第7話 コロニーでの食事

 

大きな町や王都では労働の対価として金銭を得てそのお金で品物を購入する仕組みが働いているが、小さな村やコロニーではそうもいかない。

そういった場所では物資のやり取り、つまり物々交換が主流となる。

特に食べられる物は価値が高く、高レートで取引されている。


土は瘴気に侵されているため作物を育てても育った作物は瘴気の毒素をたっぷりと含んでいる。

魔物の肉なんてもってのほか、瘴気から生まれる魔物の肉が毒素に蝕まれていないはずがない。

自生植物も当然瘴気に侵されている。

それらを口にすれば体内に確実に毒素が溜まっていき、魔物化するのも時間の問題だ。


ではどうやって食料を得ているのか?

この問題でも聖女及び聖者の存在が重要視される。


聖女聖者らが扱うことができる神聖力。

これには瘴気による毒素を抜く力もある。

しかし、全ての大地の毒素を抜くことなどできやしない。

故に土を小分けにして運び込み、ちまちまと毒素を抜いてから鉢植えに入れる。

そこへあらかじめ毒素を抜いておいた種を植え、更に毒素を抜いた水もしくは魔法で出した水で育てる。

そうしてようやっと人間が食べても平気な作物が育つ。


そして魔物は完全に生命活動を停止させ魔石を抜いてから神聖力で毒気を抜けば、肉を食べることもできる。

しかし全ての魔物が食用に適しているわけではない。

ゾンビなどの腐った肉は食べては腹を下すし、ゴーレムやスケルトンなんかはもちろん過食部が無い。

レイスやゴーストなどの実体の無い魔物は当然食べられない。


魔物化していない数少ない動物を無理やり交配させることで数を増やしそれを食べるという畜産行為も行われているが、それはガチガチに防衛設備が整った砦の内側で行われている。

そしてそれは国が管理している。


そこで加工された肉は王都や大きな町の住民へ売られる。

腐ったり食べられなくなってしまった物はゴミをまとめて投棄する廃棄場へ運ばれ、それを目当てにコロニーの者たちがそこへ群がる。

故に町に住んでいる者はコロニーの者たちを『浮浪者』『ゴブリン』『ゴミ溜めの民』『物乞い』などと呼び人間扱いしない。


しかし、そんな中にもコロニーの者たちを気にかける者たちも一定数存在する。

物資を横流ししたり、聖女聖者の中にも神聖力をコロニーの者たちのために使う者もいる。

そういった者たちからの援助や協力を受け、なんとかコロニーは成立している。


などといった話をしばらく聞いて、なんとなくこの世界のことを理解できてきた。

遅めの朝食……いや、この時間だと昼飯か?とにかくお腹も空いたので休憩も兼ねて食事の時間となった。


俺たちの荷物は取り上げられていたが、各々返してもらう。

ちなみに携帯結界装置は調査中として返してもらえていない。

携帯結界装置も装填されている神聖力を消費して結界を張る代物らしい。

しかしこの世界に存在する町などにある結界装置はとても大きな物で、こんなに小さくて持ち運びできるような物はこれまで存在しなかったそうだ。

なのでこんなに小さくてどうやって動いているのか調査しているんだとか。


それについても一悶着あったが、揉めている奴らは放って置いてこっちは勝手に食べさせてもらおう。

と言っても俺たちが持っているのはあの不味い干し肉だけだ。


アメルダは俺たちを誤解とはいえ捕らえて乱暴したお詫びにと、ここでの一般的な食事をご馳走してくれた。


目の前に並べられたのはスープと干し肉、めちゃくちゃ小さな黒いパンと、何粒かのベリー、それと棒状の何かだった。

アメルダは何やら自慢気に胸を張っているが、この世界での一般的な食事の質が分からない。


「こ、こんな貧相なのが客に出す食事かよ!お前らには恥とか見栄ってもんが無いのか!?」


転生者の1人が机を叩きながら立ち上がり、そんなことを叫ぶ。

それに反応して部屋の隅に立っていた見張りが武器に手をかけたのが視界の端に見えた。


「何だと?本気で言っているのか?」


アメルダの片眉が吊り上がる。

怒り半分、困惑半分ってところか。


「まあまあ、落ち着いて」


金髪イケメンがさっと2人の間に入って仲裁する。


「僕たちが違う世界から来たことは知ってるんだよね?この食事は僕たちの感覚ではお客様に出すような食事ではないように思えるんだ。認識のすり合わせも兼ねて説明してもらえないかな?」


「ああ……、……そうだな、説明してやる」


まず、スープ。

これはムッシュマッシュと言うキノコの魔物の肉とフォレストビーンズという豆を煮て岩塩で味付けしてハーブで香りをつけた物。

ムッシュマッシュは先日狩ったばかりの物で、干しキノコにしていた物をもどして使った。

干しキノコは本来ならば王都のとある伝手へ売れる商品だ、それを使ってある。

豆は干し豆なんかじゃないここで採れた新鮮で採れたての物。

岩塩は混ざり気の無い上質な部分を使ったし、ハーブも干し肉を作る用の物をわざわざ使った。


次に干し肉。

これはゴブリンやコボルトの肉じゃない、高級肉の部類に入るディアベアーの肉をしっかり処理して売り物用に作った物だ。


そして、なんと……パンだ。

パンと言えばこの辺りでは国が厳重に管理、保護している村でしか生産されておらずそもそもの数が少なく希少性が高い。

自分たちだって時々口に入るかどうかという代物だ。


その小皿はスパベリー。

これはアメルダが個人的に栽培している物で本来ならば商品にすらしていない、限られた者しか口にできない嗜好品だ。

初めて食べる者にはその酸っぱさは慣れないとは思うが、食べ慣れれば酸味の奥にある仄かな甘みと爽やかさが感じられる。

頭をすっきりさせたい時なんかに効果抜群だ。


極め付けはこの棒、なんとスイートトレントの根っこの部分だ。しかもエグ味が少ない先っぽの部分だぞ。

これを味がしなくなるまで噛む。

あまーい味がする上に歯磨きまでできる優れ物だ。


「どうだ、これを聞いてまだこれが貧相な食事だと思えるか?」


アメルダは自信満々だが、転生者たちの間には気まずい沈黙が流れていた。

確かにアメルダの話では本来商品にするような物や希少な物まで使っていることが分かる。

だが、元日本人の感性からすればどこまでいってもこれらは『魔物キノコと塩の豆スープ、魔物の干し肉、とても小さな黒いパン、酸っぱい小粒のベリーが数粒、魔物の木の根っこ』である。

しかし、ここで問題なのは『故郷と同じ料理じゃない!』と憤慨することではなく、相手が出来得る限りの贅を尽くしておもてなししてくれたことへ感謝することである。

誰も料理に手をつけない中、俺は1番馴染みのあるパンを手に取った。


まずは半分に割……割れない。

えっ?と思い今度はしっかり両手で持ち、力を込める。

か、硬い。なんだこれ。

ふと、フォークとスプーンの隣に置いてあるナイフが目についた。

レストランとかで使うようなナイフではなく、サバイバルで使うようなしっかりした大きなナイフだ。

何でこんな物あるのかと思ってたけど……、もしかして?

ナイフを手に取り、パンに当てて切ろうとする。

ギコギコギコギコ……なんとか切ることができた。


歯が立つのか疑問だったけど、中の方は比較的……本当に少しだけ柔らかいようで、ガリガリガリとクルミを削るリスのような感じで食べることはできた。

肝心の味はというと……酸っぱい?酸味が強くて、何かの味はする気がするんだけど何かは分からない。

あと小麦の味がほんのりしかしない。全くいないってわけじゃないんだけど、集中しないと分からないほどだった。

うん、俺の知ってるパンじゃないな。


続いてスープ。

魔物を食べることに抵抗はあったが、即死さえしなければなんとでもなると思いスープを口にする。

すると、意外にも美味しかった。

豆はちょっと青臭いが、苦言を呈するほどじゃない。

それにキノコはぷりぷりしていて噛むと程良くほぐれて、噛むほど出汁が出て美味しい。

味付けは塩だけとのことだったが、岩塩が良いのかキノコの出汁なのか分からないが美味しかった。


少し期待しながら干し肉をかじる。

おっ、これは美味い!

肉の味が濃くて、こう……肉!!ってガツンとくる感じ。

臭みはどうしても感じるものの、そもそもがジビエだと思えば悪くない。

ハーブの風味と、少しだけスパイスのようなピリリとした刺激も感じる。

さ、酒が欲しい!これは舌の肥えた日本人も大満足の味だぞ。


そして油断してスパベリーを口に放り込み噛むと、ぶわっと溢れ出した酸味に思わず飛び上がりそうになった。

慌てて飲み込んでしまったので今度は落ち着いて2粒目を口に入れる。

なるほど……確かに酸っぱい。というかめちゃくちゃ酸っぱい。

この小粒サイズだから我慢できるものの、これがレモンサイズで丸かじりだと多分食べられない。

3粒目を食べた時に、おや?と思った。

舌が慣れてきたのか酸味以外の甘みや清涼感を感じるようになった。

確かにこれは頭がすっきりしそうだ。


そして最後の木の根っこだが……。

郷に入っては郷に従えと言うし、恐る恐る口に入れて噛んでみた。

お……?甘い、な。さっきのベリーの仄かな甘みではなく、割としっかり目の甘みだ。

とはいえ砂糖とか練乳みたいな濃厚な甘みではない。

そうだな……サラッとしたうっすいメイプルシロップみたいな味だ……。

ちょっと土の味というか、えぐ味が気になる人は口にするのは嫌がるかもしれない。


周りを見れば俺が先に食べたのを見て警戒を解いたのか、他の人たちも徐々に手をつけ始めていた。

 


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