闇に踊る紅蓮の炎

 どのくらいの時間が経っただろうか?

 ホマレは全身を苛む焼けるような痛みに意識を浮上させた。

 うつぶせに転がった身体に全く力が入らず、指先ひとつ動かせない。

 声を出そうにも、息をするのがやっとの状態だ。喉からはひゅうひゅうという音を絞り出すのが精いっぱい。

 言うことを聞かないまぶたを無理やりこじ開けると、歪んだ視界に入ったのは闇の中に踊り狂う紅蓮の炎。


――アキラは……アキラはどうなったんだ……!?


 焦る心とは裏腹に、身体はまともに動いてくれない。力の入らない手足に歯嚙みしたい気分だが、顎ですら思うように動かせず、無力さに心で涙するのみ。

 ただ、手の先に何かを握りしめた感触だけがあって……気力を振り絞って視線を向けると、しっかりと握られた小さな手。

 その手には、肘から下が……胴体についているはずの部分がなかった。


「……ぁ゛ぁ゛……っ」


 思うに任せぬ身体を叱咤して、何とか弟を探そうとしたホマレは見てしまった。


 岩の破片が突き刺さり、ぐちゃぐちゃに裂けた腹部からはらわたをまき散らして転がっている胴体を。その下に広がるどす黒く粘ついた大きな水たまりを。


 ……そして、その傍らに転がっている丸いもの。

 不思議そうに軽く口を開いたまま、うつろな目をこちらに向けている、愛する弟の頭部を……


「……ぁ゛ぁ゛ぁぁ゛……」


 ホマレは絶叫した……つもりだったが、実際にはかすれた小さなうめき声をかろうじて漏らしただけだった。喉がひりついてまともに声が出ない。それ以前に呼吸も苦しい。


――アキラ……っ!!


 可愛い弟の名を呼ぶこともできず、ただ涙を流すしかできないホマレの周囲で、慌ただしく地面が揺れる。戸惑ううちに、突然何者かに抱き込まれて身体の向きを変えられた。

 歪んでにじむ視界では、夜目にも鮮やかなオレンジのジャケットを着こんだ髭面の男がホマレの顔を覗き込んで、何か叫ぶような仕草をしている。

 背後で踊る紅の炎は次第に小さくなって、視界から消えた。


「……っ!? ……が……か……っ!?」


 微かに人の声らしきものが聞こえる気がするが、耳元でわんわんと鳴り響く音が邪魔で何を言ってるのかまったく聞き取れない。頭が割れるように痛い。


「ダ……こ……るっ!!」


「ぜ……うっ……るっ! しゅっ……ひ……ぞっ!」


「ゆ……げっ!!」


 せわしなく駆け回るオレンジのジャケットの男たち。何か叫びあっているのはわかるが、肝心の中身はほとんど聞こえない。ひどい耳鳴りのせいかとも思ったが、この様子では鼓膜がやられているのかもしれない。


「……ぉ゛……ぁ゛……(俺のことはいい、アキラを)」


 ホマレは自分を抱え込んだ男に何とかして訴えようと声を絞り出したが、まともな言葉になることは能わず。仕方なく、鉛のように重い身体を叱咤しながらかろうじて右手を持ち上げ、愛しい弟……だったものが転がっている方を指し示した。


――どうか、見間違いであってくれ……弟を助けてやってくれ……


 祈るような想いで目線に力を込める。


「……」


 男は一瞬だけそちらに視線をやると、いかつい顔を泣きそうに歪め、沈痛な表情で首を振った。


――やはり、見間違いではなかったのか……


 さっき視界に飛び込んできた弟は、うつろな目の瞳孔が完全に開いていて、明らかに生命の輝きを失っていた。そもそも、首と胴がバラバラになった状態で、生きていられる者などいるはずはない。

 あれが、爆発のショックで錯乱した自分の脳が勝手に作り上げた幻ならどれほど良かったか……


 しかし、現実は残酷だ。


「……っ」


 何かを懸命に語り掛けてくれているのだろう。ホマレを抱えた男が彼の目を真っすぐに見つめながら、必死で口を動かしているのが見える。

 どこかが痛むような表情で、きっとホマレを慰める言葉の数々を、心を砕いて並べてくれているのだろう。


 しかし、気力だけでかろうじてまぶたをこじ開けていたホマレの体力はもう尽きかけていた。否。体力などとうに尽き、気力だけで意識を保っていたホマレの心が折れたのだ。


――情けない。すぐ隣にいたのに、守ってやれなかった


 もともとぼやけて歪んでいた視界には急速に霞がかかり、色彩が失われていく。息を吸おうとするだけで胸がずきずきと悲鳴を上げ、空気が喉を通るだけで焼け付くように痛む。


――呼吸すら、もう、まともに、できない


 死が間近に迫っているのを感じる。


――アキラ……野営地に連れて行けなくて、ごめん……


 とりとめもない思考の表面に、そんな今さらどうしようもないことを浮かべながら、ホマレの意識はふたたび闇に吸い込まれていった。

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