ifアフター 廃棄物回収業者、美保さん

 あるかもしれないアフターです(╹◡╹)


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 本性を聡くんに晒されて、これまでの全ての努力を台無しにされてしまった私は、気がつくとひとり我が家にぽつんと立っていた。これまでにやったことと、やろうとして未遂に終わったこと、それらを計りにかけた上で、聡くんは潔く私をぽいっ!することに決めたらしい。近くに置いておいたら人生を破滅させようとしてくる相手なんて、そりゃあまともな神経してたら一緒にいたくないよね。当然だね。私でも同じことする。


 だから、頭では理解できるのだ。自分が捨てられて当然だということも、私から離れた方が聡くんのためになるということも、転生したぶんの貯金を使い果たしてしまって、身近な人に本性を知られた私にはもう新しく才能を探し直すことすらできないことも。全部理解した上で、仕方がないと思った。


 悔いがないとは、口が裂けても言えない。確かに、二人に教えられたように、私は自分の努力が無駄になるのが好きだった。人生をかけた大勝負に負けたのは、それこそ直後の記憶がしばらく曖昧になるくらい気持ちよかった。けれどそうなったのはそれだけ真剣だったからで、悔しかったからだ。完遂したかった気持ちも十分にある。


 けれど、それと同じくらい、止めてもらえてよかったとも思ってしまうのだ。私の趣味、私のエゴで、人の人生を台無しにしなくて済んだ。済んだと言い切るには少し色々遅かったかもしれないが、決定的なことはせずに済んだ。そのことに安心してしまっている自分がいるのも、間違いのない事実だ。あれだけ頑張っていた聡くんの人生が、守られてよかった。そう思っているこの気持ちも、きっと嘘ではない。


 ……なんだ。どうやら私は、自分のやりたいことのために人の人生を弄んできたくせに、人並みに人の心があったらしい。ずっと一緒に暮らしていた聡くんに対して、情が湧いていたらしい。その人生が守られたことに安堵しているらしい。自分の趣味すら把握しきれていなかったことといい、自分の気持ちすらきちんと把握出来ていなかったことといい、自分が恥ずかしくなる。



 そうやって、何とか自分の中の感情にひと段落ついたところで、気になるのは二人のこと。私の知らない私を知っていて、それを教えるために、本人たちが言うには私のためを思った私へのプレゼント、本性大暴露なんてことをしてくれた美保さんと智洋くんの事だ。


 なぜ、この二人が私の趣味を知れたのか、それがわからない。自慢じゃないが私はいついかなる時もママ様に恥じぬ自慢の娘として振舞ってきたし、事実として家族にも聡くんにも悟られることなくここまでやってきたのだ。……才能ちゅるちゅるはママ様に恥じる行為じゃないかって?うるさいなぁ、今はそういう話をしているわけじゃないんだよ。空気を読んでくれないか。


 このことがどうしても納得できなくて、私はしばらく頭を悩ませた。むむむとひたすら考えて、タイムラプスでも見ているみたいにお空の色が何周かした。気がつくとベッドに寝ていて、ニコニコでリンゴを剥いている美保さんと目が合った。


「ヒカリは昔から、一度集中すると周囲のことが見えなくなるから。どうせまた倒れてると思って鍵を借りておいたの」


 ヒカリの中身を知ったくらいで捨てるような人でなしだけど、その素直さだけは評価してあげないと。と美保さん。人でなしとはもしや聡くんのことだろうか。私から見ればどう考えてもまともで妥当な判断なのだが、お目目が曇った美保さんには違う景色が見えているらしい。


 というか当然のように行動パターン把握されてるのね……と背筋をひんやりさせて、趣味嗜好もバレているんだから今更かと受け入れる。ちょっと行動が、よく言って押しかけ女房、妥当に言ってストーカーな点は、もう諦めた。


 人の行動なんて、考え方なんて、そう簡単に変わるものではないのだ。私みたいに天啓を得たりすれば簡単にコロコロ変わるのだが、一般的な人はそうそう天啓を得たりしない。そして美保さんが、ストーカー気質で色々こじらせているのは、こうして生まれ変わる前からだ。そうじゃなきゃ、



 そう考えて納得して、すぐに自分の思考の違和感に気が付く。私の認識している限りで、美保さんが私のことを見放すような出来事は、前世でヒモをしていたものと、子どもが欲しいからあなたとは別れるわ……した時の二つくらい。そしてそのどちらも、他の人ならともかく美保さんに対して私がと思うようなものではないのだ。


 その事が、頭に引っかかる。なにか大切なこと、大きなことを忘れている気がした。私の記憶力つよつよなおツムが、何かを忘れている。そんなことあるわけないじゃないかと笑い飛ばしたいところだが、見透かすように覗き込む美保さんの目を見たら考えずにはいられなかった。


「……そろそろ思い出す気になった?それとも本当に思い出せない?あたしのことなんて、思い出すのも嫌?」


 もしそうなら傷付くんだけど、と低い声でつぶやく美保さん。面はかわいいのに空気が怖い。そしてこの怖い空気も、私は知っていた。知っているはずなのに、あと少しのところで出てこなかった。舌根まで込み上げているのに出てこない気持ち悪さ。


 こういうのは、勢いをつけると飛び出すものだ。だからといって物理的に勢いをつけるなんておバカな真似、普段の私なら絶対にしないことだが、あいにく今の私は美保さんと智洋くんに気持ちよくされたせいで脳が茹だっていた。ついでにたくさん水分を吸ってふやけて、シワが減っていた。頭のシワは知性の証、なくなるとどうなるか。おバカになる。


「「……あだっ!」」


 ぶんっ!と勢いよく頭を振って、すぐ目の前にあった美保さんのおでこと私のおでこがこんにちは。デコチューってやつだな。ちょっと勢いよすぎるけど。


 欠片ほども婀娜あだっぽさのない声を出して、二人揃って頭を抱える。頭の上にお星様がチカチカするような感覚と共にゆっくり冷静さが戻ってきて、自分の行動に疑問が湧く。一体私はなんでこんな意味のわからない行動を取ったのだろう。


 その理由は少し考えてみても分からなかったが、代わりにわかるものが二つあった。一つは古い家電を直すために叩くのは合理的かつ人に対しても有用であるということで、もう一つはかつての私、前世の私が美保さんになる彼女にしてしまったこと。




 これまで私が持っていた最後の記憶は、人生の全てを込めてつくりあげた作品を自らの手で壊したこと、そしてその後、世間の反応を見ても何も思わなかったことだ。それ以降の記憶は一切残っていなかったし、自分の人生がどうやって終わったのかすら覚えていなかった。


 けれどもどうやら、私が今思い出した記憶によると、最後の記憶の後も私は随分生きていたらしい。木工作家、芸術家としての生き様を台無しにした後も、随分長いこと生きて、価値のあるものを探していたらしい。


 考えに考えて、やるべきことをやり尽くして、そうして私が思いついたのが、価値のあるものとはものではなく人なのではないかという考え。これは、私が生まれ変わった直後に得た天啓と同じものだ。いや、正確にはきっと、あれは天啓などではなく、かつての私の残滓だったのだろう。まぁ、そんなことは今となってはどうでもいい。もう20年も前のことをとやかく言っても、得るものなど何もないのだから。


 どちらかというと大切なのは、生まれ変わった私の勘違いではなく、かつての私の最後、より正確には、かつての私が素晴らしき真実に気が付いた後、どんな行動を取ったのかだ。


 これに関しては、私としてはそれほど驚くことではないのだが、自分にとっていちばん大切な人、つまりは今の美保さんをこの手で終わらせようとした。私のことを誰よりも知っていて、他の誰よりも私のことを愛してくれていて、お金でも作品でも変えられないような愛おしい存在。そんな彼女を自分の手で絞め殺そうとして、……猛烈な頭突きをもらったのだ。


 これまでの感謝と、愛と、謝罪を伝えながら、顔を近付けつつ首を絞めた。自分の手で最愛の人を終わらせられる優越感と、罪悪感と、ねじ曲がった興奮を胸に首を絞めて、何してくれとるんじゃと頭突きをもらった。奇しくも、つい先程の私と美保さんの位置関係、それと真逆のものであった。


 そして、説教されたのだ。あたしのことを絞め殺すなら、もっと他のことをやり尽くした上でやりなさいと。まだあんたとやりたいことがいっぱいあるんだから、あんたに見せたいものがいっぱいあるんだから、全部やりきって、あんたの中でのあたしの価値を最大にしてからやりなさい。それがせめてもの誠意でしょうと。


 そして、その説教に納得して、私はかつての彼女と様々なことをした。様々なことをして、いろいろなことを知った。そうしていろんなことを知って、彼女のことをほぼすべて知り尽くして、その上で絞め殺した。本人の許可を取って、その先にこそ私の求めていたものがあるのだと信じて、そうして結局、何も得ることができなかった。


 彼女の命を代償にして得られたのは、これ以上ない罪悪感だけだった。私に犯罪歴がついて、有罪判決も得ることができたといえばできたが、そんなものは所詮おまけだ。彼女でなくとも得られたものになど、大した価値はないのだから。



「……やっと思い出した?あたしがあんたのためにしたこと。あんたがあたしにしたこと。あれだけのことをしておいて、何も覚えていないなんて許されないことだと思わない?」


 まだ痛そうに頭を抑えながら、私のことを覗き込んでそういう美保さん。当たり前のように私の心を読んでるのが少し怖いが、なるほどこんな過去があったのであれば、私の行動が読めるのも納得だし、私が思い出すまで私に過去のことを教えてくれなかったのも納得である。


「思い出したのなら、あたしに言わなきゃいけないことがあるでしょ。報告しなきゃいけないことがあるでしょ。……なんとなく想像はつくけれど、あんたの口から聞きたいの。あんたの言葉で知りたいの。……あたしの命は、人生は、あんたの役に立った?あんたののぞみを叶えられた?」


 その質問に対して私が返せる答えは、Noだけだ。私の行動によって得られたものは、間違いなく彼女の人生に見合わないものだった。私は、彼女の人生を無駄遣いしてしまった。


 だから、こうなってしまった時点で、この終わり方はきっと決まっていたのだ。私が美保さんに負けた時点で、私はこうすることでしか責任を取ることができなかった。


「ねえ、ヒカリ。あたしは今度こそ幸せになりたいの。輝かしいものじゃなくてもいい。ほっと温かい、些細な幸せがあればいい。大切な人と一緒にいることができて、大切な人と笑うことができて、あんたにも幸せでいてもらえるだけの、そんな幸せがあればいい」


 そう言われてしまうと、私は弱いのだ。もとより美保さんに対して後ろめたい気持ちがあって、思うところがあって、幸せになってもらいたいと思ってしまう私は、その言葉に否と返すことができない。


「……私で良ければ、また一緒にいてくれないかな。私には君が必要らしいんだ」


 きっとこう言えば、美保さんは私と一緒にいてくれるだろう。私が内心どのように思っていても、美保さんのことをどうしようと考えていても気にすることなくともにいてくれるだろう。


 だから、口先だけで絆されたふりをすることも可能なのだ。そんなことをする必要があるかは置いておいて、穏やかな生活の最後に再び美保さんのことをめちゃくちゃにすることも、できないわけじゃない。


「私のできる限りで、君のことを幸せにして見せる。今度こそ君が後悔しない幸せを掴ませて見せる」


 けれど、不思議なことにそうする気にはならなかった。それは、一度美保さんの人生を滅茶苦茶にして、その輝きの程度を知っているからか、はたまた同じものを2回作るということに芸術家の端くれとして抵抗があるのか。……いや、きっとそんなものじゃない。もっと簡単で、単純な話。



 一度ならず二度までも、私のために人生を使ってくれた彼女に、報いたくなったのだ。その大きな愛に、愛をもって返したくなった。ただそれだけの話だ。


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 木工作家さん

 自分のやるべきことをやり遂げたはずだったのに達成感がなかった。とち狂って愛する人を絞め殺そうとしたところ、殺すのはいいけどもっと価値高めろやっ!あたしそんな安い女じゃないっ!とキレられて納得。価値を最大限まで高めてから同じことをしたら何も得られるものがなかった。罪悪感が勝って推しではシコれないタイプ。


 一般性癖ちゃん

 何も得られなかったことがあまりにもショッキングだったからうっかり記憶が飛んでいた。聡くんに頼めば女の子同士で子供作れるようにならないかな?と考えている。いっぱいごめんなさいするし、いっぱいごめんなさいさせられる。


 彼女ちゃん

 好きな人とやりたいことを全部やり尽くした上で、命まで求められてちょっとハッピー。我が人生に一遍の悔いな……ちょっと子供は欲しかった。


 美保さん

 殺されかけたくらいで思いが変わるような軽い女じゃないバケモノ。自分の最後を覚えていなかった光ちゃんに少しぷんぷんして拗ねてた。同性じゃなかったら正体を理解した瞬間にお前をママにしていた。でもヒカリが幸せなのが一番よね。バケモノ。

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