第5節 配信少女の断髪式

「髪から整えていくわね」



 なんと。


 床屋さんにあるような椅子セットが普通にあった。すごい。


 洗髪台までついてる。



 私は大人しく椅子に座り、布をかけてもらった。


 横目に、ハサミとかを準備している亜紀さんが映る。


 ……この方、プロの美容師か何かでは?



「では失礼しまーす」



 ノリよく亜紀さんが、私の髪……というか頭に触れた。


 何かと思ったら、ヘッドマッサージが始まった。



「かゆいところはないですかー?」



 思わず吹いた。



「ないです、シャンプーじゃないんですから」


「それはよかった。ほぐれたみたいね」



 そんなに緊張してたかな?


 ……してたかも。



 距離が近いせいか、なんかいい匂いもするし。


 香水、じゃなくて。シャンプーかなぁ。


 肩下くらいの長さの明るい茶髪が揺れると、ふわっと香る。



 正面の鏡に、私の髪をくしで整え始めた、亜紀さんが映ってる。


 くびれすっご。腰回りのカーブえっぐ。そも腰の位置がめっちゃ高い。


 さかなも結構なプロポーションだけど、亜紀さんはその比じゃないな。



 ……本当に、魔法少女のプリアックス、みたい。


 かっこいい。



「今更だけど」


「ひゃい!」



 見惚れてたら、声をかけられた。


 ……変な声出ちゃったよ。



「地毛にハサミ入れちゃうけど、いい?」


「あ、はい。……かつらウィッグとか、使わないんですね」



 私の質問に、亜紀さんの持つハサミがぴたりと止まった。



「……あの子の髪に、あなたはとても近いし。大丈夫よ」



 ええええ? プリスピアのことだよね?


 めっちゃ真っ白でしたが?????


 糸みたいに細い、綺麗な髪だったはずですが??????



 私の変顔は見られなかったみたいで……ハサミがまた動き出した。


 しゃき、と耳に心地よい音がする。二度、三度と続いて。



「……いい髪ね」



 …………荒れて枝毛がめっちゃありますけど。



「そういえば、親御さんにはなんて?」



 急に聞かれ、私はちょっと言葉に詰まり。



「試験終わりだし、友達と遊んでくるって」


「そう。……信頼されてるのね」



 そのように言われますと、少々罪悪感が湧きます。


 ……髪は急に気になって、10分カットで切ったと言い訳しようそうしよう。



「何もないようにするけど、後日説明にはうかがうわね」


「うぇ!?」



 思わず動いて、そっと肩を押さえられた。


 ……髪切ってる途中だった。危ない。



「リアダンに行くんだから、当然。まぁゆみかちゃんなら問題ないけど」



 ああそっか。「何かあるかもしれない」場所に行くんだった。


 いやでも、問題ないってどゆこと?



「私、リアダンは初めてですよ?」


「過去の動画、見たわ」



 急に言われて、ちょっとドキッとした。


 何か言い知れない羞恥心しゅうちしんが、体の奥から湧いてくる。



「スキル未発動時でも、プロの部隊にもできないような動きばかり。


 才能、かしらね」


「10年やってたから、そのせいですよきっと」



 また、ハサミが止まって。


 少しして、動き出した。



「ベテランね。でも、そんなに続かないのよ」


「そうなんですか?」



 確かに私が知ってる中でも、結構引退者がいた、けど。



「Vダンは痛覚とか普通にあるもの。苦痛で、続けられないの。データに出てる」


「へー……データ?」


「私、管理側に務めてるのよ」



 私はまた立ち上がりそうになって、今度はこらえた。



「ダンセクの方、だったんですか」


「末端だけどね」



 ダンジョンセキュリティという会社が、日本のダンジョン管理を担ってる。


 第三セクター?というやつらしい。


 しかしそうか。前に言ってた「リアダンの方」っていうのは、そういうことかぁ。



「『アチャ子』は、総合トップの実力者。


 うちでも結構、リアダンへの招待を投げてたらしいのだけど」


「あー……たびたびきて、ました」


「でしょうね。どうして受けてくれないか、悩みの種だったらしいわ」



 それは申し訳ないことをした。


 まさかスキルが特殊で、いけないなんて思わなかった、と。


 あれ?



「私のスキルって、ダンセクでも把握してないんですか?」


「あなたみたいな不確定スキルは、こっちでもわからないの」



 ふ……確定? 不明、じゃなくて。


 決まって、ない?



「人の認知に反応して発動する、なんて前例もないし。


 ああでも、聞けば事情は納得よ。


 攻防一体だし、それが使えないとなると、気後れするのは無理もないわ。


 ただ」



 亜紀さんはハサミをしまい、手鏡をもって回り込んできた。



「スキルがなくても、あなたは強い。


 今日行くところは、ゆみかちゃんにはまったく危険がないわね」


「私、運動神経0ですよ?」


「ダンジョンでは関係ないわよ。普段通り動けるから」



 そういう噂はあったけど、そうなんだ。


 ダンジョンでは、外じゃあり得ない動きが普通にできるって。それこそ、Vダンみたいな。


 「魔力」が関係してるらしいけど、詳しくは公表されてないんだよね。



「……ほんとは、Vダンが続けられる方がいいんだけどね」


「難しいんですか?」


「リアダンでの損耗……けが人が多いから、Vも続けようって動きはあるのよ。


 なかなか進まないけど」



 「これオフレコね」と鏡の中の亜紀さんが、悪戯っぽく笑う。


 …………なんだこの大人。かわいいんやが?



「……よさそうね。ど?」



 差し出された手鏡と、前の大きな鏡で自分の頭を見比べる。


 ごく短時間で。美容院にいったみたいに、私の髪はきれーに整えられていた。


 不思議。こういうのって、ワックスとか使ってセットするんじゃないの?



 ちょっと切っただけなのに。自分の頭じゃ、ないみたい。



「とってもいい、です」



 私が呆然と、つぶやくと。


 亜紀さんは鏡の中で、とてもいい笑顔をした。


 晴れやかで……私はまた、見惚れた。



「ふふ。じゃあ次はフィッティングと……メイクね」



 そう言って、亜紀さんは私の肩に手を添えて……切れた黒い髪をつまんだ。



「ちょっと洗い落としてからにしましょう」

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