第5話 カオスゲートにようこそ

「コンセプトカフェ『カオスゲート』……」

「うちの商店街にこんな店があったとはな」

「ていうかコンセプトカフェってなによ。普通のカフェとは違うの?」


 放課後。


 商店街の裏通り、三人のS級美少女は地下へと続く薄暗い階段を覗き込んでいた。


 啓二がカフェでバイトをしていると聞き、こいつが働けるなら自分達でも大丈夫だろ! とバイトの斡旋を頼んだのである。


「その名の通りコンセプトのあるカフェだ。幽霊カフェとか異世界カフェ、男装カフェにミリタリーカフェと色々ある。メイド喫茶くらいは知ってるだろ。アレもコンセプトカフェの一種だ」

「そうなんだ! なんか面白そう!」

「どうせ普通のカフェじゃねぇと思ってたけどそういう系かよ」

「ようはオタクカフェって事ね。なんだか怪しい雰囲気だけど、いかがわしい店じゃないでしょうね……」

「普通のカフェに比べたら接客業務が多いが、それをいかがわしいと感じるかはお前ら次第だ。イヤなら帰れ。こっちもお前らが煩いから連れて来ただけだ」

「あたしは興味あります! 接客とか得意な気がするし! オタクカフェって楽しそうだもん!」

「金欲しいしな。とりあえず入ってみない事には始まんねぇだろ」

「……まぁ、二人だけじゃ心配だし私も付き合うけど。別にオタクカフェに興味があるわけじゃないんだから! 勘違いしないでよね!」

「なんでもいいが、もし働くのなら客には失礼な事言うなよ。店に迷惑がかかる」

「あ、当たり前でしょ! それくらい分かってるわよ! あんたと違って私は常識人の優等生なの! 見た目だってこの通りだし! むしろこんな美少女連れて来てくれてありがとうって感謝させてやるわよ!」


 真っ赤になって喚く海璃を一瞥し。


「……不安だ」


 啓二はゲッソリと溜息を吐く。


「なによそのリアクションは!?」

「まぁまぁ海璃ちゃん。落ち着いて」

「てかさ。ここってどんなコンセプトのカフェなんだ?」


 階段を降りながらテトラが尋ねる。


「特にない」

「はぁ?」

「強いて言うなら、なんでもありがコンセプトといった所だな」

「全然分かんない……」

「意味不明ね」

「入ればわかる」


 階段を下った先には血文字風の魔法陣が描かれた仰々しい扉が待ち受けている。


「……これより先は混沌の支配する異界の地。汝一切の常識を捨てよ」


 雛子が扉の上に飾られた古びたプレートを読み上げる。


 テトラの喉がゴクリと鳴った。


「オレ、ホラー系とか苦手なんだけど……」

「……ふ、ふんだ! バカみたい! こんなのこけおどしよ!」

「わぁっ」

「「ぎゃぁぁぁぁぁ!?」」


 雛子が脅かすと、テトラと海璃が互いに抱き合って悲鳴を上げる。


「なにすんだよ雛子!?」

「心臓止まるかと思ったでしょ!?」

「緊張を解そうと思って。逆効果だったかなぁ?」

「お前はなぁ……」

「おバカ!?」

「えへへへ」


 茶目っ気たっぷりに雛子が舌を出す。


「なにやってんだか……」


 呆れた溜息を一つ吐くと啓二は混沌の門を開いた。


「おぉぉぉ……って、あれぇ?」

「なんだよ……。中は普通じゃんか」

「ただのお洒落なカフェって感じね」


 期待外れといった様子の雛子。


 二人はホッとしたように言うのだが。


「お帰りなさいませご主人様だにゃ~!」

「よく来たな。汝が我がマスターか!」

「運命に導かれし迷える子羊よ。今宵あなたに悪魔の加護がありますように……」


 出迎えたのは悪戯っぽい顔立ちをした猫耳メイド服のちびっ子。


 騎士風のコスプレをした筋肉質の長身女性。


 聖母的オーラをムンムン漂わせるちょっとセクシーな糸目シスターの三人だ。


 あまりにもチグハグすぎる面子に雛子達は面を喰らって唖然としている。


「見ての通りだ。ここは混沌の門で複数の世界と繋がる異界のカフェという設定になっていて、従業員はみんな好き勝手に設定を作って働いてる」

「んにゃ? K君!? なんでK君がこんな美少女3人も侍らせてるにゃ~!?」

「彼女なのか!? ハーレムなのか!? 狡いぞK! わたしにも一人分けてくれ!?」

「あらあらまぁまぁ。リアルの女の子には興味ないなんて言っておいて。K君も中々隅に置けませんねぇ」

「違いますよ。こいつらはただのクラスメイト。バイトを紹介しろって煩いから連れてきたんです」


 鬱陶しそうに溜息を吐くと、啓二は別人みたいに丁寧な口調で言った。


「間君が敬語使ってる!?」

「おいおい嘘だろ!?」

「信じられない……」

「……お前らは俺の事なんだと思ってるんだ? 仕事なんだ。敬語ぐらい使うだろ」

「そ、そうだけど……」

「なんか納得いかねぇ……」

「ねぇ……」


 三人が不満げに顏を見合わせる。


「にゃはははは! その気持ちわかるにゃ~!」

「案ずるな美少女達よ。敬語こそ使っているがKは紛れもない変人だ」

「変人揃いのカオスゲートでも群を抜いて悪魔的です」

「あんたらには言われたくないんだが」


 啓二はあっさり敬語を崩すと。


「店長には話をつけてある。紹介するから面接を受けに行くぞ」


 S級美少女の三人を奥の事務所へと案内する。


 その道すがら。


「……なんか凄い所だね」

「だな。マジでカオスって感じ」

「あんなのと一緒に働けるか不安だわ……」

「アレでも一応先輩だ。敬えとは言わないが最低限の礼儀は弁えろよ」

「わ、わかってるわよ! 当然でしょ!」

「むしろ面白そうな人達で興味出ちゃった! みんなすっごく可愛いくて綺麗でかっこいいし!」

「だな。こりゃオレ達もうかうかしてられねぇぜ」


 望む所だと言う様にテトラがバチンと掌に拳を叩きつける。


「一応説明しておくと、猫耳メイドはニャー子。飼い主募集中の猫又だ。騎士女はユリアナ=クルス=アモール=サンダー=ヴァンクール=ギャラクシー=サン&ムーン=デリシャス=オイシー=プルプルプリンセス=クソリプブロック=ソード=オブリビオン――」

「ちょ、ちょっと待って! それって名前なの!?」

「いくらなんでも長すぎんだろ!?」

「とてもじゃないけど覚えきれないわよ! っていうかあんたなんで覚えてんのよ!」

「一時期店でユリ子の名前を覚える遊びが流行ったんだ。お前らは別に覚える必要はないぞ。全部言える人間なんかほとんどいないし、そもそも本人が覚えてない。ユリアナかユリかユリ子と呼ばれてる。設定は魔王を倒した際に混沌の門に飲み込まれた婚活中の女勇者だ。これも覚える必要は全くないが、リアル女好きという点だけは注意しておけ」

「ぅ、ぅん……」

「情報量が多すぎてついてけねぇよ!」

「と、とにかく女好きのユリ子さんって事ね!」

「そんな所だ。一見優しそうに見える女シスターはシスタードグマ。他の連中も大概だが、要注意人物だな。悪い人じゃないんだが見た目に反して悪戯好きだ。悪魔教のシスターって設定で、なにかにつけて人を唆そうとしてくる。他にも色々いるが、そん時になったら教えてやる」

「覚えきれるかなぁ……」

「名前だけでも大変なのに設定だなんだってややこしすぎるだろ……」

「猫耳メイドのニャー子さん、女好きのユリ子さん、悪魔のシスタードグマさん、猫耳メイドのニャー子さん――」


 覚えようと必死なのか、海璃がブツブツ言っている。


「最後に店長だが――」

「いらっしゃぁああああい! 待ってたわよぉおおおん! K君の紹介だなんてぇ、どぉおおおんな子かしらぁああ? って、おぃいいいいい!? 超ド級の美少女じゃねぇか! イヤン、エスメラルダ大感激ぃ~! グッジョブよKくぅ~ん!」


 気配を感じて事務所から飛び出してきたのはキラキラのパーティードレスを身にまとったゴリマッチョの中年オカマだった。


 あまりにも衝撃的なビジュアルに三人は言葉を失いポカンと大口を開ける。


(……嘘でしょ!?)

(この化け物が!?)

(店長なのぉおおおお!?)


 内心で叫ぶ三人を尻目に啓二は言う。


「コレが店長のエスメラルダさんだ。気を確かに持って欲しいんだが、設定上は美の女神という事になっている」

「どぉぉおおもぉおおお! エスメラルダどぅぇえええす! 皆さん、よろしくぬぇえええ!」


 バチン!


 バッサバサのクソ長睫毛から放たれるウィンクに、危うく三人は卒倒しそうになった。

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