第4節 配信少女の友はリア充


 高校は……うちから徒歩で通えるのは、いいんだけど。


 丘の上にあるので、どうしても行きは坂を登らなきゃならないのが大変。


 朝日がまぶしいし、体もきつい。体育は今日、なかったと思うけど。



「ゆみちー!」


「おっふ」



 その上り坂を走ってきて、私の背中にのしかかってきたやつがいる。


 重い。


 ……押し付けんなし。



「……そういうのは彼氏にやったげなよ」


「もうやった」



 転ばないように丁寧に押し戻して、振り返る。


 下り側にいるのに、私より目線が一回り高い子。



「おおー? ゆみち元気ないねぇ」


「さかなは今日も元気いっぱいだね」


「へへー。よゆーでしょ」



 彼女が胸を張ると、駄肉がしっかりと揺れた。


 ……周りの視線が集まっている。



 そのプロポーションだけでも、彼女は十分に耳目を集めるが。


 髪は丁寧にセットしてウェーブかけてて、荒れもまったくないし。


 化粧も目立たない程度にしていて、違反じゃないからってカラコンまで入れてる。



 校則の範囲でなされるお洒落で、私の友人は十分な輝きを放っていた。



「本当に元気なさそうだな。どうした、ゆみか」



 彼女の後ろから追いついてきたのは、私が言った「彼氏」。


 私を呼び捨てるのは……付き合いが長いからだ。


 私は素直に答えようとして、口をつぐんだ。



 Vダンやってることは、この二人には言ってない。



「……ちょっと夜更かししただけだよ、淳」


「さっすがゆみち! 真面目だねぇ」



 ……んん? まじめ、とは????



「今日、なんかあったっけ?」



 覚えがなくてつい聞き返したら。


 目の前のカップルが、顔を見合わせた。


 ……淳もわりーとイケメンだし、背丈もある。お似合いだよな、この二人。



「今日からテストだろ」


「さてはよゆーすぎて忘れた?」



 二人の横顔をぼんやり見ていた私に、衝撃の言葉がぶち込まれた。


 ………………………………忘れていた。


 今日から二学期の、中間考査だ。




 ◇ ◇ ◇




 何かダンジョンが……リアルもVも封鎖されて。


 テストからの現実逃避もできず、ただただ勉強の日々が過ぎた。



(明日で終わり、か)



 なお私の成績もだいぶ終わってる。


 あと一日を残し、私はだいぶぐったりしていた。


 試験は午前で終わり。あとは帰るだけだが。



 ちょっと気力がわかなくて、人もまばらな教室でだらだらしていた。


 クラスに友達がいるわけじゃないので、本当にぼーっとしてるだけだけど。


 ……私ほら、趣味がVダン冒険者ひとにいえないものだから、友達少ないんだよ。



「ゆーみち」


「おぉぅ」



 いつの間にか、私の机の端からさかなの顔上半分が覗いてる。


 どっから生えてきたし。三つ向こうのクラスだろおぬし。



「どだった?」


「赤はないと思う」



 聞かれ、適当に答える。


 自己採点では、どれもちゃんと回避していた、はずだ。


 今日のも……まぁたぶん。



「さかなは?」


「よゆー」



 さすが。さかなは7割8割はそつなくとる女だ。


 恰好なんかは中学の頃からギャル寄りだが、私よりだいぶ優等生だったりする。


 なんで私、この子と同じ高校入れたんだろうね?



「ゆみちもよゆーだねぇ。あと理数だけだから?」


「そだね。今日は勉強の必要もない」


「さっすが。今回も満点?」


「まだやってないっつーの」



 まぁ試験範囲からして、失点するようなところはないはずだけど。


 私は理数は満点以外をまずとらないので、おかげで成績は平均を保っている。



「ふーん……じゃあなんで難しい顔してるのさ?」


「それは」



 鋭いやつめ。


 ……ちょっと迂遠に聞いてみようかな。



「さかな、おしゃれのコツとか、ある?」



 さかなの顔が、さらに机の下に沈んでいく。


 にまぁりとした目だけが見えて……どういう視線だ、それは。



「そぉかぁ。ゆみちも好きな人できたー?」


「…………」



 言葉にされて。


 少し、詰まる。



「お母さんに聞いても、地道な方法論しか返ってこないからさ」



 私はスルーして質問を重ねた。



「そりゃゆみちのおかーさんはそうでしょー? 私もたまに教わってるけどさー」



 なんだそれは初耳だぞ。いつの間に。



「んでも、私なんも考えてないよ?


 ふつーの人がしそうなことを、いろいろ試してるだけ」


「なん……だと」



 どう見てもオシャレ満載なさかなが、普通? 馬鹿な。



「やってればうまくなるってー。なにせ」



 さかなが勢いよく立ち上がる。


 机がガタッていって、ついでに目の前で駄肉が揺……じゃない近づいてくる。


 後ろ頭にさかなの手が回り、引き寄せられた。



「こら」


「んふー。ゆみちは世界一かわいいよー」



 じゃれつくな。こういうのは彼氏にやれ。



「淳にはやってるからねー?」



 喋れないからって先回りするなし。



「ゆみちからしか摂取できない栄養素があるぅ」



 あるわけないだろふざけんなやそろそろ窒息するぞ。



「んー、よしよし」



 頭撫でんなや。息はできるようになったけどやめれ。



「さかな」


「はいはい」



 ……やっと離された。なんだ今のスキンシップは。



「なんだよ。さかなの方こそ、なんかあったの?」


「んんー? なーんも」



 気楽そうな声に反して。


 何か友の顔は、苦笑いだ。



「ねね、ゆみち。お昼食べに行こうよ。おごりで!」


「わかった。おごるよ」


「だめー! ! おごりで」


「なんでそここだわるんだよ」



 私はそれなりの小金持ちだから、お金出すくらいはかまわんのだが。


 こういうとき、なぜかさかなは自分で払いたがる。



「おごりはする方が気持ちいいんじゃよぉ」



 ……ま、いいか。それで元気が出るんなら、付き合ったげよう。



「あ、ゆみち明日は?」



 聞かれ、私はそっと机の上に出してた携帯を見た。



「用がある」


「なにー、バイトぉ?」


「そう」



 Vダンのことは言ってないので、関連の用事は「バイト」ということにしてある。


 まぁ今回は違うんだけどね。



「ん。じゃあ今日のうちにしっかり行くかー、焼き肉食べ放題!」


「昼から行くとこかよ自重しろ」




 ◇ ◇ ◇




 翌日。私は理数科目をそつなくこなし、放課後に市の中央区へ向かった。


 目的地はもちろん、亜紀さんのマンションだ。


 試験期間中に、ちょうどこの日に衣装ができそうだという連絡が来たんだ。



 ずいぶん早く仕上がるものなんだなと思ったが、楽しみだったのですぐ行くことにした。



 ……本当は。


 試験終わりの日にしてもらわなくても、よかったんだよね。


 その日に予定を入れておかないと、さかなに遊びに誘われるからっていうのが、理由の半分。



 私服のさかなは、本当にばっちり決めてくるから、一緒に遊びに行くのは苦手なんだ。


 私が憧れてるお母さんとは違う……同年代での大きな差を、見せつけられるようで。



 私がVダンに血道をあげている間、あの子はオシャレを磨いてきたんだから、当然なんだけど。


 出遅れたように、思えて。


 それが自分の目の前にある、壁を意識させて。



 ……私は、もっと冒険がしたい。


 リアダン、行きたい。


 でもそのためには、「かわいい」が。



 今、必要で。



 だから私は、亜紀さんの提案に飛びついた。


 多少怪しくても、私の望むものが、そこにはあった。


 いそいそと学校からマンションに直行するくらいには、期待していた。



「亜紀さん、今つきました。えっと、下にいます」


『ん? わかった。迎えに行くわね』



 ついて……私は玄関外で、亜紀さんに電話した。


 昼間見るマンションに、気おくれしたからだ。


 高級ホテルみたい。ボーイさんとか、こんしぇるじゅ?の人がいて……思わず回れ右しそうになったよ。



 亜紀さんはすぐにやってきた。



「いらっしゃい。ゆみかちゃん」


「こんにちわ、亜紀さん」



 昼間にお会いすると、なんかちょっとドキドキしてしまう。



 今日の亜紀さんは、さすがにスーツじゃない。


 七分袖でオフホワイトのカッターシャツと、紺色のスラックス。


 ……やっぱりパリッとしててかっこいい。



「前は裏口だったからねぇ。正面玄関は、ひょっとして緊張した?」


「あー、そうです」



 ちょっと笑われてしまった。


 ……いいんだ。その素敵な笑顔が見れて、私は満足やし。



「あ、そうだ。これ」



 道中買ってきた菓子折りを差し出す。



「気を遣わなくていいのに……お茶淹れて、一緒に食べましょうか」


「あー、はい」



 今度は、少し笑い合い。


 私は亜紀さんの背中について歩き、またお部屋にお邪魔した。


 そうして、少しのお茶の後。




 私の「変身」は、始まった。

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