第18話 水浴び場を作ろう

 

「それはそうと」


と言って、ニアノーは俺の肩に鼻をつけてすんすんと匂いを嗅いできた。


「いいにおい。それと、獣のにおい。ここには獣人は俺しかいない。外には出てないはず。この獣のにおいはなに?」


と、じとっとした目で見られる。

まるで浮気を責められているような空気だ。

獣の匂い……と言うと、昨夜ペットになった2匹が思い浮かぶ。


良い匂いっていうのは、風呂に入ったときのボディソープやシャンプーの匂いか。

イチノセには指摘されなかったが、ニアノーは気になったということは流石に獣人の嗅覚は鋭いらしい。


「犬だよ。昨日から飼い始めたんだ」


「昨日の場所で?」


「そう」


他の人の目があるからぼかして聞いてくれてるな。


「犬かぁ……いいなぁ……」


「この世界には犬はいないのか?」


「魔物化してない犬はものすごく数が少ない。専用の施設で繁殖させて、貴族が飼ってるんだって」


平民は犬を飼う余裕も無いってことか。

逆に言えば貴族はペットを飼育する余裕があるんだな。

貧富の差が激しすぎるな。


「そろそろ昼飯の時間じゃないか?」


地下では太陽は見れないので腹時計で判断する。

そろそろ小腹が空いてきた。


「お昼にご飯の配給はないよ。個人で食料の余裕がある人は食べるけど」


「えっ、そうなのか。個人で食料の余裕ってどうやってもたせるんだ?」


「与えられている以上の仕事をこなしたり手柄を立てると追加の食事がもらえる。それに昨日の夜リオが食べたやつは新入り下っ端用の食事で、立場がしっかりすれば量も増えるし質もマシになる。干し肉の枚数が増えればお昼用に残しておくこともできるようになる」


「なるほどな……」


全員があんな食事を食べているわけではないらしい。

俺は朝トーストしか食べてないから腹が減った。


「ニアノー、一緒に飯食わないか?」


「たべる」


俺の言いたいことを察したニアノーは素直についてきて、個人部屋に2人で入った。

そしてニアノーと手を繋ぎ、箱庭へ転移。

すると、俺が帰って来たことを瞬時に察したシロとクロが向こうの方から走って来た。

しかしクロはニアノーの姿を見るとピタッと止まって警戒するように恐る恐る歩いて来るのに対して、シロは全力で飛び込んできた。


『ご主人お帰り!ご主人!』


『ご主人様、その獣……人間?はご友人ですか?』


2匹の警戒心の差が如実に出たな。


「2匹共、この獣人はニアノー。俺の……友人だ」


俺とニアノーとの関係性がよく分からないが、まさかお目付け役とは言えず友人としておく。

2匹に警戒させてしまうからな。


「ワフン!ワン!」


「スンスン」


「わ、わ」


ニアノーには念話は通じないので、2匹は各々の挨拶をしてニアノーを囲んでぐるぐる周りながら匂いを嗅いでいる。

犬は匂いを嗅ぐのが挨拶なんだっけ?

ニアノーはちょっと困ったような、だけど嬉しそうな絶妙な表情をしている。


「は、はじめまして……ニアノーです。仲良くしてください」


ニアノーが恐る恐る手を出すと、シロがもふん!と顎を乗せてクロがその手を舐めた。


「わぁ……すごい……」


ニアノーはキラキラと目を輝かせる。

王都の貴族しか飼っていないなら、実在しているのを見るのは初めてなのかもしれないな。

あ、でも魔物化した犬はいるんだっけ?俺が外にいた時は見かけなかったな。


犬の食事は成犬だと1日2回らしいけど……おやつぐらいあげても良いよな?

2匹は病気もしないし肥満や痩せすぎなんかの体の異常にもならないようになっている。

[万能創造]のカタログを開き、ジャーキータイプの犬のおやつを取り出した。


「ニアノー、こいつらにおやつやってくれ。俺は食事の準備するから」


「わ、わかった」


おやつを渡して俺は昼食の準備だ。

せっかくなので庭で食べようと、ガーデンテーブルと椅子を創造して設置。

さて何を食べようかな……パスタ……イタリアン、良いな。

パスタと……ピザだ、これだな。

サクッと創造し、リッフルトンのティーバッグ紅茶をセット。


ニアノーを呼ぼうと振り向くと、彼は犬たちと一緒に犬用のジャーキーをかじっていた。


「それ……犬用だぞ?」


「……おいしいよ?」


でも犬用……そうか、ニアノーは獣人か。

だったら犬用を食べても大丈夫……なのか?

そういえば犬や猫の食事は人間が食べても害が無いように作られてるって聞いたことあるな……。


「こっちで飯食うぞ」


「はーい」


ジャーキーをもぐもぐしながら椅子に座るニアノー。

パスタとピザの説明をしながらランチタイムだ。

これらもニアノーには大好評で、うっとりしながら食べていた。


「これはリオが作ってるの?」


「いや、俺は商人だったって言ったろ?職人とは違う」


俺が創造して取り出してるのはお店とかの既製品だから今ここで作ってくれと言われたら困る。

だから俺が作っている物ではないとしっかり伝えておく。


「なら作り方を教えてもらうことはできないんだね……こんなにおいしいのに……」


「うーん……パスタもそうだが、ピザも小麦粉をたくさん使う。パンさえ希少な状況じゃ作れないだろうな」


「そっか、そもそも材料が手に入らないんだね。リオの世界は食べるのに苦労しない場所なんだね……」


俺のいた世界でも国によっては食べるのに苦労する場所もあったが、今ここで言ったとしてもややこしくなるだけだな。

昼食を食べ終わったニアノーはシロクロと夢中で遊び出した。

リーフの拠点ではぼんやりしつつもしっかりしてそうなニアノーだったけど、こうして見ると年相応のまだ若い子に見えるな。

うずうずしてきて俺も遊びに参戦し、たっぷりと時間を使って遊んでしまった。




「やべぇ、もうこんな時間だ」


時間は転生者スマホで確認できる。

どうやら異世界でも1日は24時間のようで、今はもう夕方の5時だ。


「ニアノー、仕事は大丈夫か?ずっと遊んでたけど」


「俺の今の仕事はリオと一緒にいること。だから問題ない」


本当か……?

まあ拠点の点検は午前中にやったから最低限の仕事はしたけど……。


結局夕暮れまで箱庭で過ごして、夕飯もこっちで一緒に食べた。

今日の夕飯は日本のラーメンチェーン店の『幸福ラーメン』のメニューだ。

これも小麦粉が原材料だと言ったら、小麦粉でこんなにたくさんのメニューが作れることに驚いていた。

パン、パスタ、ピザ、ラーメンだもんな。


その後拠点に戻り、イチノセとの約束を果たすために排水部屋へ向かった。

そこには既に俺以外の5人と、お目付け役の5人がいた。

お目付け役の人たちは別に水浴びに口出しする気は無いようで、廊下で各々暇そうにしていた。


「あっ、リオさん」


深い青の髪の若い男の子、イチノセが手を振って出迎えてくれる後ろで、茶髪の素朴な顔つきの男性、ウェルと栗色の髪の大人しい女性、エナがぺこりと頭を下げた。


「こんにちは。水浴びできるかもしれないとお聞きしました。魔力の方は大丈夫でしょうか?」


「ああ、問題無い。今日はそんなに使ってないしな」


心配してくれるのは深い緑の髪の背が高い男性、オリバーだ。


「頼もしいねぇ、頼んだよ」


にこにこして背中を叩いてくるのは真っ赤な髪の胸の大きな女性、カタリナ。

さて、水だけ出せば良いという話ではない。

部屋を見渡してみると、割と広めの空間の中で少しスペースを開けて床が掘り下げられており、その中にウォータースライムがうごうごとたくさんいた。ここに排水するんだろう。

ただ、この中に飛び込む勇気は無い。こっちの空いてるスペースで水浴びする必要があるだろうな。


上にタンクをつけてホースを伸ばしてシャワーのようにするか?

いや……ホースをどこから調達するかって話になるな。

それだと、土魔法で浴槽というか囲いを作ってその中に水を溜め、掬って使う感じで良いか。


水浴びするとなると裸になる必要があるが……排水部屋には鍵がかからないから水浴びする用の囲いも必要だな。

カーテンもパーテーションも無いし、これも土魔法で壁を作るか?

うーんと、スペースが少し足りないな。


「ニアノー、この部屋少し拡張して良いか?」


「えっと……こっち方面になら広げて良いよ」


と許可が出たので、みんなを少し下がらせて[創造魔法]でわっしょいと壁を掘る。

スペースができた所へ土をがっしり固めて腰下ぐらいの四角い囲いを作る。ここに水を溜める。

で、床を掘って溝を作りそれをウォータースライムのいる穴へと繋げる。

最後に壁を作って完成だ。割と広々と水を浴びれるスペースができた。

ただ、水を溜めておく場所が1つしか無いから1人ずつしか水浴びできないのが難点だが。

水を溜める囲いを増やしても良いが、それだと無駄水が出るし俺が給水する手間が増える。


 








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