第6話 ある時は裏社会の悪と戦うエージェント、ある時は異界侵略を目論む混沌の魔王、またある時は千の異名を持つ名状しがたき悪神……その正体は――

「で、即採用と。まぁ、お前ら見た目だけはいいからな」

「えへへへ」

「当然!」


 雛子ははにかみ、テトラがニカッと笑ってブイサイン。


 海璃はない胸を張って髪をかき上げ。


「ふっ。これがS級美少女の実力よ! って、だけは余計なのよ! だけは!」

「まぁまぁまぁ。間君のお陰でバイトも見つかったし。抑えて抑えて」

「こいつがオレらの事舐め腐ってるのは今更だし。店の売り上げ増やして見返してやりゃあいいだろ?」

「……フン。それもそうね。それで、まずはなにをしたらいいのかしら?」

「連絡先を寄こせ」

「……はぁ?」

「……なんでだよ」


 海璃とテトラが警戒する。


 雛子と同じで小さい頃からモテまくりの二人である。


 言い寄って来る男は数知れず、それで色々嫌な目にも逢っている。


 しつこく付きまとわれたり、振った相手に逆恨みで嫌がらせを受けたり、体操服やリコーダーを盗まれたり。


 男嫌いになったのもそれが理由だ。


 不用意に連絡先を教えたせいで何処かに晒され、悪戯電話や卑猥な画像を送りつけられたこともある。


「……リアルの女なんか興味ないって言ってたのに嘘だったのね! そうやって私達を安心させて取り入る作戦だったんでしょ! この詐欺師!」


 裏切られたという顔で海璃は言うが。


「なんでそうなる。不本意だが、お前らは一応俺の紹介で店に入ったんだ。そういう場合は紹介した人間が慣れるまでサポート役をやる事になってる。つまり俺だ。シフトの調整とか仕事についてとか色々連絡する事があるだろうから言ってるんだ」

「……まぁ、そう言う事なら」

「……フン! 怪しい所ね!」


 テトラは納得するが、海璃は半信半疑と言った様子である。


「間君なら大丈夫だよ! あたしの時だってこっちからお願いしたのに全然教えてくれなかったし。教えてくれた後も返事なんか最低限でほとんど既読スルーなんだから!」

「あぁ。そういやそうだっけ」

「それはそれでどうなのよ……」

「イヤならいいぞ。その方が俺も面倒がなくていい。そっちの女の連絡先は知ってるから、なにかあったらそいつ経由で連絡しろ」

「雛子だよ! 鳳雛子! そろそろ名前で呼んでくれてもいいんじゃないかなぁ?」


 むぅっと雛子が頬を膨らませる。


 啓二は肩をすくめて誤魔化した。


 雛子は溜息を吐き。


「二人がどうしても不安だって言うならあたしが連絡係やるけど……」


 間君なら大丈夫だよ。


 そう訴えるように視線を送る。


「……まぁ、こいつなら平気か」

「勘違いしないでよね! あんたを信用したんじゃなくて、雛子に面倒かけたくないだけなんだから!」

「わかったから早くしろ。お前らの相手をしてる間は俺も仕事が出来ないんだぞ」


 その一言で三人が慌てだす。


「大変! 急がなきゃ!」

「それを早く言えよ!」

「なんで先に言わないのよ!?」


 慌てて携帯を取り出し連絡先を交換する。


(……まぁ、今日一日は新人の御守りだからそれほど急ぐ事もないんだが)


 こちらの方が都合がいいので黙っている事にする。


「で、次はなんだ!?」

「サッサとやるわよ! サッサと!」

「サッサッサ!」


 急かす海璃の隣で雛子がサッサと反復横跳びをする。


「あぁ。ここからが大事だ。設定と衣装と名前決めだな」

「設定と……」

「衣装と……」

「名前ねぇ……」

「設定についてはなんとなくわかるだろ? ニャー子達みたいに好きなのを作ればいい。衣装についてだが、持ち込み可で法に触れない範囲なら制限はない」

「んな事言われても衣装なんか持ってねぇよ」

「制服でもいいのかしら……」

「え~! ニャー子ちゃんみたいに可愛い服着れると思ってたのにぃ!」

「まだ話の途中だ。持ち込みとは別に店に置いてある衣装もある。店長が揃えたやつとか、スタッフや客が寄贈した奴とかな。制服でも別にいいが、着たけりゃこっちを着てもいい。他の連中も気分で着てる。衣裳部屋はあっち、更衣室はその隣だ。

「お! マジか!」

「やったぁ~!」

「どんなのがあるのかしら! 楽しみね!」


 途端に掌を返して喜びだす三人。


 不意に海璃はハッとして。


「可愛い服を着れるから喜んでるだけよ! 文句ある!?」

「で、次は名前だが」

「無視!?」

「堪えろ海璃」

「サッサとサッサとぉ~」

「ぐぬぬぬ……。覚えてなさい!」

「なにをだよ……」


 ゲッソリ言って。


「とにかく名前だ。ここではみんな別の名前を名乗ってる。プライバシーの問題とかあるからな。ちなみに俺はK。他のキャストの本名の詮索はNGだから注意しろよ」

「ラジャーです!」

「啓二だからKってか? 安直な野郎だぜ」

「本名の詮索はNGっと……」


 海璃が携帯にメモを取る。


「でも、どれから決めたらいいか迷っちゃうね」

「まずは名前か? でも設定決まんねぇと名前つけれねぇし……」

「それに応じて衣装も決まるし、悩ましいわね……」


 うぅぅ……っと三人が頭を抱える。


「とまぁ、新人は大抵ここで躓くわけなんだが。難しく考える必要はない。全部後から変更可能だ」

「えぇ!?」

「なんだよそれ!?」

「そんなのありなの!?」

「ありだ。ちなみにウチでは転生システムと呼んでる。そうでなくとも後になって設定が変わるなんて事はよくある話だしな。そう身構えずに気楽に考えてみろ」

「そう言われても……」

「設定とか考えた事ねぇし……」

「サポート役なんでしょ! コツとか教えなさいよ!」

「なんでもいいからとっかかりを一つ決める事だ。そうすれば自然と他のも決まって来る。名前から連想してもいいし、設定に見合ったものを付けてもいい。とりあえず衣装を決めてそれに合わせるって手もある。他所からパクってもいいし、それこそ好きなキャラの設定を真似てもいい」

「でも、どうせだったらオリジナルがいいなぁ」

「好きなキャラ真似るとかなんか恐れ多いし」

「私はお姫様っぽいのがいいかしら……」


 声に出すつもりはなかったのだろう。


 言ってから、海璃は恥ずかしそうに啓二を睨んだ。


「なによ!? 文句ある!?」

「別にないが。いいんじゃないか? そういえばお前、なんたらの女王みたいなあだ名があっただろ。なんだっけ……。高二の女王?」

「氷よ! こ、お、り! なによ高二の女王って!? 私はまだ一年だし!」

「なんでもいいが。思いつかないならそれでいいんじゃないか? 最悪、諸々決まるまで記憶喪失って事にして誤魔化す手もあるが」

「氷の女王でいいわよ……。待って。この見た目で女王っていうのも変よね……。そうだ! 人生経験を積む為にお忍びでアルバイトをしている氷の国の王女様っていうのはどうかしら!」

「(どうでも)いいんじゃないか」

「ふふん。そうでしょう! 私の手にかかればこれくらい楽勝よ!」

「じゃああたしは修行中の見習い天使で!」

「ってことはオレは獣か! どうせならカッコいいのがいいし……。強い奴を求めて旅をする獣王の娘ってのはどうだ!」

「いいじゃない! カッコいいテトラにピッタリ!」

「だろ!」

「そういえば間君……じゃなくて、K君はどんな設定なの?」

「俺は普通の高校生だ。普通のカフェだと思って応募したら変な店だったって設定だな」

「なによそれ!?」

「つまんねー奴」

「っていうか意外……。K君の事だからもっととんでもない設定なのかと思ってたのに……」

「わかってないな。これだけ濃い連中が集まる場だと逆に普通な方が特別感が出るだろ。それにだ――」

「違うにゃー! K君は人知れず裏社会の闇と戦う高校生エージェントなのにゃ!」

「いいや猫ニャー! Kは異界侵略を目論む混沌の魔王、アズマヌクレアの転生体だ!」

「私の聞いた話によるとK君は千の異名を持つ名状しがたき悪神の一側面という噂もありますよ」

「……この通り、黙ってても周りが勝手に壮大な設定を追加してくれる」


 やれやれと肩をすくめる啓二に。


「だってただの高校生じゃつまんないにゃー!」

「そうだぞK! 折角カオスゲートで働いてるんだ。普通なんか勿体ない! っていうか一番の変人が普通顏とか許されないだろ!」

「全ては悪魔のお導きです」

「とか言ってお前ら、俺を利用して客のウケを狙いたいだけだろうが」

「バレたかにゃ」

「Kは貴重な男子だからな。弄りやすくて重宝してるぞ!」

「K君はうちのナンバーワンですからね。これも有名税という事で我慢してください」

「言われなくてもとっくに諦めてますよ」


 啓二の口からため息が零れる。


 聞き捨てならない発言にS級美少女三人組が固まった。


「え? ちょっと待って!?」

「こいつがこの店のナンバーワン!?」

「あり得ないでしょ!?」


 ところがどっこい事実である。

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