第7節 配信少女の初冒険

 お部屋の一室に、なんとエレベーターがあった。


 そこから地下の車庫?にそのまま降りて。


 乗り込んだ車は、普通の……黒いセダン?だっけか。そんなのに見えるんだけど。



 内装が高級感ばりばりだった。


 後部座席、座り心地がとってもいい。


 革……じゃなくて。もっとふっかふかのソファーみたい。



「シートベルトしめてね~。捕まっちゃうから」



 私の前の助手席から、そんな呑気な……男の人の声がした。



「課長!? わざわざ来たんですか」



 隣の亜紀さんが目を丸くしてる。


 おぉ……なんか素が出てらっしゃっておかわいらしい。


 知り合い相手だとこんな顔もするんだな、亜紀さん。


  

 私は亜紀さんを横目に見ながら、左肩のあたりからベルトを引き出した。


 右腰のあたりで止めて、前を向く。


 ……座席から振り向いた男性の横顔が、ちょっと見えた。



 それなりにお年みたい。笑顔にしわが寄ってる。


 髪は黒でオールバック。目が細い……眼鏡似合いそう。


 まだ寒くないけど、スーツにコートの黒づくめ。



 ビジネスマンっていうより……なんだろう。


 刑事さん、みたい?



「僕が責任者なんだから、そりゃ来ないとね。


 亜紀くん、まだ親御さんに話してないんでしょ?」


「それは、はい……」


「僕からお話して、ご了解いただいたから」


「「うぇ!?」」



 私と亜紀さんの声が重なった。男性の笑みが深くなる。


 え、どういうこと? まさかこの人、私の両親の知り合いとか……。



 私が戸惑っている間に、課長さん?は座り直して、こちらにかなり体を向けた。



「改めて。ダンジョンセキュリティ、周辺安全部・第零地区安全課。


 課長の草堂そうどう ひとしです。


 初めまして」


「は、初めまして! えと、紫藤しどう ゆみかです。


 御倉市立おくらいちりつ高等学校普通科、一年です」


「はいよろしく。今のところは、紫藤さんとお呼びしよう」



 私が小さくうなずくと、課長さんは満足そうな顔をしてまた前に向き直った。



「ま、僕の名前なんて課の誰も覚えてないから。課長さんでいいよ~」


「そんなわけありませんよ。課長、出しましょうか」



 運転席のパンツスーツの女性が、バックミラー越しに……私を見た。


 いやその。そんなわけないって言いながら課長って呼ぶの、キレッキレやな。



「お願い。でもその前に」


「はい。同安全課、草堂 こぶしです」



 運転手のお姉さんが、体を傾けて私に頭を下げた。



 その。たった一言のあいさつに、情報量が多い。多くない?


 お名前アグレッシブだけど、ひょっとして花の方かな。


 それから……苗字。



「お二人はその」


「親子。コネってやつだねぇ」



 課長さんが答えてくれたけど、そういうこと言っちゃう?言っちゃうの?


 でも、こぶしさんの方は、別に嫌な顔してない。



「コネ入社なんじゃなくて、コネでこぶしをうちの課に引き留めてるの」



 亜紀さんがこそっと教えてくれた。


 とっても優秀、ってことかな?



「私の希望でもありますので、お構いなく。ゆみかさん」


「あ、はい」



 ばっちり聞こえていたらしい。


 亜紀さん、そこで舌出さない。かわいいか。



 こぶしさんがハンドルを握り、車がゆっくりと走り出した。


 車庫のシャッターが勝手に開いて、落ち着いた灯りの駐車場らしきところが見える。



「あの『アチャ子』さんがいるなら、万に一つもないけど、装備積んできたから。


 なんかあったら、戻っておいで」


「はい、ありがとうございます。課長」


「いいって。ただこないだの今回で、許可はとれなかったから。


 持っては入れないの。緊急時だけにしてね~」



 装備とか、許可とか、気になるけど……。


 亜紀さんを見ると、その目が「後で」と言ってるようだった。



「ついたら、紫藤さんに好きに暴れてもらって。ただ中の通信はほとんど死んでるから」


「あ、はい。連絡と記録はできない、と」


「だから好き放題できるんだけどねぇ。自衛隊は結構、うるさいから」



 何か課長さん、楽しそうだ。


 そういやダンジョンは自衛隊……国防省?の管轄だとか、聞いたような。



「もう着きます。我々は待機してますので」



 もう!? 5分経ってないよ??


 でも車はすーっと小道に入って行って。


 その奥で、止まった。



 近くに倉庫みたいな、四角い建物があって。


 その奥は、林。



「ありがとう。行きましょう、ゆみかちゃん」


「あ、はい。ありがとうございました!」



 亜紀さんがするっと降りて行ってしまったので。


 私もベルトを外して、頭を下げてからドアに手をかけ、開けた。



「ああ、紫藤さん」


「……なんでしょう」



 外に出たところで、窓を開けた課長さんに声をかけられた。


 ……ちょっと、真剣な顔してる。



「亜紀くんを、お願いね」


「は、はぁ」



 逆じゃないのかね?????



「ゆみかちゃん、こっち」



 亜紀さんが、倉庫の入り口から呼んでる。


 行動はっや。



「今行きます! それじゃ、ありがとうございました」



 私はもう一度、課長さんとこぶしさんに頭を下げて。


 それから……少しだけ、気を引き締めて。


 亜紀さんのもとへ、向かった。




 ◇ ◇ ◇




 亜紀さんが手をかざすと、建物の扉は開いた。掌紋しょうもん認証ってやつ?


 中は、机とかいろいろなものが壁に寄せられてて、ほんとに倉庫って感じ。


 その奥の床に、明らかに地下に行くだろう扉があった。



「ここは昔ちょっと……暴れすぎて。枯れちゃった、ダンジョンなのよ」


「はぁ」


「ほとんど魔物モンスターもわかないの。


 いないわけじゃないから、たまに人が入って間引きしてるけど」



 そういうのも、ダンセクのお仕事なんだろうか。


 それとも、私もリアダン冒険者になったら、やるのかな。



 亜紀さんが壁際の端末?を何やら操作すると。


 床の扉は、左右に重々しく引き開けられた。


 ……やっぱり、階段がある。ほんのり明るいけど、奥が見えない。



 亜紀さんが先導してくれて、私はその背中に続く。


 亜紀さんは……初めて会った時と同じ、プリアックスの衣装。


 燕尾服えんびふくっていうの? あれに近いデザインなんだよね。



 ……おへそ見えてて、ちょっと寒そうだけど。



 階段の一番下についた。


 先は……あれ。天然洞窟になってる。


 普通に地下って感じ? リアダンって、こうなんだ。



 Vダンはいろいろ。洞窟も、森も、街なんかもあった。


 それに比べるとリアダンは、地味な感じだけど。


 空気は、一緒だ。



 さびのような、かびのような、微妙なにおいがする。



「ここから先、出るかもしれないから」



 すぐモンスターが出るかもしれない、のか。


 口元を引き結ぶ。気合いを、いれる。


 ほどよい緊張感が、高揚に変わっていった。



「はい、行きましょう!」






 …………私の気合いは、早くもしなびていた。


 出ない。なーんも出ない。過疎にもほどがある。


 もう30分くらい歩いた気がする。



「あと五分何もでなかったら、スキルだけ試しましょうか」



 隣の亜紀さんが苦笑いだ。



「普段からこうなんですか?」



 いくらなんでも静かすぎやしませんかね。


 亜紀さんの後ろに続きながら、私は代わり映えのしない壁や天井を眺める。


 

「いやー? もっといるわよ。だから掃除が入るんだし」



 亜紀さんの何気ない、一言に。


 背筋が。


 ぞわりとした。



「――――亜紀さん、戻りましょう」


「へ?」



 私の勘が、告げている。


 


 それも、私たちが、じゃない。



「奥にまずいものがいるかも。戻って、対策しないと」



 魔物誘導モンスタートレインとか、大暴走スタンピードとか、そういう時の前にある静けさ。


 あの空気に……とても、良く似ている。


 このダンジョンを封鎖しないと、大変なことになる。



『『『『フシュゥゥゥゥゥゥゥ』』』』



 ――――手遅れだった。


 闇の向こうから、息を吐く音がする。


 この重なる感じ音は、聞き覚えがある。



「混沌の獣……たぶん4」



 Vダンでこないだあったやつだ。


 7種類いる、ボスモンスター。



「逃げて」



 私が踏み出そうとすると。


 亜紀さんに、さえぎられた。



「でも!」


「あれは私が、仕留め損なったやつなの。


 伝えて――――パニッシャーズが出たって」



 ぱにっしゃーず????



「行って!」



 亜紀さんの、厳しく鋭い声に。


 私の体は…………反応してしまった。


 背を向け、来た道を一気に駆け抜ける。



 仲間を置いて、助けを呼びに行く。


 私が何度も経験した、シチュエーション。


 最適解は常に、急いで知らせてから、戻ってくること。



 残してきた人が生き残れるかは、その速度と……運に、かかってる。



「――――――――ぐッ!!」



 かなり走ってから……足が、止まった。


 ここは、人が死ぬ、本物のダンジョン。


 Vダンの常識は、通用しない。



 それに。



『亜紀くんを、お願いね』


(だめだ……)



 急速に、課長さんの言葉が、頭に染み込んで来る。



(あの人は、亜紀さんは、きっといつも無茶をする人で)



 振り返る。



『へー……うわえっぐ。私より戦績良い……』


!)



 判断を誤った!


 残してきてはいけない人を、置いてきてしまった!



 奥歯を噛みしめ、右手を握り締める。


 今の私は……アチャ子じゃ、ないんだ。


 Vダンのつもりでいちゃ、ダメなんだ。



(私が、とるべき、行動は)



 うつむく私の目に。


 白が、映る。



「勇気の使徒は……」



 魔法少女プリスピアなら。


 こんなとき。


 絶対に!



「仲間を、見捨てない!」

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