第14節 かくて配信少女は◆◆◆になった

 ご飯を食べ終わった後。


 続きを話すでもなく、私たちは買い物にいそしんだ。


 いや主に私が買わされたんだけど。



 化粧品、小物、服、服、服……。


 かわいいとか、似合うとか言われると、その。つい。


 両親と来たときは、そうでもなかったんだけどなぁ。



 こう、似合うと好きは別じゃない?


 お母さんは似合うっていろいろ選んでくれるけど、微妙に私の好きなものではない。


 くろとママは好きに買えっていうけど、そうすると変なものばかりになっちゃう。



(なんで亜紀さんは私のツボばっかり突いてくるのか……)



 弱った。とても楽しかった。


 自分の知らない、好きと似合うをいっぱい発掘されてしまった。


 買ったものには、いくつか……早く身に着けてみたいものもある。



 一番のお気に入りは、もう着てるんだけど。


 微ださいくらいの、おしゃれパーカー。実は結構お高い。着心地がとってもいい。


 子どもっぽく見えるんだけど、それにしては見てもわかるくらい質感が良い。



「やっぱりゆめかちゃんは、ちょっとボーイッシュなものが良く似合うし、とてもかわいいわね」



 隣……歩くときに揺れる手が、触れあいそうな距離の、近い隣から、声がする。


 少し上から、何度も亜紀さんが私を見ているのが、わかる。


 ……顔が上げられない。ぜったいすぐ目が合っちゃう。



「まさか子供服に逆戻りするとは、思いませんでしたけど」


「あそこは子供服メインだけど、ターゲットは『小柄な人』なのよ」


「え、そうなんですか?」



 道理で、たまに攻めたデザインのものまであるわけだよ。


 最近の小学生すげぇなとか思った汚れた私は、全方位に謝らねばなるまい。


 ……いや私はそんなの買わないし。着ないし。似合わねーし。



 というかそもそもよく亜紀さん知ってるな?


 やっぱり美容服飾系の人だろう?


 ダンセク、Vダンの衣装かわいいし、結構そういうこともやってません???



「ま、私は着れないけどね」


「にしてはお詳しいですね?」


「白状すると私……かわいいもの、ちょっと好きだから」



 なにいってんのこのひとかがみみてめっちゃかわいいやんけ。


 ……いかん、頭ゆだって知能下がる。照れた笑顔で言わないでください破壊力高い。



「ゆみかちゃん、こっち」



 亜紀さんが一歩前に出て、ガラス扉を引いて開けてくれた。


 私の買ったものもだいぶ持ってくれてるし、エスコートさりげないし、イケカワイイ人め。


 扉をくぐった先は……私が最初に来た、屋上。



「あれ、全部片付けられちゃってますね」



 ショー会場は跡形もない。あるのは広めの空間だけ。


 その向こうから、少し傾いた陽射しが差し込んできている。


 朝一から来て、もう夕方、か……。早いな。



 もう、終わっちゃうのか。



「今日が最終日だったから。今度は西区の方だけどね」


「市内各所でやるんですか」


「手を変え、品を変えね」



 後ろから来た亜紀さんが私を追い抜いて、端の方へ歩いていく。


 私は荷物を近くのテーブルに置いてから、その高い背中を追いかけた。



御倉市おくらしのいろんなところに行って。いろんな人と関わって」



 荷物を持った左手を、肩に乗せて。


 右手を腰に。


 こちらに背を向けた亜紀さんが……夕日に向かって呟く。



 私は、なんとなくそのお顔が見たくなって回り込んだ。


 亜紀さんの横顔は、昼間「情けない」と言った時のように寂しそうだった。



「そうやって護るべき人たちを見てないと、私はすぐ戦えなくなるの」



 ……アニメの魔法少女プリアックスも、そうだった。


 仲間や、無力な市民を背にすると、すごく強くなる。


 でも一人だと、心がくじけてしまうこともあった。



 そんな彼女を励まし、助け合って戦う魔法少女たち。


 特に勇気の使徒・プリスピアと、プリアックスの友情はとても、尊くて。



「ゆめか……プリスピアのようには、なれない」



 でも、現実はそれだけじゃ、ないみたい。


 亜紀さんの声に、拒絶の色が混じる。


 諦めのようでもあるけれども、どこかすがすがしそうだ。



「シルバーたちから、聞いてるんでしょ?」


「え? へ? あ、はい聞いてます知ってます」



 急に振られて、私はあわてて答えた。


 毛玉どもは大したことを喋らなかったので、結局私はあまり知らないんだけど。


 でも大事なことは知っている、つもりだ。



 亜紀さんが昔、お母さんたちと一緒に戦っていたこと。


 亜紀さんは……魔法に目覚めなかったこと。


 その時も今も、ずっと一人で、戦い続けているということ。


 

「ずっとみんなに追いつきたかったんだけど、いい加減よくわかったわ。


 そんなの無理だし――――無駄だって」


「そんな!?」



 私は思わず叫んだ。


 でも亜紀さんは、首を振って。


 

「いいのよゆみかちゃん、それでいいの。


 私はもう、戦える」



 亜紀さんが振り返って。


 私を、真っ直ぐに見た。



「あなたが、勇気をくれたから」



 …………はい?


 私なんかしたっけ?????



「ゆめかは勇敢だったし、頼もしかった。力になりたかった。


 でもいつだってあの子は、最後は自分の手で活路を開いた。


 例えば、もしあの子がいれば……今頃一人でパニッシャーズを倒しに行ってるわ」



 お母さんめっちゃくちゃやなごめんなさい??????



「私たち……私はそれに引っ張られて、くじけても立ち上がることができた。


 でも気づけば、あの子がいないと立てなくなっていたの。


 いなくなってしまった後は、本当に大変だった」



 ほんとうに何もかもうちの母がすみませんごめんなさい。



「でもあなたは違ったわ。手を差し伸べてくれた」



 ……そうでしたっけね。



「あなたの言ったことは、全部正しかった。


 『私は装備を持つべき』『能力に応じて分担すべし』『役割の責任を果たせ』。


 その上で――――二人で戦う作戦を、提案して、くれた」



 …………確かに意図は全部その通りですが、そう言われると照れが限界です。



「大人だ子どもだなんて、ほんとに関係なかった。


 私は大人の側のつもりだったけど、あなたに言われてむかっ腹が立って。それから……スカッとした。


 動物の赤ちゃんだって、懸命に生きてるからあんなにかわいいんだもの。それと同じね」



 何でしょうその理屈。同じ? 同じじゃろうか?????


 ん? でも、何か、今の、心に――――



「ごめんなさい。それから……ありがとう。ゆみかちゃん」



 いっけねごめん言うの忘れてたし! ぼーっとしてたら先に言われた!


 あーもー涙目で頭まで下げられたら言葉出んし!


 なんで亜紀さんはこう! もう! かわいいんだよ!!



 その時。多量のインプットで、限界を迎えた私のお脳は。


 すぐ前に言われた言葉を拾って、急に結び付けた。



(なんでかって、そりゃ)



 魔法もないのに、魔法少女に混じって戦って来た、亜紀さん。


 みんながいなくても、一人で街を守ってきた、亜紀さん。


 大事なもののために、柔軟に考えを変え、前を向く、亜紀さん。



(――――この人は、懸命に、生きている)



 これが、かわいい、だ。


 こんな、尊いものが、あるなんて。


 けれど。



(なのに、認められて、ない。報われて、ない!)



 どうしてそんなに、寂しそうな顔をするの?


 どうして一人になってしまったの?


 傷ついて痛いのに、なんでまだ戦おうとするの?



(まちがってる)



 こんな輝きが、世界に、認められない、なんて。



(亜紀さんのかわいいが、報われない、世界なんて)


「…………ゆみかちゃん?」



 私の体から、緑の光があふれ出す。


 それが、徐々に。


 雪のような――――結晶に、なっていく。



「ぜったいに! 間違ってる!」


<こ、これは魔法フォス!?><信じられない、強すぎるわ!><僕ら存在消えそうっス!><ぐわぁぁぁ>



 私の髪の中から少し顔を出した毛玉たちが、もだえてる。


 光の結晶は、私に集まって。


 髪が、白く染まりあがる。



「ゆみかちゃん、あなた……」



 亜紀さんが、泣き笑いみたいなお顔になってる。


 私は、はっとした。


 



 亜紀さんのなれなかった、魔法少女。


 私までそれになったら、また……亜紀さんを、置いて行ってしまう。


 違うんだ! 私が本当になりたいのは! 魔法少女じゃ、ない!!




 私は、亜紀さんと一緒に! いたいんだ!!




 私は! 私の名は――――



<――――魔法マジック・オン、【可憐なプリティ・ビースト】 申請レディ?>



 頭を振って、世界の申し出を拒絶する。


 天に左手を掲げる。


 そうして私は、自分の願いのすべてを。



<――――新規法則ニュー・ロウ、【◆◆◆】 構築開始スタート!>



 世界に押し付けた。


 髪が白から……白銀に、輝きを変える。



 魔法少女でないのなら! 私は……いや!


















「ボクは!   可 愛 王かわいいおう ! ! 」


















 二人だけの屋上に、産声うぶごえ木霊こだまする。


 白銀の光が、天に立ちのぼる。





<――――法則申請ニュー・ロウ、【可憐のプリティ・キング】 受諾カモン!>





 さぁ、世界を新しくしよう。


 大事な人の、呪縛を解いて!


 祝福を!




「君もボクと一緒に、カワイイになろう!!!!」




 降ろし、差し伸べた左手は、亜紀さんの右手でとられ。


 そっと指を絡め、握られた。



「――――はい」



 見上げた先にある、亜紀さんの顔が。


 頬に夕日のものでない赤みがさし、瞳の潤んだ彼女の微笑みが。


 世界で一番、かわいい。

 





 …………あれ。なんかいろいろ、違った、ような。




 …………………………………………。




「リテェェェェェェェイク!!!!」


「あ、はい。はい?」

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