第11節 配信少女の魔法

 あの後。


 今後のことはまた話し合うということで、その場は解散となった。



 私は車に積んできてもらってた服に、倉庫で着替えて。


 もう暗いからと、こぶしさんにうちまで車で送ってもらっている。


 毛玉どもはどうやってか、みんな私の髪の中?に入った。



 課長さんと亜紀さんはその場に残った。


 亜紀さんとは気まずいままで。


 『さっきは言い過ぎました。ごめんなさい』って携帯で伝言送ったけど、反応がない。



 正論は人を怒らせるって……わかってるけど。


 あそこは、譲れなかった。


 だって、そうしないとまた、亜紀さんは――――



「ここですね」



 こぶしさんの静かな声がした。


 窓の外には……確かに私のうちが。



「ありがとうございました!」



 私はお礼を述べ、車が止まるのを待ってシートベルトを外す。



「ゆみかさん」



 お、割と無口めなこの方に声を掛けられるとは思わなかった。なんじゃろ?



「せんぱ……亜紀さんのことは、お気になさらず。


 ああいう人ですから、明日にはケロッとしてます」



 運転席のこぶしさんは、なんか苦笑いだ。


 ご自分でも覚えがあるんだろうか。



「ありがとうございます。でも」



 私はこぶしさんから見えない影で、そっと手を握り締めた。


 気にしないわけには、いかない。


 私はも、亜紀さんを危険な目にわせたんだ。



 私がVダンで混沌の獣にトドメを刺していれば。こんなことにはならなかった。


 さっき私が最初から戦っていれば、亜紀さんが怪我することもなかった。


 ――――どう、謝ったら、いいんだろう。



「亜紀さんとは改めて、ちゃんとお話します。おやすみなさい!」



 私は逃げるように言い捨てて、ドアを開けた。


 外に出て、扉を閉めて頭を下げる。


 窓越しに見えるこぶしさんは……苦笑いのままだ。



 背中を向けて玄関へ。車が走り出す音を聞きながら、うちのドアに鍵を差し込む。


 ……あれ、開いてる。お母さん、帰ってるのかな。



「ただいま〜」



 ため息交じりに帰宅を告げる。



「おかえり、ゆみか」



 私を出迎えたのは、スラッとしたシルエットの……ジャージ姿の、ひと。


 艶のある黒髪のショートカットに、丸く人懐っこい顔が目に優しい。


 私の大好きな――――



「ママ!」



 


 私はいそいそと、革靴を脱いでうちに上がる。


 そしてはたと思い出して、首を傾げた。



「あれ、でも。この時間お仕事じゃないの?」


「早上がりだよ。それとも……」



 目を細め、ママがすっと私に近づく。


 間近に迫った笑顔に乗って、柑橘系の匂いが香る。



「ボクがいちゃ、ダメかな?」



 ママがささやくように言って、悪戯いたずらっぽく片目をつぶってみせる。


 私は自分の目元口元が、自然にゆるむのを感じた。



「そんなわけないでしょ! ごはんは」


「せっかくだからつくったよ。ゆめかさんもそろそろ帰ってくるし、みんなで食べよう」


「うん!」



 普段は私かお母さんが作ってるけど、ママのが一番おいしいんだよね。


 あ、おなか鳴りそう。



「たくさん作ってあるから――――



 ……へ?



<<<<ゴチになります!>>>>



 私の髪から、毛玉どもが顔を出した。


 ママが楽しそうに、目をつむって笑ってる。



 いやその。


 まじで?????




 ◇ ◇ ◇




 忘れてたわけじゃあ、ないんだけどさぁ。


 課長さんがうちの両親にお話したーとか言ってたの。


 その時から、いやーな予感はしてたんだよね。



「そー。課長も元気そうね」


「こぶしちゃん、また苦労してそうだ」



 お母さんとママが笑い合ってる。



<うっま! くろと殿は腕を上げられたフォ!>


「あれから二十年経ってるんだから、そりゃうまくもなるよ」


<天ぷらうまいっス!><米が進むわぁ><お前ら煮物も食え>



 こう、「実家に帰省したら出て来そうな料理」が所せましとテーブルに並べられてて。


 毛玉どもがめっちゃ良く食ってる。


 どこで消化すんだよこいつら。おはし使うのうまいな。



 私はそっとそばをすすった。


 おいしい……少し脳がいやされる感じがする。


 ほっとして、ついため息が混じった。



「ゆみか?」



 お母さんが、そっと私に目を向けてきた。



「ん……みんな知り合いだったのかぁって」



 私はよく噛んで飲み込んでから、答える。


 毛玉どもはなんかお母さんとママと肩を組んで、胸を張ってる。


 そんなに仲良しかよ。



<ゆめか殿とくろと殿とは、それはも――――>


「だめ、クリーム。その話は内緒なの」


<<<<そんな~>>>>



 ぐ。気になる。とても気になる。



「ごめんよゆみか。そういう取り決めなんだ」


「私たちはいろいろ秘密を守る。代わりに保護してもらってるの。


 みんなも、私とくろとのことは言っちゃだめよ?」


<<<<イエスマム!>>>>



 どっかの国の、証人保護プログラムとやらみたいっすね???



「ボクらのことを知ってるのは、草堂課長だけ。


 ゆみか、他の人にも言わないように」


「……うん」



 あれ?


 もしかして。



「亜紀さんにも、言っちゃダメ?」



 なんとなく気になって、まだ二人から名前の出てない……亜紀さんのことを尋ねる。


 お母さんとママが、そっと視線を交わした。



「ダメね。あの子には特に、秘密にしておいて」



 ……ちょっともにょもにょするものもあるが。


 一方で、残念でもなく当然かなぁと思わなくもない。



<アッキーは腹芸が苦手だフォ><それに結構おしゃべりっス>



 ひどいコメントだが、否定できない。



「ふーん……?」



 なぜかくろとママが、私を見てにやにやしている。なぜだね。


 しかしこう、両親まで毛玉どもとも仲良しとなると、いろいろ繋がってくるものがあるけど。


 秘密ってことは、あんまり聞いちゃいけないんだろうなぁ。うーん。



「ゆみか、何か悩み事?」



 ほんとお母さんはすぐ私のことに気づくな?


 ちょっと眉根が寄ったかもしれないけどさ。早いって。



「言ってごらん、ゆみか。多少のコメントはしてあげられる」



 ママにまで後押しされてしまった。


 答えが返ってくるかは、わからないけど。


 ――――私の悩みなんて、一つしかない。



「……いますぐかわいくなる方法があればなー、なんて」



 可愛くなれれば、再戦にあたって考えるべきことは少なくなる。


 ……亜紀さんにも、きっと胸を張って会いやすく、なる。



「「ゆみかはとってもかわいい」」



 そこ即答でハモんのかよ。



「でも正直、前はもっと可愛かったなぁ」


「そうそう。くろとよりボクっ子が似合ったわね」



 そこほじくり返すなし。やめろし。



 ……さすがに茶化されたかあ。


 そりゃそんな方法、ないよね。



<あ、聞いてくだされゆめか殿! ロボにダメだしされたフォス!>


「シルバー、アレはたぶんゆみかの魔法に合わないのよ」


<<<<そんな~>>>>



 そんなに不満か毛玉ども。というかやっぱりお母さんそこ知ってるのね……。


 ……ん?


 スキルじゃなくて、? 魔術でもなく?



 そういやこいつらも課長さんも、魔法少女とか言ってた、ような。


 どうだろう。これは聞いたら……答えてもらえるかな。



「お母さん。魔法って、なに?」


「その人の世界よ」



 抽象的だけど、ずばっときますね?????



「スキルや魔術は、世界の認めた力。


 魔法は、、だよ」


「私、が」



 くろとママの解説を受けて、私は少し考える。


 可愛いと強くなるっていうルールを、世界に押し付けるってことだろうか?



 …………いや。


 たぶん、そうじゃ、ない。


 何かもっと、違うものな、気がする。



「その魔法は、あなただけのもの。あなたの世界。だから」



 お母さんの優しい声がした。私は思考を中断し、顔を上げる。



 お母さんと、ママが。


 あとついでに毛玉どもが。


 私を柔らかく、見ていた。



「あなたが名前を、つけてあげてね」

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