第12節 配信少女は原点に立ち返る


(名前、かぁ)



 確かに私のスキルは、名前がない。【◆◆◆◆】って出る。


 亜紀さんの言うところによれば、あれは不確定スキル。


 お母さんたちの話を合わせると、あれこそが私の……魔法。



(私が名前をつければ、ちゃんと効力を発揮する?)



 お風呂入ってメイク落として、部屋に戻って悩むこと小一時間。


 毛玉らは問い詰めても黙秘一点張りだし、仕方なく私は一人、思い悩んでいた。


 クマと戦闘したのは今日の夕方だし、体は疲れてるけど……気がたかぶって、ちょっと寝付けそうにないし。



 座椅子にだらしなく座り、なんとなく画面を見た。


 Vダン端末は、パソコンみたいなことも普通にできる。


 なんとなーく名付けがらみで検索して回ったけど、ピンとくるものはなかった。



(わっかんね)



 ずるりと背中がすべり、仰向けに寝そべる。


 パジャマのお腹のとこについてるポケットから、携帯を取り出す。


 …………亜紀さんからの返事はまだ、ない。



 はあっ、と自分でも引くほどでかいため息が出た。


 何か、胸がモヤモヤする。


 天ぷら食べすぎたかな。



 ……そんなわけない、か。



「めんたるりせーっと」



 どうにも、下手なごまかしも効かないくらい思い悩んでるみたいなので。


 私は気の抜けた声を上げ、気持ちを切り替えに入った。


 頭冷やしながらリラックスしようそうしよう。



 とりあえずすずんで、ダメならまたピスタチオスイーツを探しに出よう。


 座卓の下からなんとかい出す。立ち上がって、伸びをする。


 ふと見ると、たらふく食べてさらに丸みを増した毛玉どもが、私のベットで遠慮なく寝ていた。



 ……あとで寝具しんぐにしてやる。



 壁際まで行って、窓を開けた。


 少しの夜風と。



「……ゆみか?」



 ……お隣さんの声が入ってきた。


 私は無言で窓を閉めにかかった。



「まてまてまてなんで閉める」


「お邪魔でしょうに」



 うちと……さかなの彼氏である淳の家は、すぐ隣。


 そして私の部屋と淳の部屋は、窓越しに行き来できるくらいの距離感だ。



 窓枠に座ってる淳は、片手に携帯を持ってる。


 相手は、さかなだろう。よく通話してるって言ってたし。さかなが。


 ……おい。なぜ切った大丈夫か。



「もう寝ようってとこだ。気を遣うなよ」



 気まずいだけじゃボケ。



 淳がこちら側に向き直った。


 脚なげぇ。クソダサジャージなのに、かっこつけおって。



「それで? 何悩んでるんだよ」



 私はそそくさと窓を閉めにかかった。



「いやいやいやだからなぜ閉める」


「気持ち悪いわ。なんでそんなことわかるんじゃ」


「お前。何かに悩んでるとき、いつもそこから顔出すし」



 これだから付き合いが長い奴は。


 私はつい、息を吐いて……それはまた、大きなため息になった。


 下げた視線を戻すと、イケメンの気持ち悪いにやにや顔があった。



「恋愛相談なら、さかなかご両親にでもしろよ?」


「言われなくっても淳には絶対言わんわ」



 恋愛、ね。


 ……そういや、淳とさかなは付き合って結構長いけど。



「あんたたち、喧嘩とか、するの?」


「しない」



 私は速やかに窓を閉めにかかった。



「何だ今の不正解かよ」


「どこに正解する要素があったのよ」


「ねぇな」



 おのれ。人をダシに楽しそうに笑いおって。



「俺は悪いと思ったらすぐ頭を下げて、それから話をするからな。


 だから喧嘩はしない」



 淳が真面目な顔をして続けた。


 そういやそうだわ。いっつも先にごめんって言いやがる。


 私が喧嘩なんかしたことない理由の大半は、こいつのその態度が理由だ。



 Vダンの冒険仲間とのいさかいやいがみ合いは、まぁあったけど。


 そういうのは利害とかも絡むし……ちょっと喧嘩とは違うよね。



「もうごめんは言ったのか? その恋人に」


「伝言送ったけど恋人じゃねぇし」


「告ってないのかよへたれ」



 ちげーし。笑うなし。へたれじゃねぇし。



 でも……そうか。


 地道にお話するしか、ないよね。


 きっと。仲直りのための魔法の言葉なんて、ないんだ。



「まぁなら後は、俺もわかんねぇし……いつものでもやれば?」


「何よいつものって」


へこんだときは、プリプリ全話視聴するんだろ?」



 言われて、はっとした。


 思い悩んだ時はいつだって、私はプリプリ二期分96話+劇場版2本をめるように見返した。


 Vダンで伸び悩んだときも、受験のときも、淳とさかなをくっつけたときも。



 あそこにはいつだって。


 私の学びの、すべてがある。



 それにそうだ。


 あれが実話を元にしてる、って噂。


 みんなの話を踏まえると、もしかしたら……魔法のヒントだって、あるかも!



「じゃあおやすみ!」



 私は勢いよく窓を閉めた。


 閉まった後のガラスの向こうから、「おやすみ」って聞こえた気がしたけど。



「そんなことよりプリプリ視聴大会だ! ブロー小隊、起床!」


<<<<は、はい!?>>>>



 私はノリと勢いでベッドのシーツを引っぺがし、毛玉どもを床に叩き落した。



<ゆみかどの、もう深夜でフォス><夜更かしはお肌に悪いわ><眠いっス><Zzzz……>


「正座」


<<<<はい>>>>



 私はケースから円状の媒体を取り出し、手早く壁掛け大画面での再生準備を始めた。


 魔法少女プリンス☆プリンセス、第一話から一気見いっきみ開始だ。


 明日そういや祝日だし、いけるやろ。



 そしてベッドに行儀よく座ってる毛玉たちに、話しかける。



「あんたらに直接話は聞かない。ただ、て何か言いたいことがあれば、勝手に喋って」


<<<<えぇ~……>>>>


「私が強くなるためなんだから、付き合え。拒否権はない」


<<<<そんな~>>>>



 問答無用。私はリモコンを操作して、第一話からの再生を始めた。


 最初の最初はオープニングからだけど、ここは外せないから早送りはなしだ。


 私は座椅子に座り直し、お茶を飲んで一息。



<あ、ゆみか殿!><くろと殿もいるっス>



 お茶吹いた。思いっきり気管に入ってむせる。


 Vダン端末にはかからなかったな……ティッシュを取り出して、座卓を拭く。



 毛玉とボールが言ってるのは、オープニングでがっつり拳を合わせてる二人のことみたいだ。


 白いドレスの、魔法少女プリスピアと。


 赤いドレスの、神秘教団幹部・マジワンド。



(そういや主役のプリスピアは『ゆめと』で、敵のマジワンドは『くろか』だっけ)



 変身前の名前、二人のを混ぜただけだったのかよ……。


 というかやっぱり、ゆめかお母さんがプリスピアで。


 くろとママはなんとマジワンドかー、そうかぁー。



 マジワンドは確かにアニメじゃ、プリスピアの熱血で光堕ちしてたし。


 最後の劇場版だと二人、いい雰囲気だったよね……。


 現実だと、そのまま結婚したのかよ。ロマンスあふれすぎでしょ。



<あら? 魔法少女が多いわね>



 クッションが気になることを言い出した。



<おお。確かにこの燕尾服えんびふく御仁ごじんはしらないな><アッキーじゃないっスか?><アッキーは魔法少女じゃないわよ>



 ……?


 画面に映ってるのは、燕尾服に似たコスチュームの、魔法少女プリアックスだ。



 え、どゆこと?


 この流れで、亜紀さんだけは魔法少女じゃ、なかったの?



「どういうことよ、けだ……シルバー」


<アッキーは魔法少女じゃないから、喋っても問題ないフォスね!>



 そういう理屈か??



<あの子は魔法に目覚めなかったのよ><魔法が使えないから、魔法少女ではない。簡単な理屈だ>


「じゃあ私も違うじゃん」


<<<<そうだよ~>>>>



 肯定されたし。



<ゆみか殿は、魔法の種を持ってるフォ。すぐ目覚めるフォス>



 不確定スキルのこと、かな。


 でもこの話……なんかもにょるな。


 お母さんに、亜紀さんには言うなっていわれたときみたいな……もやもやが残る。



 ――――そう、か。



「亜紀さんは、魔法少女にはなれないの?」


<<<<…………>>>>



 ブロー小隊の面々が、何とも言えない顔をして黙った。


 ……無理、なんだ。



 アニメのプリプリは最後、プリアックス以外が魔法を失って、終わる。


 もしこれが現実をなぞらえているなら、お母さんたちは魔法少女じゃなくなったんだろう。


 ……でも亜紀さんは今も、戦っていて。



 ずっと、魔法もないのに。


 ひょっとしたら……一人で。


 傷つきながら。



(亜紀さん……)



 アニメから抜け出して、そのまま成長したような……かっこいい人。


 情熱があって、抜けてお茶目なところもあって。


 私に、かわいいを、くれた人。



(助けに、なりたい)



 奥歯を、噛みしめる。


 プリアックスは、年は下だけどみんなの先輩魔法少女で。


 最初はずっと一人で戦っていた、らしいんだ。



 亜紀さんも――――きっと、そうなんだ。



(強くなんかなくても。かわいくなんか、なくても……!)



 胸に熱いものが、こみ上げる。


 きっと……これが、勇気。



(私は亜紀さんの、力になりたい! 一緒に、戦いたい!)


<ゆみかどのぉ、そのぉ>


「何よシルバー」



 人が盛り上がってるところに、水を差しおって毛玉め。


 けど私は今、天啓てんけいを得たところ。


 寛大かんだいに聞こうじゃないか。



<アッキー、少女って年じゃないフォあべしぃ!?>


<<<隊長~!?>>>



 私はノータイムで、毛玉を思いっきりはたいた。

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