第13節 配信少女の休日

 ~~~~やらかした!


 毛玉どもとプリプリ見てたから、深夜に来てた伝言気づかなかった!!



「行ってきます!」


「行ってらっしゃい、気を付けてね」



 お母さんに送り出され、私は車の脇に止めてある自転車の鍵を外し、またがった。



 ドリンクホルダーにボトルを差して、携帯もセット。


 ヘルメットヨシ! タイヤの空気ヨシ! 充電ヨシ! 電源オン!


 私のお高い電動クロスバイク、街道二号が火を噴くぜ!



 あ、法定速度守って安全運転でいきまーす。



 軽くぐだけで、家の前の坂をすいーっと登っていく。


 電動自転車は、つなで引っ張られるようなこの感じが癖になるんだよねぇ。


 もう無電源には戻れないぜ。げっへっへ。



 速度が出ちゃうから、なるべく広くて自転車レーンが整備された道を行く。


 いったん近くの川沿いまで出て、河原の広い道を快適に走る。


 ランニングやウォーキング、犬の散歩してる人たちなんかもちらほらいた。



 少し冷たい風を感じながら、冴えてきた頭が思考に没頭しかかる。


 徹夜明けの脳みそが思い描いたのは、もちろんついさっきまでのこと。


 携帯の通知に気づいたのは、まだ日が昇ったばかりの時間だった。



 来た伝言に返事したら、すぐ折り返しの連絡が来て。


 少し……お話して。


 祝日だし、どこかお出かけしない? と……お誘いいただいた。



 手早く、でも私にできうる限りの、おしゃれをして。


 一番早くつけそうだから、自転車で出た。


 タクシーだと、橋を渡ったりする都合で、ちょっと遠回りなんだよね。



 行き先は、ショッピングモール。


 私のうちからは、ちょっと遠い。


 亜紀さんのマンションからは、すぐ近くのところだ。



 橋を一つ渡ったところで信号に捕まり、一息つく。


 近くに止まった自動車のボディに、自分の姿が映った。



 目の下のくまは……どうしょうもなかったなぁ。


 髪は一応セットしたけど、亜紀さんが切ってくれたときみたいにまとまらない。


 あ、前髪ちょっと跳ねてる。どうせヘルメット脱いだら整え直すんだけど、気になるな。



 ……それにしても。



(我ながら、単純だ)



 一応自分の中で、考えはまとまったとはいえ。


 昨夜あれだけ悩んで、いたのに。


 ご本人からのちょっとしたお誘い一つで――――こんなにも気持ちが、浮ついてしまう。



(最初にごめんなさいを言って。あとは流れで!)



 ついでに覚悟も決まった私は前を見て、また緩やかに自転車をぎだした。




 ◇ ◇ ◇




 亜紀さんから指定されていた場所は、屋上の広場だった。


 自転車を止めて、バックパック背負って行ってみたら……なんかちびっこがわらわらいた。


 モール、開店すぐだってのに、なんぞこれ。



 亜紀さんからは伝言で、しばらくここにいろという指示が来ただけで……本人は見当たらない。


 なんか流れで私も列に並び、マスコットにパンフみたいなのまでもらって、設営された会場に入って。



『ちびっ子たちを離せ! アークマン!』


『フハハハハハ! 月を見るたび思い出すがいい、ダレンジャー!』



 ……ヒーローショーを見せられていた。



『みんな、ダレンジャーをおうえんしよう! せーのっ』



「「「「「がんばれー!」」」」」



 王道を行く、気合いの入ったシナリオ。


 魔術の派手さを思わせる、った演出。


 私はつい見入って……気づいたらなんか声援まで送っていた。



 しかも。



(……最後の撮影会に参加して、記念のカードまでもらってしまった)



 なんということだ。めっちゃ楽しんでしもた。


 このカードあれか、ゲーセンで使えるやつか。



 カードに印刷されてるのは、最近出た追加戦士のダレンシルバー。


 かっこいいな……人と吸血鬼のハーフダンピール、らしい。


 孤独に戦う、哀愁あいしゅうただよう戦士、か。



 …………配信、やってたよな。追っかけてみるか。今17話くらい、だそうだし。



 しばらく、うろうろした後。


 なんとなくゲーセンに足を向けつつ、フードコートが目に入って。


 ちょっと小腹が空いたなぁと思っていたところで、はたと思い出した。



(……亜紀さんはどこだね)



 携帯の伝言を確認しても、何も入ってない。


 けどこちらから一言入れると、すぐ反応があった。



(フードコートにいる? どこ??)



 きょろきょろと探し回っていたら――先に捕捉ほそくされてしまった。


 広めのソファーの席に座ってる亜紀さんが、大きく手を振っている。


 いちいち仕草がかわいい。お脳がいやされる。



「お待たせしました。こんなところ、に……」



 テーブルの間をって、急いで近づいた私の目には。


 まず、白のブラウスに、黒のスラックスだけのすっきりした格好の亜紀さんが入り。


 次いで、テーブルに満載まんさいの食べ物が映った。



 たこやき、ラーメン、うどん、ステーキ定食、甘いものもがっつりある……。



「ごめんね、おなかすいちゃって。ゆみかちゃんも、何か頼んできて」



 すっとICカードを渡された。


 え。思わず受け取っちゃったけど、そうじゃなくて。


 これ全部、亜紀さん一人で食べるの……?



 驚いて見ていたら……ぐーっとおなかの鳴る音がした。


 私じゃねぇし。ちげーし。亜紀さんだし。


 いや赤くなんないでくださいかわいいわ。



「あ、どうぞ食べてください! 私も何か買ってきます!」


「悪いわね、じゃあお先にいただきます」



 前に来たことあるけど、店変わってるみたいだし……私はとりあえずメニューの物色を始めた。


 遠めに亜紀さんの席をちらっと見ると、もう二つくらい皿が空になってる。



(そういやプリアックス……『名田なた 亜希子あきこ』は腹ペコキャラじゃったか)



 意外に、解像度高めに現実がアニメ化されているようだ。


 いいんだろうかそれ。秘密とか、ありそうなのに。



 あ、そば屋が消えてうどん屋だけになってる。おのれうどんめ。


 小麦はもういい、そば粉はないのか。そば粉は。


 …………あれは?





「…………なにそれ?」


「そばめしです」



 皿に雑に盛られた茶色いご飯を見て、亜紀さんが言う。


 元は「焼き」そばめしらしいが、ここのは「そばを混ぜた飯」なんだと。


 せ返るようなそば臭が、私の食欲をき立てる。



 添えられた、一本丸々の生わざびも美しい。


 おろし金までついて、素晴らしい。



「おそば、好きなんだ……」


「はい。自分でも打つんですけど、これはいい店を見つけました」



 ほとんど食べ終わってる亜紀さんは、「打つんだ……」と呟いてる。


 そんなことより私は、この堂々としたわさびに惹かれている。


 手早く、ごりごりとおろし始めた。



 ああ……香りだけで深い味わい。つーんと来てたまらん。


 ……亜紀さん、明らかに引いてるんだが。わさびとか、苦手なんだろうか。



 おっとそうじゃない。暇なうちに聞いておこう。



「そういえば亜紀さん、どこにいらっしゃったんです?」


「ずっといたわよ。写真、一緒に撮ったでしょ?」



 は?



 私はわさびとおろし金を丁寧に置いてから。


 おしぼりで手を拭いて。


 バックパックにしまった写真を、取り出した。



 その場で現像げんぞうしてくれるって言うから、つい一枚買ってしまった。


 映っているのは、私と……ダレンシルバー。


 当然、全身を覆う戦隊スーツの姿だ。けど。



 この背丈。まさか?



 私の視線が、写真と、悪戯っぽくほほ笑む亜紀さんの間を行き来する。



「こういうのも、周辺安全部の仕事のうちなのよ」


「え、ヒーローショーが、ですか?」


「あそこで使ってる魔術、本物よ」



 私は思わず立ち上がりそうになり、なんとか自分を抑えた。


 こないだ、私のスキルが地上でも使えてびっくりしたけど……。


 魔術、まで?



「地上にも神秘が漏れ出してきてるの。


 法整備とかを進める一方で、一般の方がびっくりしないように、少しずつ浸透させてるのよ」



 おぉぉぉ……ある種の広報、ってことだろうか。


 お、ということは?



「私にも、亜紀さんたちのお仕事を見せたかった、と?」



 なんか流れで、課長さんにお仲間に加え込まれそうな感じだし。


 そういうご配慮だろうか。



「多少はあるけど、違うのよ」



 でも亜紀さんは。


 寂しそうに笑った。



「ゆみかちゃんに……私の情けないところを、見て欲しかったの」

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