第3節 配信少女の憧れは眩しい

 あの後。採寸だけ、してもらってから。


 私は両親がまだ寝ている時間に、ひっそりと家に帰った。



 寸胴体型を亜紀さんに知られたことの羞恥しゅうちが、まだ熱を持っていて。


 部屋に辿たどり着いたら、すぐベッドに倒れこんで。


 ……気づいたら、アラームが鳴ってた。



「うぅ、がっこう、いかない、と」



 もそもそと体を起こし、口元のよだれを拭って。


 スウェットを脱ぎながら、服を出しにかかる。



 私は平均的な成績で、優秀ではない。


 さぼりだと目をつけられてしまうのだ。


 現実の私は「アチャ子」じゃないんだから、優等生しておかないと。



(……ひどいかお)



 鏡に映る、私が見える。ほぼ徹夜で、クマもできてるし。髪もぼさぼさだ。


 私は。特別な子じゃ、ない。かわいく、ない。


 普通に生きるのにも、努力がいる。



 着替える前に顔を洗えばよかったと、後悔しながら。


 手早く制服をまとった私は。


 軽いカバンをもって、部屋を出た。



 ◇ ◇ ◇



 服に気をつけながら顔を洗って、髪を整えて。


 適当につまんで、ついでにお昼を詰めて行こうとリビングに来たら。



「あら、おはよう」


「……おはよう、お母さん」



 私みたいに、小柄で。


 私よりずっとかわいい、お母さんがいた。


 食卓で、ゆっくりとトースト食べてる。



 お化粧とか、食べた後の方がいいんじゃないかと思うのだけど。


 「食べてる姿も人に見られるから、これも訓練のうち」って、お母さんは家でも常にきちっとした恰好だ。



 出勤はスーツじゃないから、私服、なんだけど。


 普通に見えて、とてもお洒落な服着てる。センスある。



 たぶん、いいとこのブランド品なんだろうなぁ、と思うけど。


 興味なくて、私にはさっぱりわからない。



 ピー!っと高い音が鳴った。これは、コーヒーメーカーかな。



「淹れる?」


「おねがい」



 私が聞くと、お母さんは片手で携帯を弄りながら、少し顔をあげて答えた。


 テーブルを回り込むように移動して、私はキッチンに入る。


 コーヒーを保温ポットからマグカップに注いでると。



「Vダン、行ってたのね」



 お母さんの、気のない声が聴こえた。



(あー……くま見られたかぁ)



 Vダン行って徹夜しても、私はとがめられたことがない。


 お母さんはいつも応援してくれて……体調には気を遣ってくれてる。


 だから。少し、気まずい。



「ちょっとね」



 徹夜の理由はそっちじゃないけど、私はにごして答えた。


 さすがに亜紀さんのことを、いきなり説明する勇気はない。



「ゆみか」


「……なに?」



 何か、改まった感じで聞かれた。


 深夜外出を悟られたんだろうか?


 私はマグカップ二つを持って、テーブルに戻る。



 カップの一つは、お母さんの前において。


 うながされた気がして、私も椅子に座った。



「もしリアルの方に行きたいなら、手伝うわよ」



 まだ少し寝ぼけていた私の脳は。


 一気に、現実に引き戻された。



 お母さんは……私のスキルのことを知っている。


 リアダンの招待が来てることも、知っている。


 だからこれは、背中を押して、くれてるんだけど。



 私は改めて、お母さんを見る。


 パーツは私に似てるはず、なんだけど。全然違う顔。



 全体は小顔で、引き締まっていて。


 一重ひとえだけれど、整った眉とカールされたまつ毛のせいか、ばっちり大きく見える目。


 涙袋もあって、薄くほほ笑むだけではなやぐよう。



 肌にはしわも染みもない。くまももちろんない。


 並べたら、きっと私の方がけて見える。むしろお母さん輝いてる。


 唇は薄く赤く、ぷっくりしてて……落ち着いた感じなのに、かわいい。



 みずみずしさと大人っぽさが同居した、本当にきれいな人。



 ……アバターの「アチャ子」を見ている気分になる。


 あの子はお母さんをモデルに作ったから、本当に美人。


 私とは、違う。



 私は、ブラックコーヒーを一口すすって。


 その香りを鼻の奥に吸い込みながら。


 すっと息を吐いた。



「無理だよ」


「無理ってことはないわよ。時間は……かかるけど」



 お母さんは……誠実だ。


 美しさはすぐ手に入るものじゃないって、よく知ってて。


 それでも、手伝ってくれようと、している。



「かけるだけの価値は、きっとある」



 不思議と、断言するお母さんの言葉には、力があった。


 でも私は。


 前向きには、なれなかった。



「……その間に、リアダンもすたれるって」


「大丈夫よ」



 お母さんはカップと携帯を置いて。


 私に向き直って。


 真っ直ぐに、言った。



「あなたの輝きは、その程度ではかすんだりしない」



 お母さんの言葉は、胸にとてもよく響く。


 自分で何かを勝ち取った人の、言葉。


 私は、お母さんの言うことは、信じられると、思うのだけど。



「考えて、みるよ」



 私はコーヒーを飲む、ふりをして。


 顔を、伏せた。



 前を、向けない。


 自信がないとかじゃ、なくて。


 何か、こわくて。



「ゆっくりで、いいのよ。ごちそうさま」



 うつむいているうちに。


 お母さんは席を立って。


 カップやお皿を流しに片づけて……リビングから出て行った。



「いつだって私たちは、あなたを応援してるわ。ゆみか」



 そう残して。


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