戻っていることに気付いていないようだ。

 何か知らせたくない事実があるのだろう。おそらく、それはアキラの死。


 最後に見たアキラは頭が胴からちぎれて転がっていた。あれでは助かるはずもない。

 覚悟は決めていたホマレだったが、こうして露骨に気遣われてしまうとショックも大きい。

 自分はそんな気遣いが必要なほど、哀れな存在だと実感するからだ。


「弟さん、可哀そうに」


「ああ……それでも即死だったから、苦しむことはなかっただろう」


「ええ、痛いと思う間もなかったでしょうね」


「それが救いになればいいのだが」


「あんなむごい殺され方をするなんて……この子たちが何をしたっていうんでしょう」


 優しそうな女性の涙声。


――そうか。アキラはそんなにもむごい状態だったのか。


 それでも、苦しまずに済んだ、という事実はわずかながらもホマレの心を軽くした。


「首長が定住令に従わなかったそうだ」


 そう言えば、父がそんなことを言っていた。今後は定住を義務付け、夏の間の遊牧を禁じると。

 馬鹿馬鹿しい、と吐き捨てた父の表情は記憶に新しい。


「だって、この子たち遊牧民でしょう? 夏は山に行かなければ羊たちが」


「そうですよ。遊牧民に定住しろなんて求める方が無茶だ」


 年配の男性の声に抗議する若者と女性の声。

 憤慨しきった口調に、随分と肩入れしてくれてるんだな、とどこか他人事のように思った。


「その通りだ。でも、王家の連中にとってはそんなことは関係ない」


「そんな……」


僭王せんおうにとっては、自分にひたすら従順で都合よく手足になる取り巻き以外は人ではないのだろうさ」


 「慶王」と名乗る現国王慶吉ヤスヨシは前王の三男。

 本来なら王位継承の予定はなかったが、父の後を継ぐはずだった兄たちが次々と病や戦乱に倒れたために即位することとなったのだ。

 兄王子たちの死について口さがないことを言う者もいるが、真相は誰も知らない。


 はっきりしているのは一つだけ。

 かつての金や権力にこだわらない心優しい王子は、即位から数十年の時を経て、父や兄同様の欲の権化となった。

 今ではあちこちの部族に無理難題をふっかけて、従わなければ軍をけしかけ蹂躙する。しかも、危険な薬物や殺戮用の絡繰カラクリを各国の商人に売りつけ、巨万の富を得ているとのもっぱらの噂だ。


「だからってこんな虐殺……」


「まぁ、口実は何でも良いんだろう。あいつらは新しい絡繰オモチャを試したかっただけだ」


「そんな……ただの実験みたいに」


「実際、ただの実験だろうよ。うまくいけば、北の軍事大国に売りつけることができる」


 なるほど。中央との強いつながりを持たない部族に難癖をつけて攻撃し、新兵器の実験を行う口実にしていたのか……


「そうやって、民を犠牲にして金を稼いだって、国は栄えないでしょうに」


「それでも構わんのだろう。奴らにとっては、たとえ国が滅びようが、自分たちの懐さえ温まればそれでいいのだ」


 弟は、目先の欲に溺れた権力者の道楽のために殺された。

 その事実がホマレの心に重くのしかかる。


 現実を思い知ったホマレは、精魂尽きてまた深い眠りへと落ちていった。

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