第17話 深刻な水問題

 

そして滞在組以外がどうなったのかも聞いた。

ここを出て行くと決めた転生者たちは王都までの道のりを聞き、携帯結界装置を返してもらって今朝早くに出て行ったそうだ。

食事の際は暴れることを見越して食堂には案内せず別室で食事を出したが、案の定大激怒して大暴れしたらしい。

彼らは食事をひっくり返して意地でも口にしなかったんだとか。


それでディアベアーの肉を焼いてステーキにしろとか言って食堂へ殴り込みに行こうとしたので、武力で制圧して牢屋にぶち込み朝までそこにいてもらった、と。

それでも暴れているのは数人だけで、他は黙って見ているだけだったらしい。

金髪イケメンも黙って見守ってあわよくば美味しいところを、って感じなんだろうな。


昨夜は5人同室だったので色々と話し合ったそうだ。

まず、食事が食べられないと話にならない。

周りの目があるのでこの場ではイチノセは言及しなかったが、俺たちは不老不死。食べなくても死ぬことはない。

しかしお腹は空くのである。

慣らせば慣れるものかもしれないが、飢餓状態でまともに活動できる気がしない。


この辺りではゴブリン肉が大量に獲れるのでそれを食べるしかないとは聞いたが、もう少し工夫すれば美味しく食べられる術があるのではないだろうか?

ディベアーの干し肉にはハーブがふんだんに使われていたのでゴブリンの肉にもハーブが使えないかと交渉してみたところ、ハーブはこの拠点では栽培しておらず他のコロニーとの交換品らしい。

数に限りがある上に不味いと分かっているゴブリンにハーブは使えない、と。

それに臨時の滞在者でしかない自分たちが食事に口出しして良い顔はされなかったのでこれ以上言及するのは無茶だろう、とのこと。


ならば解体時の血抜きをもっと丁寧にやれば臭わないのではないか?と思いイチノセはじっくりゴブリンの死体を観察した。

ところがゴブリンは血抜き云々関係無くそれ自体が臭い。

現にこの解体部屋はゴブリンの悪臭でいっぱいだ。

どれだけ丁寧に血抜き、解体しても肉自体が臭くて現状は臭いをどうにかする術が思いつかなかった。


続いての問題は水関連だ。

お風呂は無いのかと聞いたところ、なんとお風呂という言葉が通じなかった。

それでお湯や水で体や頭を洗う行為だと説明したら、布を水で濡らして体や髪を拭く行為ならするとのこと。

それに洗濯……脱いだ服を洗剤など使わずに水で揉み洗いする行為……は水の節約のために毎日はしない。

人によっては着替えすら1週間もしない人もいた。


これには水不足が問題として挙げられる。

ここの拠点には地下から水が湧いて来る水汲み場があるが、それらはそのままだと毒素が浸透している。

なので汲んだ水をリーフの聖女が浄化した物を使っていた。


しかし、聖女の神聖力は有限だ。

土、水、魔物、結界への神聖力チャージ、その他様々な物を1人で浄化して回っているリーフの聖女は既に神聖力は毎日限界まで使っている。

水は飲み水、スープの材料、畑への水撒きに用いているためまさか体を洗うためだけに大量に消費するわけにはいかない。

故に水浴びなんてやる余裕が無いのである。


しかし、水魔法使いがいれば話は変わってくる。

他所のコロニーでは聖女の神聖力が足りない場合、水は水魔法使いの水で賄っているらしい。

魔法で出した水は毒素に蝕まれてはいない。

個人差で水の質は変わるらしいが、飲み食いに使用するのではなく水浴びするなら多少質が悪くても使えるはず。

そこで滞在組は思い出した、リオは【水属性魔法】スキルを持っていたはずだ、と。

しかも自分たちはそれを飲んでいた、冷たく美味しい水だったので質は問題無いはず。


「そこで相談なんですけど、水浴びと洗濯用の水を出してもらうことってできませんか?」


確かに【水属性魔法】スキルを持ってると公言していたな。

水を出すぐらいなら俺は別に構わない。

しかし、ニアノーから待ったがかかった。


「リオには魔力を温存させてもらわないと困る」


と言われてピンときた。

俺は【土属性魔法】スキルを持っているとアメルダとニアノーには言ってるし、実際土魔法を使って拠点の整備をしている。

転生者たちには隠していたが、いずれバレるだろう。


「俺は土属性も使えるんだ」


「えっ、そうだったんですか?」


「ああ。その関係で拠点の整備が今の仕事だ。だから拠点に何があった時用に魔力を温存した方が良いんだな?」


ニアノーはこくりと頷いた。


「せめてうちの元々の土属性魔法使いが戻って来るまでは魔力を温存しておいてほしい。万が一崩落して生き埋めなんてなったら、土属性魔法を使えるかどうかが生死の分かれ目になる」


確かにこんな地下を掘って暮らしていたら怖いのは崩落だろうな。

ここでは日本みたいにしっかり支えていられているわけじゃないし。

ちなみに俺がしっかり固めた水汲み場はちょっとやそっとじゃ崩れないほどに固めておいたので大丈夫だけど……他のところは崩落の危険性もあるみたいだ。


「そうですか……確かに人命第一ですよね、わがまま言ってすみません」


イチノセは残念そうだが納得していた。

でも食事と衛生面は深刻な問題だよな。


「ちょっと良いか?俺はかなり魔力が多い方みたいなんだ。実際昨日もかなり魔力が余ってた。余力を残すから水を出しても構わないか?」


「なんでそんなに体を拭くのとか洗濯にこだわる?」


「あー、清潔にすると病気になりづらくなるんだ。病気になると動けなくなるし、薬代だってかかるだろ?だから普段から清潔にしておくことで病気の予防をしてるんだよ」


この口ぶりだとここでは手洗いすら徹底されているかどうかも怪しいな。

そういえば飯を食う時も手を洗ってなかったぞ。


「分かった、余裕があるならそっちで自由に使って良い」


「本当ですか、ありがとうございます!」


イチノセはぱぁっと表情を輝かせた。

俺は昨夜風呂に入ったけど、他の転生者はもう2日風呂に入ってないんだもんな。

水浴びぐらいしたいだろう。


水浴びに使う場所は拠点内に排水部屋があるからそこでやるように、とのこと。

汚れた水を垂れ流して良いのか?と思ったが、その部屋にはウォータースライムが大量にいて汚れた水をたくさん吸収するそうだ。

そうして分裂したスライムは間引いてその皮を再利用できるらしい。


夕飯後に排水部屋で合流する約束をして、イチノセと別れた。

その後ぐるっと拠点を見て周り不備が無いことを確認する。

最後に水汲み場を見に来た。

最初に見た時はここは崩落していて俺が作り直したから頑丈にできているはずだ。


地下から湧き出る水だが、これも毒素で汚染されていてそのままでは飲めない。

少し触れるぐらいなら問題無いが、口にするのはアウトだ。

なので手を洗ったりするのには未浄化のものを使い、その他は浄化してから使うらしい。

泉のようになっているそこから木のバケツで水を汲んでいる人がいた。


「水を通すだけで浄化されるような仕組みがあったら便利なんだけどな」


「そんなの作れるとしたら結界装置や結界フィルターつき防護マスクを作り出した大聖女ぐらい」


「女神教トップの大聖女とは別人なのか?」


「結界装置を使った大聖女は数百年前の人間。その頃はまだ瘴気は世界を覆ってなくて、徐々に蔓延してる状況だった。その結界装置作りが間に合ってなかったら人類は全滅してたと思う」


人類全滅、か……。

今だってこの瘴気をなんとかする方法が見つからなかったらそのうち全滅しそうな環境だけどな。

全滅と言えば……。


「そういえば、ニアノーみたいな獣人って見かけないな」


と聞いてみると、ニアノーは少し悲しそうな顔をした。


「結界装置が完成した時、それは全部の国に行き渡らせるには足りなかった。結界装置の所有を巡ってあらゆる国が争った。その時獣人が多く住む国は負けて、瘴気に呑まれて魔物になった。今いる獣人はそれの生き残りって聞いた。だから今の時代、獣人はあまりいない」


「そう……なのか」


「それに獣人は王都や町に住むのを認められていない。だから獣人はコロニーに身を寄せて、必然的に死亡率が高くなる。どんどん数が減ってる」


このコロニーにはニアノー以外の獣人はいない。

他のコロニーでも同じような感じなんだろう。


「辛いこと聞いて悪かったな」


「別に。リーフの人たちはみんな良い人だし、今の生活は悪くない」


ニアノーは小さい頃は別のコロニーを転々としていたんだったか。

その口ぶりからするに迫害されていたんだろう。

なんにせよ、今の彼が悪くない生活を送れてい

て良かった。

 





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