第6節 配信少女は変身する

 髪の毛を洗い落として。


 いよいよ、メイクと着替えに入った。



「お風呂には入ってもらったから、まずはスキンケアからね」



 私はまた、さっきとは別の椅子に座らされてる。


 髪はあげてピンで留められ、毛先が顔にかからない。



「ん……ちょっと荒れがあるけど、さすがお若い。化粧水と乳液で簡単にやりますか」



 簡単に、とは言われたのだけど。


 化粧水でひたひたのフェイスパックをされ。


 乳液もしっかり塗られた。



 ……すっごいお高い奴じゃないだろうか。


 鏡に映る私の顔が、思いっきりとぅるっとぅるなんだけど。



「よし。じゃあ衣装合わせてから、メイクね」


「はい、わかりました」



 一度立って、再び衣装を着こんでいく。亜紀さんが着替えを手伝ってくれた。


 レースがふんだんに入った黒いキャミソールとレギンスの上から、ドレスを着る。


 白い……Aラインのウェディングドレス、みたいな衣装。



 肩と二の腕は肌が出るんだけど、そこは短いマントみたいなものを巻かれ、背中でパチンととめられた。


 ストール……厚手だから、ショールかな。



 スカートの裾はとても長くて、でも不思議と床に全然つかない。


 多少膝を曲げても、まったく。どうなってるんだろう。


 裾自体が幾重にも折り重なってるし、この辺になんかあるんだろうか。



 しかも、重そうなのに自然に脚が動かせる。


 蹴らないと歩けない重量かと思ったのに……ふわっとした裾だ。



 するっと入る、肘まである手袋をはめて。


 髪に白いリボンを巻かれた。


 リボンは両端が、耳のあたりまで垂れてる。



 プリスピアは、このリボンと白い髪が……時折ヴェールを思わせるんだよね。


 あれがとっても素敵だった。


 私の髪は重たい黒なので、似合わないと、思うのだけど。



「ん。では本格的にメイクしてくわよ?


 日焼け止めはいいわね。ちょっと厚めにするから、下地は塗りましょうか」



 再び椅子に座らされて、散髪のときのように布をかけられた。


 化粧下地、クッションファンデーションと塗り込まれていく。



「目元を整えて~」



 あっという間に眉、まつ毛が整えられ、目の周りがお絵描きされた。


 早い。めっちゃ早い。何してるか、時々まったくわからない。


 やはりこの人、プロでは?



「……あれ?」



 ……意外なことに、くまは完全には隠されなかった。



「そゆとこは、ちょっと残すわ。テーマは『かわいい』だし」


「え、でも」



 見てくれのいいものじゃ、ない。


 私の思うかわいい人には、さすがにくまは浮いてないし。


 けど、亜紀さんは少し笑って。



「かわいいとキレイは違うでしょ?」


「ん、それは、まぁ」


「未熟さ、不完全さを感じさせるほうがいいのよ」



 そういうものだろうか。



「動物の赤ちゃんとかと、一緒よ」



 確かにあれは暴力的にかわいいですけどね????



「でもプリスピアは」


「あの子もかわいいわよ。とっても」



 ……やっぱり時々、亜紀さんの言い方は変だ。


 本当のプリスピアを知ってる、ような。



「かわいくて、応援したくなる。つぎはほっぺね~」



 お話はおしまいらしい。顔面お絵かきが再開された。


 ブラシをさっとかけられた後、クリームを塗り込まれた。


 チーク、だったかな。顔を立体的に見せる、んだっけ?



「口紅は気になるでしょうし、薄めがよさそうね」



 唇にリップを塗られた後、薄く紅を引かれる。


 ……手早い。これでもう、終わり?。


 手鏡を渡される。



「ど?」



 聞かれたが……いまいちパッとしない、ような?


 確かに、前の私よりはかわいいと思う。



 大きめの顔は髪で輪郭がちょうどよく隠れ、チークで立体的になってる。


 印象がぼやけずシャープになって、一方で目元はくっきり。


 口元はすっきりしてるから、目の周りが目立って……大きく、はっきり見える。



 確かに、可愛い。


 でも、これは。



「ふふ。やっぱり。アニメのプリスピアには合わないって?」



 私は思わずうなずいた。かわいくは、なってるんだけど。


 あの鮮烈な白のイメージに、合わない。



「じゃ、全身見てみましょう」



 髪留めを外され。


 布をとられて。


 姿見の前に、立たされた、私は。



「……あれ?」



 髪も。顔も。体も、全然違う。


 何なら、衣装だってそのままとは言い難い。


 なのに。



「プリスピアだ……」



 不思議、だった。


 私の知ってるプリスピア、じゃなくて。


 プリスピア、がそこにいた。



 黒い髪、黒い眼と、白い衣装のコントラストがすごい。


 髪から顔、首から胸元、そしてドレスの裾までのすっとしたAがとってもきれい。


 肩掛けやドレス生地はふわっと温かそうで、私の幼く見える顔の印象と合ってる。



 プリスピアって、お嫁さんというよりはその後ろを歩くベールガールがモチーフなんだよね。


 子どもと大人の狭間を感じる演出がよくなされてて、それが似合う姿。



(これが、コスプレ……)



 鏡の前で無意識に、体を振ったり、回ったり、少し跳ねてみたりする。


 絹のような質感、なんだけど。


 動きやすい。



 Vダンの装備……ううん、それ以上だ。


 軽く、丈夫で、カワイイ……戦闘服。


 

「ん。最高にかわいいわ。ゆみかちゃん」


「ひゃ!?」



 突然褒められて、私は耳まで一気に熱くなるのを感じた。


 正直、かわいいとしては……足りないかなぁ、という気がするんだけど。


 「アチャ子」の方が、ずっとかわいいのだけど。



 なんだろう。亜紀さんに、褒められたら。


 なんだか急に――――



「じゃ、私も着替えてくるわ。それから出ましょう」



 亜紀さんは手をひらひら振って、行ってしまった。


 その背中を、無言で見送って。


 部屋の扉が、しまったのを見て。



 向き直って、また鏡を見た。


 赤みが少し引いた、自分の顔が目に入る。



 ……じっと、見る。



「かわ、いい……」



 自分の口から、するりと言葉が出た。



 そんなに、綺麗になったわけじゃない。


 魔法少女プリスピア……私の理想にはずっと遠い。


 でもこう、応援したくなる、ような。



 弱弱しくて、不完全で、守りたくなる、ような。



 鏡の向こうの、そんな顔の自分が。


 ――――とても、かわいい。



「!? これ」



 姿見の私が、緑に淡く光った。


 スキル起動? ダンジョンじゃないのに??


 地上では、使えない、はずなのに……どうして??



 …………いや、それ以前に。



「私、かわいくなったんだ……」



 実感が、湧いてくる。


 長年の勘が、告げてくる。


 この姿なら、戦える、と。



 アバターでは一度もなかった、自分自身を「かわいい」と思うことでの、スキル使用。


 それができるくらいには、今の私はかわいいんだ。



「いける」



 Vダンでのいつもの感覚が、自分に宿るのを感じる。


 背中に声援が集まってくるような、力強い感じ。


 自信が、みなぎってくる。



「これなら、ダンジョンに、行ける」



 かわいいがあるなら。


 怖いものなんて、ない。

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