ifエンド 恋人は鎹、智洋くん

 分岐条件 穏やかな日常も悪くないなと考え、手頃なところで妥協する。


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 私の今世での幼馴染、智洋くんは善良である。ついでに純粋ピュアピュアで、何年も一緒にいるのに未だに私の本性にも気づけていないお間抜けさんである。……その理論だとみんなお間抜けさんになっちゃうじゃん。全方位に喧嘩売るのやめなよ。


 私の本性を理解しているのなんて、前世の幼馴染であった美保さんくらいである。それですら私が具体的にやろうとしていることは理解していないはずなのだから、私の本性に気がついていることとお間抜けであることに相関関係はないと言っていいだろう。……関係があるのなら聡くんが気づけていないはずがないもん。


 というわけでお間抜けかはともかくとして、純粋ピュアピュアなのは間違いないだろう。ピュア故にほんの小さなことも気にしてしまい、私の発言をどれもまともに捉えてしまい、その結果として脳破壊されてきたのだ。脳破壊の被害者は純粋なものにしか務まらない。心が汚れていると壊し甲斐がないし、心が強いと何度も繰り返すうちに何も感じなくなってしまうからね。その点私の智洋くんはいつでも何度でも繰り返し楽しめる。だからなかなか手放す踏ん切りがつかなくて、いつの間にかくっついてしまったんだよね。この私の崇高な目的を妨げるとは、なかなかに罪深い少年だ。みんなの救世主かな?


 自分のことを積極的に犠牲にして、その分ほかの人たちの平穏と幸せを守る智洋くん。実際のところは救世主なんて立派なものではなくて、ただの生贄か人身御供あたりだね。



 さて、それではここで、智洋くんの周辺環境を一度整理しよう。智洋くんは竹俣たけまた家の長男、一人息子として生まれてきた。幼い頃から若干引っ込み思案で、あまりお友達はできず、その結果とっても私にとって扱い易いいい子に育ってくれた。……そうなるように仕向けたのはお前だろうって?さすがの私も生まれ持っての性格には干渉できないよ。扱いやすくなるように仕向けたのは否定しないけどね。


 そんなふうに親からの愛情と私の寵愛(笑)を一身に浴びてすくすく育った智洋くんは、育っていく過程で私に依存するようになって、そのあおりを受けてお隣パパはお仕事漬けになった。うちのパパ上と比較すると、お隣パパの収入は多くなかったのだ。おうちのローンと子供の学費、高い高いで大変だね。智洋くんがふつうの公立中学に通ってくれればこんなに苦しまなくて済んだのにね。


 ついでに最愛の人との時間をまともに取れなくなって、お隣ママの精神はイカれた。そこに私がつけ込んでとってもいい子になってもらった。私の言うことを素直に聞いてくれるお隣ママ、嫁姑問題は早くも解決だねっ!


 こんなふうに言葉にすればほんの少しで説明できてしまう智洋くんの人生の薄っぺらさには涙がちょちょぎれ……ないね。私のおやつとして生きてきたのだから、ざんねんながら当然である。私がなにか酷いことした時に、我が家とお隣一家の関係が悪くならないように仕込んでおいたんだもん。


 そして、この仕込みは思わぬ所で役に立ってくれたのだ。そう、私が誰かのお嫁さんになる上で、この上なく過ごしやすい環境なのである。忙しくてなかなか帰って来れないお隣パパと、私の言うことならなんでも聞いてくれるお隣ママ、ついでにかまって欲しいわんっ!と懐いてくる智洋くん。……ちょっと特殊なNTR漫画の導入かな?“幼なじみ(♀)にネトラレた俺の母(♀)”みたいな。特殊なのはちょっとじゃなくてだいぶだよ。少なくとも私はそんなシチュのものを見たことがない。


 そんな特殊漫画の冒頭みたいな家庭環境はさておき、智洋くんである。私が色々妥協した末に手を打った智洋くん。私のことを素直で純粋で優しくて賢くて天才なだけの美少女だと勘違いしている智洋くんだ。実際には芸術系の才能と美少女ということくらいしか事実がないね。……美少女は否定しないのかって?あのさあ、私はママ様そっくりなんだよ?世界一かわいいママ様に似ているのにかわいくないわけないじゃん。かわいいねって褒められたら、でしょっ!って返せるくらいには自信を持って美少女である。謙遜したところで私のお顔パワーは変わらないのだから、否定するのが無駄である。やはりつよつよお顔は最高だな。ルッキズムに栄光あれ。


 私のお顔はさておき。話を戻すと智洋くんは善良である。飛びっきりの善良である。多分私が智洋くんを手玉にとって捨てたとしても恨まないだろうくらいには善良だ。くぅ、見ていると性善説信者に鞍替えしそうだぜ。


「……光ちゃん、朝だよ。起きて」


 それもさておき、私の優雅な一日を紹介しよう。私真白光の朝は、智洋くんに起こされるところから始まる。お布団でぬくぬくすやぁしていると肩を揺らされて、むにゃむにゃなおめめを開くとそこには智洋くんのお顔。以前ダメ智洋くん製造プロジェクトを進めていた時とは真逆の構図だね。当然、私は体内時計さんがつよつよなので起こされる前に起きている。それにもかかわらずこうやって寝たフリをしてあげているのは、智洋くんの米粒みたいな自己肯定感を育ててあげるためと、サービスだ。眠って(狸)いる美少女を起こして、寝起きふにゃふにゃ状態を見れるなんてご褒美でしょ?私はホスピタリティに溢れているのだ。……ところでダメ智洋くん製造プロジェクトって何?私そんなの知らない。


“ひろちゃん、おはよぉ……”とふにゃふにゃ声に半開きのおめめで挨拶して、ベッドの上にぺたん座り。10秒ほど頭をフラフラ揺らして、ゆっくり左右に振ってから両頬をぺちぺちする。毎朝恒例、頑張って眠気と戦う美少女ムーブだ。当然ひとりで起きた時はこんなことしない。我ながらアザトス・ギルな。ニチアサ変身ヒロインならカラーリングは黄色だろう。


「あら光ちゃんおはよう。今日の朝ごはんはパンでいい?お米だと今から炊くかチンするかだから時間かかるけど、どうする?」


 智洋くんへの日々のご褒美その1、通称ログインボーナスを終えてリビングに降りると、朝からニコニコで嬉しそうなお隣ママが朝ごはんのことを聞いてくる。そう、私は現在、智洋くんのお家にお泊まりしているのだ。と言っても毎日じゃなくて、週に二、三回程度だけどね。お隣一家は私がお泊まりに来るととても機嫌が良くなり、みんな優しくしてくれる。楽でいいね。


 お隣ママにパンでいいこととお礼を伝えて、今日の晩御飯は一緒に作ろうと約束すれば、それだけでお隣ママはさらに笑顔になる。間男(♀)と一緒にいて、尽くせることがとっても嬉しいんだね。完全に洗脳済みだな、おもしれー女。


 少しづつみんなの認識を歪めていって、私にとって都合がよくなるように仕向ける。もちろん、何かの間違いで目が覚めた時に困るから、直接私から何かをするように言ったりしないよ。ただ本人たちがそうしたくなるように振舞って、そうしてくれたら喜ぶ。予め調整した甲斐あって、とっても簡単なお仕事だね。


 ついでにこっそりお隣パパへ金銭援助をすれば、もう何も怖いものはない。智洋くんは私のおやつだし、お隣ママは私のこと大好きだし、お隣パパは私に逆らえない。頬をぺちぺちしながら命令すれば靴だって舐めてくれるだろうし、多分首輪をつけてお散歩もするだろう。もちろんそんなこと、本当にさせたりしないけどね。ただやれるというだけだ。そして、やれないとやらないの間にはとても大きな違いがある。気持ち的にね。


「光さん、少し相談したいことがあるんだが、このあと少しいいかな?」


 私が、“お前らなんてその気になればお散歩わんちゃんにできるんだぞ!”なんて考えていると、そんなことは知りもしないパパ犬……もといお隣パパが、少し深刻そうな声で話しかけてくる。もちろんいい子な光ちゃんはにっこり笑顔でOKと返して、智洋くんやお隣ママには話を聞かれないようにお隣パパの部屋に入る。元々は夫婦の寝室だったこの部屋も、二人の時間を確保できないことに怒ったお隣ママが出て行ってしまってからは一人の部屋だ。一人じゃ余る部屋にぽつんと置かれた大きなベッドが寂しいね。ちなみにお隣ママは来客用だった部屋をちゃっかり確保しているよ。邪魔やベッドがない分、そっちの方がスペースを多く使えて快適だとか。


 さて、そんな冷めきった夫婦の寝室で、長いことお預けだったオジサマと美少女が二人きり。何も起こらないはずはなくて、お隣パパはおもむろに土下座を始める。……もっとむふふな展開かと思った?美少女が家にいるのに襲わないなんて不能か?あのさぁ、エロ漫画じゃないんだから、自分の生計を握っている美少女(息子の彼女)に対して無体な真似なんてできるわけないじゃん。


 勤め先の経営難だとかで、家族を食べさせるためには小娘に頭を下げるしかなくなったお隣パパに、そんなことしないでと慰めの言葉をかけながら頭をあげさせる。そうして、智洋くんと一緒にいるためだもんと言いながらお金を渡すことに同意すれば、お隣パパは実に情けない顔をしながら私にお礼を言った。ちなみにお隣パパの収入は、勤め先が経営難とは言っても一家を普通に養えるくらいにはある。私に頭を下げてるのは智洋くんの学費が大きいからだね。ついでに大学受験の費用。……またもや私のせいじゃないかっ!“君がいなかったら智洋の夢は諦めてもらわなきゃいけなかった……”なんて救いの女神でも見るかのようにこちらを見るお隣パパに教えてあげたいね。あなたの前にいるのは厄病神の類よ。


「そんなことよりお義父さん、お金のことは私に頼ってくれていいから、もっとお義母さんやひろちゃんとの時間を大切にして」


 家族には仲良くしてほしいの。だからお願いとお隣パパの目を見てオネダリすることで事実上命令する。お財布の紐を握られているお隣パパは、私のおねがいに逆らうことができない。もちろんあまりにも無茶なことを頼めば拒絶してくるだろうけど、こんな程度のおねがいであれば間違いなく言うことを聞いてくれる。


 そして言うことを聞いてくれるということは、お隣パパが家族との時間を大切にするということであり、私のサポートがあれば家庭環境の再築が可能ということである。……自分が一度壊した家庭を直すことに罪悪感はないのかって?ちょっと何言っているのかわからないな。私がこうすることで、お隣一家はみんな幸せ、私もみんなから感謝されて幸せ。win-winじゃないか。


 そういうわけでお隣一家家族関係修復プロジェクトを初めて、一年という長い時間をかけて終わらせる。するとなんということでしょう、家にいる時間よりいない時間の方が長く、通勤時間よりも家で起きている時間の方が短かったお隣パパが家族と笑顔でご飯を食べれるようになりました。たぶん札束ビンタで気持ちよくなっちゃったんだね。


 続いて、九割くらい私に心を奪われて少しヘラりかけていたお隣ママ。自分の息子に対して嫉妬心メラメラになっていた彼女は、なんやかんやあって夫婦仲が改善した。何があったのか詳しいことは割愛するが、智洋くんに年の離れたきょうだいができそうと言えば改善の程度はわかるだろう。こいつらみくすしたんだ。


 そして、最後におやつくん。特筆すべき変化はない。いつも通りのおやつくんだね。一応将来的にはパパになってもらう予定なので、その辺の刷り込みを実施中である。前世で作れなかった分、光ちゃんは子供に興味津々なのだ。パパ上、光は恋人の家で不純な交遊に励むはしたない子になっちゃったの。ごめんね。……ママ様?甘納豆のお赤飯炊いてくれたよ。そのせいで脳が軋んでいるような表情になったパパ上のことを寝室に連れ込んでいた。灯に初妹ができるのも遠くないかもしれない。


 実両親も義両親も揃ってお盛んになりやがって……と考えながら、智洋くんに対して“おらっ!お前がパパになるんだよっ!”をする。そしてやればできる。ぽっこりしたお腹がスッキリした頃に、小さい頃の灯にそっくりな赤子を美保さんに見せて、軽い脳破壊を楽しむ。うんうん、お祝いしてくれてありがとう。美保さんも私以外にいい人を見つけて幸せになってね。君の幸せのためなら、私はお金の援助を惜しまない。




「……光ちゃん、光ちゃんは今、ちゃんと幸せになれたかな?」


 気兼ねなく話せる友達がいて、仲のいい両親たちと義両親。昔から英才教育を施してきた甲斐あってとてもいい子に育ってくれた智洋くん伴侶。生まれ変わった頃の自分に言っても、きっと信じなかったくらいには想像と違う姿だ。本当に自分かと心配になるくらいには、色々変わってしまったと思う。



 けど、なってしまえば案外変化も悪くないものだ。小さな命を怖々と抱きしめる智洋くんを見ていると、不思議なことに心の底からそう思うことが出来た。



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 おやつくん

 やればできる子。意識せずに骨を抜いてしまう。


 一般性癖さん(骨抜き)

 オデ、アカチャン、マモル

 家族仲は良好であってほしい。


(元)幼なじみちゃん

 ぽっこり膨れたお腹を愛おしそうに撫でる元伴侶の姿に脳みそが破壊された。発狂しかけていたが、ちっちゃなお手手で人差し指をぎゅってされて浄化された。あたしも子供欲しい!でもヒカリ以外の男なんて嫌っ!……そういえば女の子同士でも子供って作れなかったっけ?……ヨシっ!



 ハッピーエンド、ヨシっ!(╹◡╹)

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