第7話 お前らオタクの悪い所が出てるぞ

「わぁ! 二人ともすっごく似合ってる! 本物のお姫様と獣人の戦士みたい!」

「雛子も似合ってるぜ! マジ天使って感じ!」

「……オタク男の見立てって言うのは気に入らないけど。まぁ、悪くはないわね」


 衣裳部屋の大鏡をチラチラ見ながら海璃が呟く。


 仏頂面を装うとしているが、口の端からは堪えきれない笑みが溢れていた。


 雛子は白を基調とした制服風のロングワンピに小かさな翼といかにも天使な輪の飾りをつけている。


 テトラは長い手足が映える冒険者風のパンツルックに虎柄の獣耳と毛皮飾り、腰には手斧が二本。


 海璃は水色のドレスに白い毛皮風のポンチョを羽織り、頭には氷風のティアラだ。


 三人に任せておくと一生決まりそうにないので啓二が選んでやった。


 面倒だが、これもサポート役の仕事である。


「ありあわせの衣装で適当に組んだだけだ。暫くは面倒を見てやるが、慣れたら自分で考えろよ」

「は~い!」

「言われなくても!」

「無視しないでよ! っていか、なんであんたは着替えてないわけ?」


(お前の悪態に一々ツッコんでたら話が進まないだろ)


 内心でボヤキつつ。


「俺は普通の高校生設定だぞ。着替える理由がない」

「そんなのあり!? 絶対面倒臭がってるだけでしょ!?」

「その通りだが」

「あ。やっぱりそうなんだ」

「呆れた野郎だぜ……」

「だってそうだろ。今回は初回だから凝ったアセンを組んでやったが、毎回それに着替えるのは面倒くさいぞ。洗うのも面倒だ。動きにくいし。どうせその内ラフな衣装に落ち着くんだ。それなら最初から制服の方が楽でいい。新衣装とか考える必要もないしな」

「た、確かに……」

「そう言われるとそうかも……」

「二人とも、騙されちゃダメよ!?」


(((っていうか、アセンって何?)))


 疑問に思うが、なんとなく意味は伝わったので三人も聞きはしなかった。


「まぁ、女共は着せ替えごっこが好きだからな。客もそれを望んでるし否定はしない。実際俺みたいなのは少数派だ」

「そんなんでよくナンバーワンになれたわね……」

「それは本当謎だよね……」

「絶対おかしいだろ!」

「ナンバーワンと言っても人気投票で三年連続一位になっただけだ」

「は?」

「三年連続一位って、凄い事だよ!?」

「ケッ。自慢かよ!」

「いや、そうじゃなくて。普通に考えて俺みたいな冴えないオタクが三年連続一位に選ばれるなんておかしいだろ。遊ばれてるんだよ。アニメの人気投票でモブが一位になるみたいなもんだ」

「その例えはよく分からないけど……」

「つまりどういう事だ?」

「こいつの実力じゃないって事でしょ。そんな事だろうと思ったわ!」


 安心したように海璃は言う。


「ちなみにここは売り上げに応じて衣装代の補助が出る。自前の衣装を用意するなら領収書を忘れるなよ」

「えぇ!? 衣装代出るんだ!」

「最高じゃねぇか!」

「それなのに制服でいいなんて……。理解不能よ!」

「価値観の相違だな。それより、名前は決まったのか?」


 三人には着替えの間に考えておくよう伝えていた。


「う~ん。色々悩んだんだけど……」

「オレらこういうの慣れてないし。本名から取る事にしたわ」

「雛子はヒナ、テトラはテト、私はカイね」

「凄まじく安直だな」


 予想通りに突っ込まれ、三人は「ウッ……」っとうめく。


「なによ! 仕返しのつもり!」

「その通りだが」

「まぁ、言われちゃうよね……」

「諦めろ海璃。今回は俺らの負けだ……」

「ぐぬぬぬ……」

「なんでもいいが。準備が終わったら仕事に出るぞ」

「もう!?」

「心の準備が出来てねぇんだけど!?」

「私の恰好変じゃないわよね!?」

「安心しろ。誰も初日のお前らに期待なんかしちゃいない。雰囲気を掴むのが今日の仕事だ。この通り新入り用の名札もある。こいつをつけてれば客も無茶な要求はしないだろ」

「は、はひ……」

「そう言われてもな。こっちはバイト自体初めてなんだぜ!」

「あ、あぅ……。緊張して失敗しちゃったらどうしよう……」


 ハフハフと海璃の呼吸が浅くなる。


「その為のサポート役だ。なにかあったら俺がどうにかする」

「頼りにしてます……」

「頼むぜマジで……」

「た、頼もしいなんて思ってないんだからね!」

「お前は一回深呼吸でもして落ち着け。マジで」

「わかってるわよ!?」


 スーハースーハー海璃が落ち着くのを待つと。


「それじゃあ行くぞ」


 三人を連れてフロアに出る。


 客の入りは上々で、ニャー子達は注文された料理を運んだり客の相手をしている。


「にゃー! 新入りちゃんの登場にゃ!」

「おぉ!? なんと可憐な! 仕事なんか放りだしてわたしが客になりたいくらいだ!」

「あらあら。あんなに緊張して。なんて初々しい……。堕落させるのが楽しみです」


 シスタードグマの舌が赤い唇を舐めた。


 元より三人は学校でも有名人のS級美少女だ。


 雛子は愛らしくテトラはカッコいい。


 そして海璃は息を呑むような美人である。


 啓二の選んだ衣装はそれぞれの良さを増幅させていた。


 そうでなくとも新人が三人も入ってきたのだ。


 客達も否が応でも盛り上がる。


「キャー! 超可愛い!」

「天使と獣人冒険者と氷のお姫様かしら?」

「これだからアビスゲートは最高だぜ!」

「……はぁ。見てるだけで癒される……」

「はわわわ……。なんかすっごい目立ってるぅ!?」

「人に見られるのは慣れてたつもりだったけど、こういうのはなんか恥ずかしいな……」

「あ、あぅ……。ちょっとK! なんとかしなさいよぉ……」


 テトラの背中に隠れつつ、半泣きの声で海璃が言う。


「しっかりしろ。お前は一応氷の国の王女様って設定だろ。仕事中は自分を忘れてキャラになりきれ」

「そ、そんな事言われたって……」

「んにゃぁあああ!? ドエスキャラみたいな見た目の癖してカイちゃんビビりのヘタレキャラにゃ!? あざとすぎるにゃー!」

「グハァッ! やめてくれ、その攻撃はわたしに効く!」

「うふふふふ。カイさんは弄り甲斐がありそうですねぇ」

「ひぃ!? なんか早速ロックオンされてるし!?」

「ここでは客よりもキャストの方がよっぽど厄介だ。隙を見せたら容赦なく弄り倒されるぞ」

「いやあああああああ!? 私は気高くて高貴なクール系お姫様なのにぃいいい!?」


 頭を抱えて絶叫する海璃の姿にドッと笑いが巻き起こる。


「凄いカイちゃん! 早速ウケてる!」

「こりゃオレらもうかうかしてられねぇぜ!」

「わざとじゃないし嬉しくないわよ!?」

「客にウケてるなら良いだろ。いくら設定を作っても隠しきれない人間性ってものがある。Vチューバーなんかが良い例だな。諦めて路線変更するのも一つの手だぞ」

「絶対イヤ!? っていうかVチューバーってなによ!? 意味不明なオタク語で話さないで!」

「んにゃ? Vチューバーを知らないって事は、カイちゃんはオタクじゃないのにゃ?」

「ほほう。これは珍しい。素晴らしい逸材だな!」

「はぁ……。あのような無垢な魂をオタク沼に堕とせる機会に恵まれるなんて。悪魔教の冥利に尽きます」


 恍惚の表情を浮かべたドグマがゾクゾクと身震いする。


「ひぃぃぃ……」


 海璃は完全にビビり散らかし。


「お前らオタクの悪い所が出てるぞ。こいつらは三人ともオタク慣れしてないご新規様だ。あまり調子に乗って引かせるなよ」

「わ、分かってるにゃー!」

「オタク業界の未来を担う希望の星だからな!」

「大事に大事に育てますとも。えぇ……」

「BL沼に沈めましょう!?」

「あんなに可愛いのよ! コスプレ沼でしょ!」

「ガルパンは良いぞ」

「君達もオタクにならないか?」


 非オタと聞いて客達も興奮している。


 彼らからすれば、三人は真っ白いキャンバスも同然なのだ。


「……なんだかとんでもない所に来ちゃった気が……」

「これ、ヤバくね?」

「勘違いしないでちょうだい! 私はただのアニメ好きでオタクってわけじゃないんだから! ねぇ! 聞いてるの? ねぇええええええ!」


 生憎誰も聞いていないのだった。

 

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